第20話「頂点に挑んで、超える!」
いらっしゃいませ。
反則行為だ。下手を打てば一発退場。
そんな事態になるくらいなら、三条のライフを0にする。
もう一度気持ちの悪い思いをさせて三条の動きを止めるんだ。
炎の剣を引く。刺突に構え、心臓に狙いをつけて撃――
「――!」
景色がずれた。
突如空が見えた。
しまった……このフィールドは時間経過と共に崩壊していく。
それに、引いた右脚が巻き込まれた!
「は……あはははははははははははははははははははははははははははははははは!」
笑う三条。否、嗤う三条。
「運がなかったな天嬢!
けどよ!」
握り拳を作った右腕を振りかぶる。
「落ちる前にぶっ飛ばして――おぅ⁉」
三条の足元が崩れた。オレのパペット・アエルが彼の足元を叩き崩したから。
崩れた大地はオレのそばへと落ちてきて、オレは――
「ありがとう!」
礼をアエルに。
オレは崩れてきた大地を蹴って飛び跳ねて安全な場所へと降り立った。
「くそが! 余計な真似してんじゃねえよヘビ野郎!」
再び駆けだしながら、三条。
まだ殴ってくる気か。ならこっちも。
首を狙って剣を引き――
「「!」」
二人の間に、ヒドラの首が降りてきた。
オレも三条も驚きで動きを止めて。
これは……オレの刺突を止めた? それとも三条の暴力を止めた? ……両方、か?
ゆっくりと首を持ち上げるヒドラ。彼――彼女?――の目はオレを見てはおらずに三条を見ていて。三条だけを見ていて。
「……んだよ、その目は!」
信じられないものを見た、そんな表情の三条。
オレも同じ思いだ。
だってヒドラの目は、哀情に満ちていたのだから。
「てめえが! 俺を憐れむのかよ!」
拳を振り上げた。
しかし上げられた拳はオレではなくヒドラに向けて降ろされる。
が、パペットはホログラム。実体を持たないゆえに拳はすり抜けてしまい。
それでも何度も何度も殴りかかる三条。
微動だにしないヒドラ。
……理解しろよ……。
わかってやれよ、三条。
ヒドラの、ガルデロッサの心を。ガルデロッサはまだ! お前を諦めてないんだよ!
「てめえは俺の言う事聞きゃ良いんだよ!
俺の道具だろうが!
動けよ! 天嬢をドロドロに焼き溶かせよ!」
ガルデロッサが動いた。
動いて、オレを見やる。
その視線に思いを乗せて。
これは……!
「三条!」
「黙ってろ天嬢!」
「黙るか!
ガルデロッサを見ろ! ちゃんと見ろ!
彼はお前のパートナーだ! お前を考え! お前の未来を考え! お前を思っている!
なのにお前は! ガルデロッサの言葉すら聞こえないのか!」
初めてだ。パペットシステムが世に出てほとんど例がないのではないか?
パペットの言葉がマスターユーザーよりも先に別の人物へと届くなんて!
「オレには聞こえた!
ガルデロッサの三条を呼ぶ声が!
自分では無理だと! だからオレにお前を止めてくれって声が!」
「ん……だと」
ずっと三条を見続けたガルデロッサは己の無力を嘆いている。
けれどそれでも三条の行く末を案じている。
三条を変える為なら自分以外の力も借りたいと思うほどに。
だから。
「!」
目を瞠る三条。オレが炎の剣を刺突に構えたから。
構えた剣を突いて、三条の心臓を狙ったから。
その剣をガルデロッサが庇い喰らったから。
「……!」
オレは尚も剣を振るう。
振り上げ、振り下ろし、突いて、薙いで。
この全てをガルデロッサが喰らい続ける。庇い続ける。
「な、にやってんだよ……」
わかるだろう。お前の為に犠牲になってくれる友がいる事が。
お前はこれでも応えてやらないのか。
お前にはガルデロッサの悲鳴が届かないのか。
「……てっめえは攻撃の要だ。
盾じゃねえんだよ……天嬢を倒すんだよ……噛んで、溶かして、ぶっ飛ばすんだよ」
轟音が鳴った。
ガルデロッサがとうとう倒れ込んだのだ。
だからオレは地を蹴った。三条に向かって地を蹴った。
交差するオレと三条。三条の腹を焼き切って、彼の背後に。
体を反転させて追撃を。
けれど、オレに向けて倒れたままのガルデロッサがマグマのブレスを放つ。それを散らすアエルのブレス。
三条を斬りつける炎の剣。
振り上げ、振り下ろし、突いて、薙いで。
これまでガルデロッサにつけ続けたのと同じ傷が三条についていく。
「あ……ああ」
気持ち悪さに負けたのか、尻もちをつく三条。
剣を止めるオレ。
「立てよ」
止めて、オレは言い放つ。
「……っ!」
「ライフはまだ残っている。
立って向かって来いよ。
ガルデロッサに命令するお前が! 彼より弱いのか!」
「……っ!」
「ガルデロッサよりも心が弱いのか!」
「あるかああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
立ち上がる三条。
殴って、蹴ってくる。
けれどオレはそれら全てをかわして斬りつけ続ける。
倒れる三条。起き上がる三条。
