第205話「絶対に涙月君を護れ」
ごゆっくりどうぞ。
「――と言うわけで糸未さんたちが情報を確認してくれているよ」
「ふぅん」
家に戻ってみたものの今度は涙月が不機嫌になっていた。トナカイのままで。
「よー君はおモテになるようで」
「あ~いや、ただのユメへの当てつけだから」
「…………」
唇を尖らせる涙月。と思ったらぷっと噴き出した。
「じょーだん。冗談だよ」
そう言うと涙月は持ってきていたバッグに手を突っ込んだ。そこから綺麗に包装された小箱を取り出す。
「はいよー君。クリスマスプレゼント」
「え」
微笑んでそれをオレに渡してくるのだった。
オレはそれを受け取って「開けて良い?」と目で聞いた。「良いよ」と涙月が頷き返してくれたからオレはリボンと包みを外して中を見る。
「……指輪」
「たはは。安物だけどねぇ」
照れ笑いする涙月。
…………………………心、ときめく。
「……オレからも」
オレは学習机の鍵が付いた棚を開けると似たような小箱を取り出して、渡す。
涙月はそれを愛おしそうに一度胸の位置に持っていき包装を外して木造りの小箱を開けた。
「……指輪」
「安物だけどね」
照れ笑いするオレ。……うん、今日はもうちょっと大胆になってみようかな。
「……それは小指用。薬指は空けておいて」
「…………キッザ!」
「言わないで恥ずかしい!」
わかってるから!
「ふざけてないともっと恥ずかしいよ!」
「そうかもだけどさ!」
ぎゃーぎゃーわーわーと少し騒いで、二人は指輪を嵌めてみた。涙月は左手の小指に。オレも左手の小指に。どうやら考えていた事は同じだったみたい。
「…………」
「…………」
「「仕事しますか」」
もうクリスマスは終わっても良いや。
アプリの解析を再開して小一時間。三分の二程度を終えてようやくそれを見つけた。
「涙月、ここわかる?」
「ふにゃ?」
解析不能の文字列。凡そ百文字。
「う~ん……私じゃ無理っぽいね」
「オレにもわからない。ここがきっと未知の数式が使われた場所だよ」
『くっそせいかーい』
「「うわぁ⁉」」
突然の声の闖入。
待て。ちょっと待って。【覇―はたがしら―】に侵入してきた? そんなバカな。
『ふふ。
【覇―はたがしら―】のファイアウォールは暁の数式で完全になったね? であるならばだ、暁の数式を使って侵入すれば実力伯仲だと思わないかい?』
単純に見たらその通りだ。だけどそんなの容易に行えるか?
「おたくどなた?」
『おっと君は涙月ちゃんかな。宵ちゃんの動力源として機能する女の子。うらやま!』
「どなたって聞いたんだけど?」
『名前は忘れた。んにゃ違うか。私めは産まれてすぐここに入れられたから名前覚えてないんだわ。あはははは』
入れられた?
「どこに?」
そもそも真実を言っているとは限らないから聞き返すだけ無駄か?
『こんにちは宵ちゃん。おっとそちらは夜か。こんばんは』
「こんばんは」
『冷静で何より。
アエルを成長させる前の君ならいじけ慌てふためいていただろうけど』
その言葉が心にひっかかった。仮想災厄と戦う前のオレならきっと殆どの人がマークなんてしていないはずだ。
けどこの声の主はアエルが小さな蛇だった頃のオレまで知っていると言っているのだ。
「あんた今どこにいる?」
『「ジャンヌ・カーラ」』
「「――!」」
『ジャンヌ・カーラ』――未来における危険人物を収監する牢。それだけに決して脱獄不可能な地理、設備になっている。同時に衣食住には必要最低限のものしか用意されずインターネットの接続はおろか電話すら許されないと聞いている。そしてその場所は統一政府の重鎮重役と囚人を連行する特別な部隊しか知らされていない。
にも拘らず【覇―はたがしら―】に忍び込んできた? 一体どうやって必要なものを用意できたの言うのだ?
