第202話「それは『オレんちおいでよ』と言うお誘いでしょうか?」
ごゆっくりどうぞ。
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スマートフォンアプリ『デス・ペナルティ ~びっくりぽっくり~』
何ともお気楽なアプリ名。画面に表示されているアイコンにも可愛らしいマスコットキャラが描かれている。
これが他の星冠卿たちを殺したアプリ……。
あり得るのだろうか? とは思わない。この一年と少し、不可能と目されていた出来事が暁の数式を組み込む事でどんどん現実のものになっている。
この学校がある月面都市にオービタルリングとて建築用ナノマシンでできているし綺羅星とエレクトロンは共同で時間移動を現実にしようとしている。涙月の話だとメドが立ったと言う話だし、きっと然程遠くない未来にテスト運用が始まるだろう。
だからこそこのアプリにも充分すぎる程に気を付けなければならない。
「と言うわけで、帰ろっか涙月」
「それは『オレんちおいでよ』と言うお誘いでしょうか?」
「……そう言う意図はなかったんだけど……来るんでしょ?」
「モチのロン」
言って親指をおっ立てる。
久々に聞いた、『モチのロン』。
「仮によー君が間違ってアプリを起動させちゃったら人がいるに越した事ないっしょ? 釘は刺されているけど」
「起動しないよ?」
「うん。ダメだぜ押しちゃ。絶対ダメだぜ?」
「何のフリそれ」
どこかワクワクして見えるのはきっと気のせいだろう。そう思いたい。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
オレと涙月は揃って【門―ゲート―】を抜けてオレの家の玄関へと降り立った。ただいまの声に返事がない。姉さんは学校、お父さんは仕事、お母さんはちーちゃんを小学校に迎えに行っているところと見た。
予想は当たっていて、居間のコタツの上に『ちーちゃんを迎えに行きますね。お菓子は冷蔵庫。涙月ちゃんと仲良く分けて食べましょう』と言うメモがあった。
……なんで涙月が来るってわかったんだろう? や、まあしょっちゅう行ったり来たりしているけれど。
冷蔵庫を開けてみるとパンケーキが入っていた。二人分とって、レンジでチン。その間に涙月がジュースをコップにいれ、お盆に乗せて二人揃ってオレの部屋へと向かう。
「さてと」
まずジュースを一口飲んで口の中を潤し、スマートフォンをバッグから取り出す。ぱっと見長方形のガラス板にしか見えないそれはサイバーコンタクトに王座を奪われる少し前に発売された後期型スマートフォン。目にコンタクトを入れるのに抵抗がある人が使っていたが暫くして生産が中止され、前述の通りレアものとなっている。
因みに体に異物を取り込むのに抵抗がある人は【覇―はたがしら―】を使わずにサイバーコンタクトを今も使っていると聞くが性能の違いを考えればこちらもやがて下火になっていくのだろう。
「キリエ、スマートフォンとアプリをウィルスチェック」
『はいなはいな』
紙剣であるキリエは顕現するとふわっと浮いてスマートフォンと無線連結。点滅し始めた。ウィルスチェックを行っている証明だ。
アエルが残した天叢雲剣キリエ――目覚めた当初とは少しばかりデザインが変わっていて、それは成長した証である。
『終わりましたよ宵』
「おかしなところは?」
『何も』
これ自体にあからさまに怪しい所はない、と。
「そう。
んじゃ次は【覇―はたがしら―】にアプリをコピーしてプログラムを分解、解析」
『はいな』
再びの点滅。今度は数瞬で完了し、オレと涙月の真ん中あたりにプログラムが表示された。それは立体の小さなブロックが重なってできていて、鮮やかな赤色を放っている。
「涙月」
「あいよ。手伝うね」
「お願い」
二人は小さなブロックの内一つを指で摘まんで手元に寄せ、解凍分解。
「うぉう」
予想外に文字の羅列が多くて思わず仰け反る涙月。
「普通のアプリにはない情報量だぜ」
「うん。元々アプリって簡単に作れるから誰でも配信できて一気に広まったのに」
これは、ちょっとプログラムをかじったくらいの人には到底作れない。
「こいつは時間かかるかもねぇ。今日泊まって良い?」
「良いけど……最近泊まるのに抵抗なくなってきてない?」
「おんや? 襲う気ですかい?」
「そうじゃないけど……」
一応男なんですけどね、こっち。
☆――☆
「――ぷへぇ」
冬のこの日、暖かいぬっくぬくのお湯がはられた浴槽に浸かって私、涙月は思いっきり息を吐いた。白く彩られた私の息は湯気と混ざって消えて行く。
ぽぴっと【覇―はたがしら―】によって表示されているアイコンをクリックしてTVをつけてみる。
現在午後八時三十分。ニュースは終わってバラエティの時間だ。が、幾つかチャンネルを換えてみたけれどお目当ての番組がクリスマス特番で潰れていた。
私は職に就いているとは言えまだまだ若いぴっちぴち中学三年生。バラエティは好きだけどクリスマスだって大好きだ。むくれれば良いのか喜べば良いのかちょっとばかり複雑な気持ちになった。
まあそれも僅かなもので結局はクリスマスに心は傾いてつい三十分前に食べたクリスマスケーキを脳内にフラッシュバックさせるんだけど。白いクリームと真っ赤なイチゴをトッピングした王道ホールケーキとチョコがたっぷりかけられたブッシュドノエル。前者は天嬢家が用意したもので後者は高良家が用意したものである。
折角だからと二人のお宅を【門―ゲート―】で繋げて両家でパーティーが行われたのだ。
仕事(の手伝い)とクリスマスが被ってしまったが楽しめたと思う。
「いや、どうせなら『デイ・プール』と『ナイト・プール』のパーティーだって楽しまなければ! でも楽しんでいる間にも誰かが死因ちゃんにアクセスしたらどうすんのさ⁉ ああでもでも!」
「涙月、何騒いでんの?」
「うひゃい⁉」
いきなり戸の向こうから聞こえてきたボーイフレンドの声に私は思わず顎まで湯に浸かる。
脱衣所から浴室への扉は鏡になっているのだけどそれは一時的なもの。この家にバイオメトリクスを登録している人なら浴室使用中ちょっと思考するだけで黒→擦りガラス→鏡→黒と変化させられる。それにしてもなぜ覗かれては困る浴室の戸が擦りガラスなのだろう? そんな事をよー君は何度か考えた経験があるらしく、お父さまに話したら「え? そっちの方がロマンあるだろ?」と言われてお母さまが白い目を向けた過去があるらしい。
多分だけど中で人が倒れた場合を考えて、じゃないかな?
「よー君……覗きに現れたのかい」
「違います涙月にしては珍しく永く入っているからのぼせたんじゃないかと見に来たんです!」
「あーそれはそのう~」
この後万が一、いやほんと万が一あれになったらいけないので念には念を押して洗いまくっていました。とは口が裂けても言えない。
この時代――と言うか平成時代から未成年の性的行為は補導の対象となっているからそうそうなりはしないけど。
「も、もうあがるよ。ってわけで脱衣所空けてもらってプリ~ず?」
「また妙な英語の使い方を……んじゃ、部屋にいるから」
「あいあいさー」
この後はよー君がお風呂に入る番だ。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。