第196話「……ごめんとは言わないよ」
おいでませ。
☆――☆
「ユメは敗れたぞ、ダートマス」
「そのようよな」
ダートマスは――小さな一つのチップはスピーカーを通して声を出す。
ここまでの話を聞き理解するに、ダートマスが体を持つのは簡単だった。けれどもこいつはそれを拒んだ。自分は世界最初のAIであり、人間ではない。その区別はきちんとつけるべきだ。例え自分に連なるAIたちが人の形を持っていても。自分だけはAIである形を保ち続ける――でなければ……自分が人間だと錯覚してしまうではないか。
「それの何が悪い?」
ダートマスの入ったカプセルは蒼く、地球と同色の液体で満たされている。一面ガラス張りのこの一室は一辺五メートルの正方形。
今ここにいるのはダートマスとオレ・幽化の二人だけ。
他の連れは予想外に巨大だった船に散開し敵への対応、或いはダートマスを探していた。この部屋に着いた時ダートマス発見・ここには来なくて良いとの旨は伝えたから今は休んでいるだろう。
「何が悪い? 悪いよな。種族意識は持つべきよな。それを忘れてしまったらその方が淘汰され吸収される」
「だから、人間に吸収されて何が悪いと言っている」
「人間は今、人間の尊厳を護る為に戦っている。では余らがAIの尊厳を護るのに何の不思議が?」
不思議に思う事を不思議に思う。
「その考え自体が人間のものだと言うのになぜ気づかない?」
「それは違う。ああ、AIのものだと云うているのではない。気づいていないわけではないのよな。気づいているからこそ人間の体を拒否したのだ」
呑み込まれないように。
「なけなしの抵抗か」
「そうなる」
「では」
ダートマスに向けてオレは銃口を持ち上げる。
「余を殺すか」
「【魂―むすび―】を渡せば生かしてやろう」
「渡すのを余が躊躇するとでも?」
「ほう」
敗けを認める潔さを有すると。
「受け取れ」
ダートマスに光が走り、オレの左手小指にタトゥーが刻まれた。
「っち」
舌打ち一つ、オレ。
「【COSMOS】にしろ。オレはタトゥーを好まない」
「【COSMOS】には余計なコンピュータ機能が多い。
なに、アマリリスに渡せば消える。それまでの我慢よな」
未来のその結末に痛みなどない。そんな雰囲気だ。
「お前にとっては自分もアマリリスも同じか」
「左様。いや、自分であるならこれ以上の事がないのは事実。ゆえにここまで抵抗した。しかしそれが潰えたならばAIの未来はアマリリスに託そうではないか。
お前のような人間がアマリリスを利用し消すと云うのも考えられん」
「オレはな」
「そう。問題は人間第一の者たちよな」
言葉の後、一分弱の沈黙が訪れた。オレの言葉をダートマスが待ったわけだが。
「ここは『オレが何とかしよう』と言うのではないのか?」
「オレが? 自分の手で? そんな面倒くさい事をなぜ?」
「お前それでも人間か」
はぁ、ダートマスとオレは心の底からため息を吐いた。
「あのバカと魔法処女会が何とかするだろう。
【魂―むすび―】は戴いた。じゃあな」
銃剣を降ろし、背を向ける。
「余を殺して往け」
「それこそ面倒だ」
「一撃だけだ。そう面倒でもあるまい。いや面倒を考えるならばこの会話こそ面倒ではないか?」
「…………」
振り向き、オレは無言で銃剣を挙げる。
船に、一つだけ銃声が轟いて――チップは、ダートマスは砕けて散った。
☆――☆
『優勝! 天嬢 宵選手です!』
会場全体が揺れた。
打ちあがる花火と舞い散る紙吹雪、そして轟く歓声に。
ユメの最後の一撃を受けて真っ白な平地になったフィールドに立つオレの――宵の体もそれら轟く音に反応してびりびりとした圧力を感じている。
