第206話「……お姉さん、犯人見ましたか?」
ごゆっくりどうぞ。
☆――☆
翌日、その護れと言われた涙月さまはと言うと。
「ひゃっふー!」
街中に溢れるクリスマスムードに当てられてハイテンション。
「涙月、ちょろちょろしていると他の人が困るよ」
「よー君もうずうずしているくせにぃ」
ツンツンとオレの胸をつついてくる。
うん、まあ、否定はしない。クリスマスに限らずお祭りと言うものは老若男女問わず心を開放させるものであるからして。決してオレが子供なわけではない。
ではなぜそもそもクリスマスを満喫しているのかと言うとお父さんの話を聞いたあと星冠の最高管理にも話してみたら先にアンチウィルスプログラムを送ってみると言う話になったから。
『デス・ペナルティ』で発見した問題部分も既に提出済み。こちらは統一政府が直々に解析してみるらしい。
オレたちは二つの結果待ちだ。
「「おお~」」
二人揃って見上げるは高さ三十メートルのクリスマスツリー。クロスするアーケードの吹き抜けになった部分に聳えるそれは本物のモミの木と本物のイルミネーションとデジタルが使われた街一番のツリー。圧倒的迫力のその頂点に掲げられるのはクリスタルのベツレヘムの星。街中の街路樹も飾られているけれど一段と輝いて見える。
「飾る?」
と言って涙月はツリーの下に用意されている金色の星を手に取る。恋人が一緒に飾れば永遠に結ばれるとかなんとか。良くある話である。が、決してオレはミーハーではない。
「うん」
ノッてしまった。自分で思っている以上に心がどきワクしているのかも。まあ良いさ。クリスマスに浮かれるのはオレに限らないだろうし。恥じない恥じない。
「んじゃできるだけ高いとこにしようよ。こう言うのは目立ったもんの勝ちさ」
勝ちかどうかはわからないけれど日陰はあまり好きではないので、これにもノッてみた。
『ソア』――オレは心でそう念じる。涙月もきっと同じく。すると二人の体がふわりと浮いた。暁の数式で解放された【覇―はたがしら―】の機能の一つ0Gシステム。簡単に言えば浮遊システムである。
オレたちは金の星を握り合ってゆっくりと浮上し、飾り付けが許されているギリギリのラインにそれを飾った。二人は顔を見合わせ二ヒヒと笑い合う。こうしているのはオレたちだけではなく他の恋人たちもだ。
恋人……お父さんの話だとアマリリスの元になっている話には恋人が出てきていた。ママがパランならパパはどうなったのだろう? 逸話だけで終わったのだろうか?
「さてよー君、この後どうする?」
「オレ、天の川コロニーから銀河観てみたいな。きっと凄い綺麗に――」
「やああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「「――⁉」」
アーケード街に響く悲鳴。女性の悲鳴だ。
オレたちは急いで周囲を見回し悲鳴の発生源を探す。程なくしてそれは見つかり、オレは涙月の目を塞いだ。
男性が血だまりに伏せていたから。
「よー君、大丈夫」
「……うん」
ゆっくりと目から手を離す。涙月が息を呑んだのが伝わってきた。
血だまりに伏す男性からはまだ血が流れ出ていて血だまりの範囲を広げている。
リアルで起こる傷害事件はオレたち星冠の任務外である。が、応急処置は学校で習う。それはオレたち以外も同じで既に硬直から解けた何人かが男性の元に駆けつけている。オレと涙月もそれに加わり容体を見た。
「……っ!」
これは……涙月に見せるべきではなかった。なぜならば――全身が穴だらけになっていたから。
例えるならそう、マシンガンを全身に浴びたように。
すぐ横で女性がくずおれている。この横たわる男性の知り合い、いや恋人だろう女性は悲鳴を上げた人だ。ガタガタと震えていて顔の色は真っ青。目は焦点が合っていないし全身は血を浴びて半ば赤に染まっている。
「涙月、女性の方をお願い」
「ん」
