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AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~  作者: 紙木 一覇
後章 ~水折り(みおり)の炎~
198/334

第198話「教えてくれ……君はこの二人の子供なのか?」

後章、始まります。

よろしくお願いします。

誰だ?

どうする?

続ける?


ひそひそと囁かれる噂が世界に広がっている。

【○月○日に出産を控えている女がいる】

そりゃどこにでもいるだろう。

世界の通行人Aはそう思う。

安全な所にだろ?

世界の通行人Bはそう返して。

この噂の面倒な所は『誰』がその女性なのか不明な点である。

ネットに存在する一組の恋人。

国籍不明。人種不明。年齢不明。

あらゆる言葉を話し

あらゆる国のサイトに出現し

あらゆる知識を有する不思議な恋人。

ある時には国際問題を解決し

ある時には犯罪を暴き

ある時には金融を操作し

ある時には最高のストーリーを作り出す。

だけど決して正体を表さない。

純真な善意で接したかと思うと純然な悪意で切り捨てる。

暖かな心で包んだかと思えば空っぽな心でそっぽを向く。

あらゆる感情を有する不思議な恋人。

あらゆる追跡を逃れる不思議な恋人。

世界はひそかに熱狂する。

だからその情報が出た時には世界が揺れた。


御懐妊。


やはり、ひそかに。


○月○日。

それが彼女の予定日。

どこにいるかもわからない彼女の出産。

主に、戦場にいる人たちが揺れた。

おいどうするこの辺にいたら。

いやどうする言われても……。

もし攻撃先にいたりさ、もし俺らの攻撃で何かあったりしたらさ……どうなる?

リンチ。

と言うか今までもその可能性あったんじゃないか?

………………………オ……。

これからもあるよなぁ。

………………………オ……。

とある戦場のとある一角の些細な会話。

それは口から口へ、端末から端末へと広がっていく。

せめて、せめてだ。


○月○日だけは。


そしてその日がやってきた。

世界中の銃声が止まったその日が。


世界中が無事な出産を祈った。

その報告を待った。

そして、世界が歓声に包まれる。


その頃世界の小さな島で、不思議な感情に包まれている人々がいた。

喜び? 驚き? 怯え?

どれもが正解で、どれもが不正解の気がした。

ただの遊びだった。

男性陣が理想の女を作り、女性陣が理想の男を作る。

暇つぶしの嘘の男と女の恋愛。

村人たちが飽きた頃、恋人たちは別の国のサイトに現れた。

彼らが飽きた頃、別の誰かがまた掬い上げた。


そうして嘘の恋人は育っていった。

そうして嘘の恋人は世界を動かしてしまった。

この後恋人がどうなっていくのかはわからない。

人知れず消えていくのか、ずっと掬われ続けるのか。

いつかはばれるのか、ばれないのか。

わからない。

しかし、たった一つわかっている奇跡がある。


○月○日、この日、たった一日、

嘘から世界平和が誕生した。


☆――☆


『蝶が羽ばたけば竜巻が起こる』『風が吹けば桶屋が儲かる』――この現象を逆算し蝶を風を導き出す。

 そんな最大十年過去の様子を映し出せる【史実演算機】が開発されて今日で十年。ハッピーバースデイ。

 この十年、史実演算機により様々な未解決事件事故が解決された。

 勿論その恩恵は過去のものだけにとらわれない。

 蝶から竜巻を予測し、風から桶屋を予測し、最大半年先の未来に起こる事件事故を未然に防ぐのにも使われる。

 その過程で造られたのがこの三つ。


 一つ 『ジャンヌ・カーラ』――未来における危険人物を収監する牢。

 

 一つ 『未来遺産』――パスを知っているものの脳波によって脳内で閲覧・書き換えができるクラウドデータ技術。


 一つ 『予想図』――決して外れない天気予報。


 その三つが―――――――――壊れた。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!


「……くそっ」


 脳に流れ込んでくる言葉に俺の頭が悲鳴を上げている。

 左手で側頭部を抑え、右手で銃を握る俺。両手はカタカタと震えている。

 銃口を突きつける相手は――少女。


「遊びたかったらな……俺が遊んでやるから……」


クスクス


 絞りだした俺の言葉にその子は笑う。

 人間――ではないだろう。だって人間はオレンジ色のラインでできていない。だって動く度に落書きみたいな星を落としたりしない。

 ゴーストだと俺の同僚は言っていた。その同僚は隣でぶっ倒れているが。


「お前……名前は?」


 俺はオレンジ色の少女――まだまだ幼女と言った方が正しいかも――に呼びかける。


『知らなぁい』


 少女は未来遺産に語り掛けてくる。


「……んじゃなにもんかなぁ?」

『知らなぁい』


 この少女が三大技術に干渉しているところまではわかっている。だから下手な刺激はできない。やんわり、やんわりと懐柔して捕まえる。

 とまあそんな事を思っていたのだけど。


「パパとかママとか……どこにいんの?」

『パパ――ママ……は、ここ!』

「――⁉」


 少女が消えた。

 ここ! と言って俺に向かって軽快にジャンプしてきた少女が目の前で搔き消えたのだ。

 どこに?