いや待て。それ以前に。
「あんたが本当にジャンヌ・カーラにいる保証はないよね?」
『そうだね。でもいないと言う保証もないよね?』
それはそうなのだけど……。
「調べればわかるっしょ?」
『だね。んで本当だったらどうすんの?』
「そりゃ目論見を阻止しますなぁ」
余裕の態度は崩さずに、涙月。
『うはははは私めがやったって保証もないのに?』
「人の【覇―はたがしら―】に侵入した時点であんたには罪があるんだけど」
『軽い罪さ。それにジャンヌ・カーラに入っている間はこれ以上罰を受けたりはないんだよ』
オレと涙月は目を見合わせる。「よー君終わった?」「終わったよ」
「あんたの居場所はわかったよ」
『ほほう? 逆探知ご苦労さま』
感づかれていたか。けれど邪魔をしてくる様子はなかった。
『そこに私めはいるかな?』
「調べてみるよ。いなかったら次に仕留めて見せるよ。どうせまた話しかけてくるんだろう?」
『せいっかい』
陽気だな。ムカつくほどに。
「……色々聞かせてもらうよ。
例のアプリ、何でオレを知っているのかとか」
『早くおいで。待っているよ。
あ、お父さんに宜しくね』
「――は? お父さん? 何でここにお父さんが出て来るのさ?」
『さてね。お父さんに聞いてみな。
それじゃあね』
その言葉と同時に、表示していた地図上の相手の居場所に灯っていたランプが消えた。
「…………」
「よー君のお父さんは?」
視界の隅に表示されている時計を見る。現在午後十一時。
「うん、まだ起きていると思う。聞いてくるからちょっと待ってて」
「あいよ」
オレは急ぎ一階に降り、両親の寝室へと向かった。
トントン、と二度襖をノック。二人は和室で寝るからここにいるはずである。【覇―はたがしら―】による心拍数の追尾でもここを指している。
「どうぞー」
お母さんの声。眠気の入ったまったりとした声ではなくはっきりと覚醒している時の声だ。やはりまだ眠ってはいなかった。
襖を開けると両親は布団に入ったまま上を見上げていて、どうやらTVを観ていたらしい。
両親の間には妹・ちーちゃんが寝っ転がっていてすぅすぅ寝息を立てている。
「お父さん、ちょっと」
ちーちゃんを起こすわけにはいかないのでお父さんを手招き。
二人でリビングに行ってソファに座る。
では、あまり遅くなってもあれだから早速聞いてみよう。
「お父さんジャンヌ・カーラに知り合いいる?」
「うん? さあどうだろうな? 蒸発した奴なら何人かいるがジャンヌ・カーラに行ったかどうかはわからないな。
何でだ?」
「えっとね――」
アプリの件は隠して一通り話してみた。あの陽気な女――声が高かったから多分女――の事。
するとお父さんは額を抑えてがっくりと項垂れてしまう。
「お父さん?」
「あ~いや、すまん。俺が解決させておくべきだった」
「何を?」
「もう十年近く前だ。俺とそいつが接触したのはな。接触って言っても今回のお前と同じでいきなり話しかけられただけだが。
こんな事があった」
そう言ってお父さんは語ってくれた。
ネットに流れた正体不明の恋人。
アマリリスと会っていた過去。
ジャンヌ・カーラからの通信。
そう言えばサイバーコンタクトができる前は未来遺産と言うシステムがあったっけ。その前にも別のシステムがあったはず。それはただ皮膚の下にチップを入れるだけで認証以外の機能は殆ど持たず消えて行ったと聞くけれど。
それにしても、だ。まさかお父さんがアマリリスに関わっていたとは。
「宵、ジャンヌ・カーラに行く気か?」
「……行ってみる」
「件の相手に対する好奇心ならやめておけ。ジャンヌ・カーラにいる奴は揃ってどこかが狂っているからな。父親としてそんな連中とは関わってほしくないな」
父としては、そうなのだろう。ならば。
「それじゃ『先輩』としては?」
「あ~、それはあれか? 社会人のって意味か?」
「うん。仕事の内容までは秘密だから言えないんだけど」
「そうか。その辺は良くわかる。俺も人間号として動く時は内容言えないしな。
でだ、サイバー関係の先輩としてなら、まあ行くのを止められないか。
その代わり約束してくれ。絶対に奴の口車に乗るな。やばくなったら退け。退くは逃げと違うから恥じる必要はない。
んで絶対に涙月君を護れ」
「うん」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




