第209話「腐れ」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
「お前。そうお前」
探索ポイント――宵が逆探知した場所だ――に向かったアンチウィルスプログラム。その残り一人、氷柱。そう、ぼくだ。情けのないぼくだ。
「他の奴に守られて生き残ったお前。
逃げる? 戦って死ぬ?」
「……は」
ここで笑えるならまだまだぼくに余裕はあった。けれど倒れ込むぼくが吐き出したのはただ一つの吐息だ。
そこから少し離れた場所で首にベルトを巻いた短髪茶髪の男は尚もぼくに問いかける。
「筋は悪くないな。パペットの能力も良いし同化した状態での力の使い方も間違っていなかった。
ただそうだな。あえて言うなら殺意の差か」
「殺意……」
「他のアンチウィルスプログラムは俺を殺す気で来ていた。けどお前は俺を捕縛するつもりで来ていた。
お前、向いてないよ」
ぼくは海水に浸かる左半身の冷たさを感じながら何とか腕に力を入れる。傷付いた体が痛む。
「起き上がる必要はないな。そこで寝ていたなら俺はお前を殺さない。その理由もない」
「……君の……敵なんだけど」
「敵なら殺して良いと言うのは下賤だ」
「なら何で……アプリで人を殺すのかな……?」
腕の力だけで上半身を起こす。
「命令だからと言うのが第一。第二は殺すべき相手がわからないから」
「わからないから……手当たり次第に……殺しているのかい?」
「その通り」
ぼくの神経に言葉が触れた。
殺す相手がわからないから皆殺す。一人殺すのですら受け入れ難いのに何をバカな。
「なら……これからも殺すと?」
「ああ」
「……ならここで君が死んでくれ」
「――!」
男の腹に大剣が出現する。どう考えても絶命させる一撃だ。
「そうか。まだやる気か」
それなのに男は平然と立っている。その手が大剣に触れる。すると大剣がどんどん錆びて崩れていくではないか。
「……君、本当に人間……?」
「さあ。AIでもないしロボットでもない。しいて言うなら――幽霊か」
幽霊。肉体を持たないと?
「……魂だけの存在だと?」
「魂とはただの光の塊だ。今の俺はこの世界のどこにでもいるしどこにもいない」
「……?」
何を言っているのだろう? わからない。
「わからなくて良い。発言には制限がかかっているからこれ以上は言えないしな。
……最後に俺に聞きたい事はないか?」
ただただ普通に歩いて男はぼくの傍まで来た。
その手に力が集まっていく。
「そうだね……名前は?」
「ない」
「そう……」
「じゃあな」
☆――☆
たたたたた、と音が鳴る。病院の廊下に響くその足音は五人分。オレこと宵・涙月・コリス・ベーゼ・それに神巫。
魔法処女会【永久裏会】の運営する日本の病院だ。ここに一人の男性が担ぎ込まれたのは今から十五分前。【覇―はたがしら―】の治癒力で病院内は以前より患者の数が減っているけれど心臓の弱い人もいる為に【門―ゲート―】での突然の出現は禁止されている。だからオレたちは敷地の外に転移してそこから駆け足で目的の病室に向かった。
「氷柱さん!」
しまった。ノックしないでドア開けちゃった。とちょっと後悔した――事を後悔した。
「痛い!」
病室に入ったオレはベッドに寝転んでいるはずの氷柱さんの頭に平手を一発。なぜならば人にメールを送ってきて心配させたにも拘らず裏会シスターにリンゴをあーんしてもらっていたからである。オレ、悪くない。
「酷いよ宵」
「元気じゃないですか!」
男として。
「いやぁ、それが元気じゃなかったり……」
「どこが?」
「脳が」
「……脳?」
それは……頭をハタいたのはまずかっただろうか。
「敵の攻撃を受けてさ、脳の一部を喪失したらしいんだ」
「そう――しつ?」
損傷ではなく。
皆の視線が氷柱さんの頭部に向くが、特に包帯が巻かれているわけでもなく。となると頭部に傷はない可能性の方が高く。
「どうやったかはぼくもわからないんだけどさ、スキャンの結果判明したんだ。敵にやられた以外に思い当たらないから彼にやられたにまず間違いないと思う」