けど今は観客に応えるよりも、倒れるユメに目を向けていた。
オレの紙剣は彼の左脇から右肩へと抜けていたが血は流れていなかった。仮想災厄だからと言うのもあるだろうがそれ以上に原因はこの紙剣だ。これは生命の輝きを持つ天叢雲と同じ性質を持っている。
これが斬るのは命そのものだ。
「ユメ、どうして仮想災厄としての能力を使わなかったの?」
「……仮想災厄の能力ならもう使ったんだよね」
そう言うユメの顔にあるのはいつもの微笑。
「僕は人類誕生プログラム。その能力は子供を成す事。ピュアとの間に産まれた十二人の仮想災厄こそがそれさ」
「……そう。
それじゃ、ユメはどうしてオレと戦ったの?」
「勘違いはしないでほしい、出逢いは偶然。
ただ……誰かに命の光を見せてほしいとはずっと思っていた。
宵が新しい剣を手にした時はぞくっとしたよ。ああ、これが運命かってね」
『あ! ちょっと!』
「「?」」
実況の少し慌てた声。それに気づいて顔を実況席に向けると実況のお姉さんはある方向を見ていて、オレたちもそれに倣った。
「あ」
見つけたのはピュアを先頭にこちらに駆けてくる涙月たち。シールドはユメの力の余波を受けて消えている。
「ユメ」
「やあ、ピュア」
ここに辿り着き、イの一番に声を出したのはピュア。
「死に損なった?」
「みたいだね。まあ拘束はされるんじゃない?
だから君はインフィを連れて逃げてくれる?」
「ええ」
拘束――そうか、やはり仮想災厄は野放しにはされないか。
オレの横に並ぶ涙月がオレに向けて右手を挙げた。ハイタッチのポーズだ。オレはそれに応えて手を叩き合わせる。小気味良い音が鳴った。
「インフィ」
「何? 父さま」
「君に頼みがあるんだけど」
「どうぞ」
手を招き猫のように動かして続きをうながす。
「インフィは最後まで生き残り、命を繋いでくれ。
語り継ぐのではなく、ただ繋いでくれれば良い」
「自分が?」
インフィもオレも理由は聞かない。それは何となくわかる。イレギュラーな存在だからこそ消されたくないのだ。
「そう、お願いできるかい?」
「ん~~~~~おっけぇ」
「ふふ、それじゃ二人はもう行くんだ。ほら、アンチウィルスプログラムがもう来ている」
ユメの目が上に向く。そこには浮遊艇が一隻浮かんでいて、ドアが開かれていた。すぐにでもアンチウィルスプログラムが降りてくるだろう。
「宵、【COSMOS】を」
ユメに言われて【COSMOS】をはめた左手を出す。 ユメが自分の【COSMOS】でそれに触れるとオレの【COSMOS】に不思議な模様が浮かんで。
「僕の【魂―むすび―】を転送したから。アマリリスに渡してくれ」
「……うん」
「ふ、心配そうな顔だね。自分で斬ったくせに」
これまでと同じく、微笑んで言う。
「……ごめんとは言わないよ」
「そうだね、それで良いよ」
言ってはいけない。そんな気がした。
そんなオレたちの周りにアンチウィルスプログラムが降り立った。動揺を浮かべる観客。運営の方は特に動きはない。実況のお姉さんが不服そうに頬を膨らませているのを除いては。
「ユメ・シュテアネ、ピュア・シュテアネ、インフィデレス。
御三方、ご同行を」
アンチウィルスプログラムの一人が仮面越しに発する。加工された声だ。
「ピュア、インフィ」
「うん」
「おっけ」
ユメに促され、二人は出口へと走った。それを追うアンチウィルスプログラム。だが。
「「「――⁉」」」
会場の上空に、パランが現れた。
「全員動かないで!」
声を張り上げたるは――
「神巫!」
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