『ここ。ここ』


 頭の中に響く声。

 オイ……待て、待てって……。

 信じられない。あの子――俺の脳に入ったのか⁉


『この人。この人。パパ。ママ』

「え?」


 未来遺産に画像ファイルと動画ファイルが広がった。

 そこに書かれていたのは、映っていたのは例の世界平和に繋がる一組の恋人のラブストーリー。

 と言うか……頭が痛い……。この状態で考えろとか君あれか。Sか。


『パパっ。ママっ』

「教えてくれ……君はこの二人の子供なのか?」

『そうだよ』


 確かにこの恋人には子供が産まれた。それが、この少女?


「……誰かアドバイスプリーズ……」

『してあげましょう』

「おぉう⁉」


 俺の呟きに応えた声があった。ビックリする程の声量と高音で。

 絶対に作った声だ。

 キーンってなったぞキーンって。


「誰だ?」

『暇人です』

「んなの聞いてない」

『その子はネットに溢れた情報から産まれたネットの幽霊さ』


 ネットの……幽霊?

 俺は一瞬頭痛も忘れて目を瞠った。


『ネットの精って言い方のがファンタジーかな』


 情報の海であるネットとファンタジーって毛色が違い過ぎると思うのだけど。


『胎児っぽいのをこの私めが見つけて育て上げたのさ』

「……今何て言った」


 それは、私が首謀者ですと言うようなものだ。


『三大技術に干渉させたのはその子がどれだけの性能を持っているかのテスト。じきに治まるからご安心を』

「お前……今どこにいる?」

『ジャンヌ・カーラに』


 誰だ収監者に道具与えたの!


『おっと余計な詮索は無用だぜ。じゃないと君の脳みそパンクさせちゃうぞ』


 さらりと凄いな……。


「ジャンヌ・カーラ――覚えたからな……ぜってぇ見つけてビンタ一発喰らわせっからな」

『この程度を忘れるようじゃおバカもいいとこだけど。

 戻っておいでアマリリス』

『や!』

『…………ええええええええええええええ?』


 アマリリスって言うのかこの少女は。そんで拒絶されてやんの。やーい。

 ……ガキか俺は……。


『ここ・居心地良いから・もうちょっといる~』

「俺の頭ん中はベッドかコタツか」

『ぬっくいぬっくい』


 そんでこの少女は猫かな。


『ふ~ん、へぇ、ほぉ~』

「お前の明日が真っ暗になったな……」

『なってないよいつも通りだよ』


 いつも通りに拒絶されているのか。

 さて、俺はどうするか。


『んじゃ暫くアマリリスは君に預けよう。いっぱい情報を与えて育ててあげてね』


 アマリリスを野放しにするのはまずい。かと言って都合良く管理するのは――なんと言うか性に合わない。


「……良いさ、この子は俺が匿おう」

『匿う? 私めから?』

「その通り」


『ふ~ん』とどこか楽しげに言って来る。


『それじゃこうしよう。アマリリスの両親も幽霊にしちゃおう』

「なっ」

『本当のその子の両親がどっちにつくか楽しみだねぇ。んじゃグッバイ』

「おい待て! おい!」


 それ以降、どれだけ怒鳴ってもそいつは応えなかった。






 暫く経って頭痛は治まった。三大技術が正常起動を再開したのだ。

 良し。説得しまくった甲斐があった。

 俺は使いまくって疲れた頭を軽く振り、自宅の玄関を開けた。


「お帰り~お父さ~ん」

(ヨイ)、ただいま」


 あっと言う間にリビングから飛び出してきた我が息子を抱き留める。まだまだ小さな男の子だ。可愛い可愛い。


「お姉ちゃんは?」

「寝てるぅ」

「そうか。じゃ静かにな」

「あい」


 そうそう。親子とはこうでなくてはならない。アマリリスの両親――世界平和の恋人が子供を前に下手を打たないと信じよう。

 んであの謎の女の目も覚まさせないとな。


 ではまず、明日ジャンヌ・カーラに行くか。場所知らないから調べないとな。

お読みいただきありがとうございます。

後章はぶっ飛ばした内容になります。

お付き合いいただければ幸いです。

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