第201話<件のアプリ『デス・ペナルティ』>
ごゆっくりどうぞ。
夢・ネット・リアル、その枢機へと至るゲートを作り出す。オレと涙月を包む白いメビウスの輪。それこそがラムダゲートである。これは【星冠】と呼ばれる権限とパペットの了承があって初めて作れる特別で貴重な門だ。
オレたちは揃って転送されて、景色が一変。
「ようこそ第零等級星冠 天嬢さま。
第一等級星冠 高良さま」
長いガラス製の橋の端に降り立ったオレたちを見張りの準星冠二人が迎えてくれる。二人共星冠の白い制服を着こんでいて、【逢―あい―】に頼らぬ【覇―はたがしら―】によってパペットと同化した状態だ。
星冠の階級は上から第零等級・第一等級・第二等級・第三等級・第四等級・第五等級・準と続く。
役割は夢・ネット・リアルにおけるサイバー関連事案の調査・解決・守護。
『デイ・プール』『ナイト・プール』が産まれた時に新設された機関である。
仮想災厄事件を経験したオレたちが世界中のサイバー関連事業を護るのだ。二度と悲劇を繰り返さない為に。絶対にだ。
「中央へお行き下さい」
「はい」
オレはそう応え、涙月を連れて橋を進んでいく。ここには最高管理者と謁見できる広場とそれに続くこの橋しか存在していない。橋の下は真っ白で、浮遊しているのかどこかに接地されているのかすら不明だ。橋を覆うシールドを突破してみたらわかるのかも知れないがそれをやったら大目玉である。
<いらっしゃい、天嬢、高良星冠卿>
「どうも」
「こんにちはです」
中央広場につき、同時に電子音声が響いた。中央広場には既に何人かの星冠がいて、オレたちの後ろも別の星冠が歩いていた。
オレたちの到着から一分と経たずに全員が揃って、
<集まりましたね>
そう電子音声――最高管理者が状況を認めた。
<日頃の苦労をねぎらいたいところですが今はご容赦を。
本日、第四等級星冠ケルソ・ルベンニー氏が死亡しました>
「「「――!」」」
全員に走る衝撃。星冠が設立されて以来の死亡者だ。理由は?
<死因は拳銃自殺。眉間に銃口を当ててのゼロ距離射撃。他殺はありません。目撃者がいます。記憶の精査も終了し真実であるのが確認されました>
「【覇―はたがしら―】を持っていれば自身に加わる危害は遮断できるはずですが」
と、第三等級星冠。
<遮断可能なものはユーザーの拒否するものに限られます。感情ではなく心奥にある本能による遮断です。難しいですが彼が心奥から何かを悔いている、或いは何かに絶望しているのであれば自殺は完了されます。
第零等級星冠卿>
「はい」
一歩前へ出るオレと、
「…………」
無言で座したままのもう一人の第零等級星冠・幽化さん。
<お二人にはとあるアプリを検証して戴きたく>
「アプリ……古い言い方ですね。サイバーコンタクト以来ソフトと再び呼ばれていますが」
それはサイバーコンタクトがスマートフォンではなくパソコンの後継であるのを強調する為であった。
<はい。問題とされているアプリは僅かに残るスマートフォン所有者に無償提供されているものです。
ケルソ・ルベンニー氏も所有者の一人でした>
「そうでしたか。ではそのアプリの問題とは?」
<ダウンロード後、プレイした人間の全てが死亡しています>
「「「全て⁉」」」
それはどう考えても偶然ではなく。
<はい。既にアンチウィルスプログラムが動いていますがこちらにも要請がありました。
件のアプリには未知の数式が使われているとの話です。
現在判明している事柄はここまで。これに続くものをお二人には求めます>
「スマートフォンは?」
今となっては中々に稀有な代物である。電気街に行けば手に入るだろうけれど値段は推して知るべし。
<こちらにて用意しています。ウィスパー>
『はぁい』
小さな子供が顕現し、その手に二つのスマートフォンを持っていた。
歌詠鳥と同じアマリリスの小人の一人である。今は様々なところに派遣されてサポート役を務めていたりする。因みに歌詠鳥は魔法処女会に派遣されて遊んでいる。もとい。働いている。彼のように自由に生きてみたいものである。
オレと幽化さんはウィスパーからスマートフォンを受け取ってホームボタンを押した。
<パスは解除してあります。
件のアプリ『デス・ペナルティ』もダウンロード済みです。が、安全が確認されるまで起動はしないでください。
私はお二人の命を優先します>
「はい」
こう言うところ、最高管理の優しさが姿を見せるところがオレは好きだ。いや、上司としてね?
「……アプリのダウンロードは中止したのか?」
<残念ながら源泉がどこか不明なままです。スマートフォン製造社を通さずアップされていまして現状止められていません>
「そうか」
<有事の際はそれぞれの判断で動いて頂いて構いません。責任は私が請け負います。
宜しいでしょうか? 幽化星冠卿、天嬢星冠卿>
「はい」
「わかった」
<では、宜しくお願いします>
声の向こう側にあった気配が消えた。
最高管理の姿をオレたちは知らない。喋り方からすると人生を達観している感じだが若い世代の話題にも詳しい。仕事の都合上情報を集めているだけかも知れないがそれでも話のわかる人であるのは確かである。いつか逢えるかな?
「宵」
「はい、何でしょう幽化さん?」
「アプリの解析は任す。終わったら連絡しろ」
丸投げ。
「……なぜオレ?」
「めんどくさい」
「そうですか……」
一年と少し前、オレは幽化さんとパペットウォーリアで戦った。結果から言うと敗けたわけだが、少しくらいは関係も良くなった――わけはなく。相も変わらずの素っ気なさである。デレ期絶賛迷子中。
ドームに彼が来るのはレアなケースであるらしく出逢う事はなく、パペットウォーリアは二年に一度の開催だから再び相まみえるのはまだ先になるだろう。
「数日かかると思います」
「構わん。ではな」
それだけ言うと早々に幽化さんはラムダゲートを開いて消えてしまった。マイペースな。
「宵」
「うん?」
オレが義憤していると再び名を呼ばれた。ララだ。
「ワタシ、公務があるから行くけど、そのアプリ絶っっっっ対に安全確認されるまで起動するんじゃないわよ」
長い髪のポニーテールを揺らしながら、レースの神さまはオレをびしっと指さす。
「わかっているよ」
まあ、態度こそあれだが心配してくれているのだろう。
「ララこそ公務でしくじらないでね。確か日本の皇太子夫妻さまとの会食でしょ? その双肩に両国の関係がずっしりどっしり乗ってんだから」
言葉はあれだけど心配してるんだよ、ホントに。
「び、びびらせるんじゃないわよ。
ゾーイ、帰りましょ」
「うむ。ではまた」
「バイバイ涙月」
「はいな」
ちょっとオレに挨拶は? そんなものくれる事なく彼女たちは消えて行った。
「私らも帰ろっかよー君。解析付き合うよ」
「うん。ありがと」
できるならクリスマスは幸福に過ごしたかったけれど今もアプリをダウンロードしている人はきっといるだろう。それを考えれば急がざるを得ない。
オレと涙月はラムダゲートを開いて学校へと舞い戻った。
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