何度も倒れ、何度も立ち上がる。
「くそ! くそ!」
いくら向かっていっても、向かってきてもオレには届かない。
次第に三条の目に涙がたまり始めて。
わかってきている。
自分だけではオレに届かないって事が。
「く……そ」
言葉が弱々しくなって、動きも弱々しく。
そして遂に、止まってしまう。
「はっ……はあ……はぁ」
息と共に三条の涙が落ちる。
何度腕で拭っても落ち続ける。
「こんな……もんかよ……俺は……俺は」
ずり……と何かの音がした。
目を向けるとガルデロッサが首を引きずる音だとわかった。
傷ついた首を引きずって、三条へと寄っていく。
少しでも三条の近くにいようと。
三条はそんなガルデロッサを見て、視線を外し、オレを見て、アエルを見る。
オレのそばにいるアエルを特に。
そうして再びガルデロッサに視線を戻す。
歯を強く噛み合わせている。音が鳴るほどに嚙み合わせて、悔しそうにガルデロッサを見やる三条。
「ああ……ああ……俺は……」
悔しそうに言葉を紡ぐ。
「俺はこんなに……弱かったんだなあ……」
地団太を踏む。幼い子供のように。
そんな彼のそばにガルデロッサが辿りついた。
触れ合う距離にまで近づいて動きを止めて寄り添った。
「ガルデロッサ……お前……動けんのかよ……良く動く奴だな……」
実際に触れ合えないのは百も承知だろう。
それでも三条は手を伸ばし、ガルデロッサの頭に置いた。
伝わっているだろうか? 自分と同じガルデロッサの体温が。
「……強えなあ……お前……」
諦めたのか、笑う。嗤いではない、笑いだ。泣き笑い。
「お前と一緒なら……俺、強くなれんのかな……」
『オ――――――――――――――――――――――――――――――――――オオ!』
「――!」
ガルデロッサが吠えた。
恐らく初めてなのだろう。
三条の目が見開かれている。
言葉になっていない雄叫びだが、それでも、ガルデロッサの声を始めて聞いたのだ。
ガルデロッサの声が初めて三条に届いた瞬間だ。
響いただろう。
三条の心に。
だから彼は、嬉しそうに大きく笑って。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――行くぜ!
ガルデロッサ!」
『おう!』
互いボロボロの体だ。
なのにこれまで見せてきたどの姿よりも力強く立ち、オレに対して向かって来る。
けど。
「アエル!」
『ああ!』
オレたちだって敗けない。
魂を鼓動に乗せて、想いを心に乗せて、誰よりも強く一歩を踏みこむ。
思い出せ。
オレには憧れている人がいる。
前回のパペットウォーリアを圧勝した幽化さん。
彼のバトルを生中継の映像で見て思ったんだ。
何て力強くかっこいいんだって。
彼のようになりたいと思い続けて、けれどもアエルはちっさいままで。
でも、アエルは大きく強くなった。
オレはどうだ?
以前よりは強くなっただろう。
けどまだだ。
もっともっと。
アエルに恥じない力を。
共にいてくれる人に恥じない力を。
人の為?
違う。
誰よりも、自分の為に。
もっともっと上へ。
夢を! 全てに乗せろ!
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――アァ!」
叫ぶオレ。
オレの持つ剣に炎のブレスを放ち力をくれるアエル。
「オ―――――――――――――――――――――――――――――――――――オオ!」
叫ぶ三条。
最早瓦礫と化した戦車の砲を左腕に身に着けて、マグマの砲弾を形成するガルデロッサ。
これが! 最期の一撃になる!
「「―――――――――――――――――――――――――――――――――――ラァ!」」
飛ぶ炎の剣閃。
飛ぶマグマの砲弾。
二つは二人と二匹の間で衝突し――――――――――――――剣閃が砲弾を斬り裂いた。
「っつ!」
そうしてそのまま、炎の剣閃は三条を縦に両断した。
後ろへとぐらつく三条。が、彼はわずかな力で強く踏ん張り、前へと倒れ込んで。
「……はっ……悪くねえもんだな……出し切って敗けるってのは」
「……三条」
「一応……言っとくぜ……今まですまねえ……」
許してくれなくても良いぜ、と言葉は続く。
……ダメだろう。
こんな爽やかな笑顔で、こんなはっきりと謝られて、許せない小さな男じゃ。
「もう気にしなくて良いよ」
「はっ。
けどな天嬢……俺たちはまだ……ジョーカー発現できてねえんだ……。
俺はもっと! もっと! 上に行くぜ」
「オレだってジョーカー使ってないだろう。
オレももっともっと上に行く。
頂点に挑んで、超える!」
だから今は。
三条を超えて、歩き出す。
「ここに置いて行くよ」
「ああ……行ってこい」
強く一歩を踏み出して、オレは駆け始める。
夢を全身に乗せて、勝利する為に。
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