彼と言うのも気になるけれどそれよりまず確認したい。
「……どこか不具合は?」
「う~ん……」
言い淀む氷柱さん。それを察したシスターが言葉を繋ぐ為に口を開いた。
「両脚が動かないのです」
「「「――!」」」
「あ~、これは自業自得だから」
そう言われても気にしてしまう。オレが逆探知してアンチウィルスプログラムを送り出したのだ。
「宵、君のせいじゃないよ。アンチウィルスプログラムに入ったのがぼくの意思なら準メンバーにも拘らず付いて行ったのもぼくの意思。それとぼくが弱かっただけ」
「…………」
それは、だけど……。
「宵、氷柱の言う通りよ。それでも気に掛けるならそれを力に変えなさい。それが上に立つ人間の義務よ」
「……うん、神巫」
気にして弱ったら元も子もない。神巫の言うように力に変えよう。
「それで氷柱さま、敵とはどのような方で?」
聞いたのはベーゼ。彼女を含む下位星冠は上位の役に立つ為に先んじて情報を集める役目がある。
「う~ん、わからない」
「え? 観たのですよね?」
「ああ。けど観る人間によって姿が違ったんだ。おまけに何か重要な情報を得たと思うんだけど、それも脳の喪失でちょっと……」
姿が違う――情報。
怪訝な表情になる一同。姿が違う、それではまるで人を化かす妖怪の類ではないか。
「……役立たず」
ペッと唾を吐く―――――――――――――――――――――――ベーゼ。
始まってしまった。
「バカみたいに強そうな格好しているのにアンチウィルスプログラムはこれだから」
「ご、ごめんなさい」
思わず謝る氷柱さん。そう言えばこの二人初対面か。それならベーゼの変わりようにさぞ面食らっただろう。
「謝る暇があるならさっさと録画映像出しなさいまさかそれもできてないなんて言いませんよね」
「……いやぁ、何も映っていなくて」
「腐れ」
「酷い!」
氷柱さん、流石にショックを受けてしぼむ。
「まあ落ち着いてベーゼ」
「はい涙月お姉さま!」
毒吐きモード、一時終了。
「氷柱さん、一応その時の映像観せてもらえますか?」
「ああ勿論」
オレに応え指を動かす。【覇―はたがしら―】の映像をオンにして自分だけが知覚できるモードを外しオレたちにも観えるようにしてくれた。
「再生するよ」
「はい」
映像はアンチウィルスプログラムが目的地点に着くところから。
場所はとある無人島の海岸線だ。降り立つと同時に彼らは円陣を組んだ。気合いを入れるわけではない。その中央に目的の人物を囲んでいる――はずだ。しかし相手は映像には映っていない。
「氷柱、ここに敵がいたのね?」
「はい」
「でもでもわたしの目には何も観えないですよ」
映像に顔を近づけるコリス。指で目を大きくしているがそれでも彼女の目には映らない。当然オレの目にも。
「ぼくの目に映ったのは首にベルトを巻いた短髪茶髪の男でした。が、仲間の目に映ったのは女、或いは老人、また或いは人ですらなかったとの話です」
全員が違うものを見た。
「そいつに殺された?」
オレの言葉だが、自分で言ったもののどうやって殺されたのか予想すらできない。
「……うん。
ぼくの目に映った男は自分を幽霊と言っていたね」
「まさか……」
魂はあってほしいと思う。いや過去を考えるとあると確信が持てる。けれど地上に干渉できる悪霊や悪鬼羅刹はいてほしいとは思わない。だってそんなのがいたら悪さし放題ではないか。それはよろしくないはずだしそんな事態になっているならとっくに対処されているだろう。
「きっと何かからくりがあるんだろうね」
「氷柱さん、この映像、上に持って行ってもよか?」
「勿論」
映像をコピーして、暫し雑談。
氷柱さんは保存してある遺伝子情報から脳の再生医療を受けると言う話だ。「【覇―はたがしら―】でも治らないから期待は薄いけどね」そう言って笑う氷柱さんは少し眉根を下げていた。上手く行くと良いと思う。
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