オレを含めた男性を囲む面々は全員苦い顔をしていて一人が警察に、一人が病院へと連絡を入れているところだ。が、病院はもう……運んでも手遅れだろう。男性の首筋に手を当ててみるが脈はなかった。【覇―はたがしら―】によって奇跡的な回復力を得たと言ってもこれはそれすら飛び越える外傷だ。
オレは男性の身元を確かめようと手袋をはめてポケットを漁った。バッグの類を持っていなかったからだ。胸ポケットには電子煙草、パンツのポケットにはハンカチとカードがあった。カードに記されていたものは『陸上国防軍三佐』と言う階級と顔写真・住所等連絡先・本名。
胸の辺りを触ってみると銃がしまわれているのが確認できた。
「あの、誰か逃げていく人を見ましたか?」
オレは集まっている人たちに聞いた。けれども皆首を横に振るばかりで縦に振る人は一人もいなかった。
このアーケードは今の時期だけではなく平日から賑わっている。天井を見上げれば今もディスプレイが綺麗な映像を流しているし有名なブランドもショップを開いているからだ。
尚且つ今日はクリスマス。人の出は五~十倍と言われている。その中を誰にも見つかる事なく逃げたと言うのだろうか?
「……お姉さん、犯人見ましたか?」
困り顔の涙月が恋人さんに聞いた。できれば今の彼女には聞きたくなかっただろう。女性はただ首を横に振るだけで口から言葉は出てこなかった。
オレは立ち上がり周囲を見て回ろうと思った。しかしその時、足に何かが当たった。下を向いてみると長方形のガラス製品で。
「スマートフォン?」
それにも穴が開いていて、フレキシブルディスプレイはひび割れている。けれど辛うじて映像を映し出していてオレはぎくりとした。
キルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキルキル
『デス・ペナルティ』のマスコットキャラクターが笑っていたから。
『手松 良樹。君の死因は完成されたよ』
そう囁くマスコット。
オレはスマートフォンを手に取るとそいつに話しかけてみた。
「この人の死因って?」
『NONNON。君は手松 良樹じゃないよ』
「言えないって?」
『そ』
この男性に関わる事柄は喋れない。
オレは色々な言葉を頭で吟味し、根本的な事を聞いた。
「じゃあ、君はどう言うアプリなの?」
『ぽくは「デス・ペナルティ ~びっくりぽっくり~」。バタフライ効果でユーザーの死因を特定するアプリだよ』
バタフライ効果――とある場所で蝶が羽ばたけば別の場所で竜巻が起こるか? と言うもので日本で言うところの風が吹けば桶屋が儲かると言ったところ。【史実演算機】に使われている理論である。ここから『予想図』と呼ばれる決して外れない天気予報が開発されている。
「死因を特定するだけ――ではないよね?」
『だけだよ』
「何で殺すの?」
ずばり、言う。オレの傍では周りの人たちが耳を立てているが警告として噂が広がるならありだろうと放っておいた。
『NONNON。殺しているのはぽくじゃないよ』
「じゃあ誰?」
『ぽくの弟』
「弟」
設定上は、だろう。
『そう』
「弟君はなぜ殺すの?」
『言えないよ。
弟は弟。
ぽくはぽく。
弟の事は弟に聞いてね』
成程。それはそうだ。では最後に一つ。
「君はAI?」
『そうだよ』
「ありがとう」
『どういたしまして』
この言葉を最後にマスコットはディスプレイから姿を消した。
オレはスマートフォンを見下ろすとそれをポケットにしまおうとした――のだけど駆けつけてきた警官に止められた。
そりゃそうか。でも。
オレは【覇―はたがしら―】の機能で身分証明書を提示する。
「王室ネットワーク所属第零等級星冠 天嬢 宵です」
「え? こんなちっこいのが?」みたいな表情をされた。オレは悪くない。決して悪くない。
オレは警官にできる限りの事情説明をしてスマートフォンをこちらで回収、事件の調査状況を教えてもらう約束をしてこの場を引き継いだ。
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