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AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~  作者: 紙木 一覇
前章 ~小さな蛇は夢を見る~
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第192話「ボクは――オレは人間だ!」

おいでませ。

「『ウォーリアネーム! 【浄霊されし雨は潮騒に】!』」


 開始一秒、ソルを自らと同化。

 ゼイルの頭上に黒い輪が浮かび、背に蝙蝠のそれに似た翼が生えた。そしてすぐに手の中に小さな羽を生み出す。


「ビーコンダウン」


 打ち出された羽が天の川にぺたりと張り付き黒く燃えた。

 霊力を吸い取るビーコンダウン。更に。


「ジョーカー」


 天の川の鮮やかな光が薄く青い発光一色に変わる。範囲は直径百メートルと言ったところか。ゼイルは霊光を全身に纏わせる。いわば霊光の鎧。

 ビーコンダウンによって霊力を吸い取り、ジョーカーによって霊光へと変えて自らの力とする。

 ゼイルの翼がこれまで以上に大きくなって、戦闘準備完了。キッと目を吊り上げてユメを見やる。ユメは最初の位置から普通に歩いて向かってきていた。ゼイルは少し眉を潜めたがすぐに戻し、ソルの力で浮遊、翼を広げて低空飛行。一気にユメとの距離を縮めていく。

 二人の距離、一キロメートル。

 ユメはパペットもアイテムも出さない。


「ふざけてんのかよ」


 ぼそりと呟かれたゼイルの声が聞こえたかどうか。ユメはゆっくりとゼイルに向けて手を伸ばす。


「――っシっ!」


 飛行の速度を保ったままの拳をゼイルは放った。ユメなら避けるか攻撃を返す――そう思ったけれど、


「「「――⁉」」」


ユメは殴打を胸の中心に受け取った。


「……!」


 グラつくユメの体。膝が折れて天の川に片膝をつく。ゼイルは殴打できたのに驚き二撃目を加える事なく上方――天の川から見て――に飛んで移動を止めた。


「――ふぅ」


 苦痛を我慢する時に唇を噛み切ったのかユメの口から一滴の血が流れ、指でそれを拭い取る。


「さて、ゼイルに花は持たせたよ」

「……は?」

「ゼイルの祖父――エレクトロンCEOはゼイルに一撃を貰うようにと言った。孫へのプレゼントか、手向けかは存じないけどね」

「なっ」

「『天つ空(アマツソラ)』」


 静かに名を呼ぶ。自らのパペット天空神アトラスの名を。

 頭半分の金の長髪、編みこまれたもう半分の髪の毛。真っ白の皮膚と腰布。その全長は巨大で、肩には天球が担がれていた。圧倒的な圧力。『神』の放つ神威。


「――世界誕生の火――」


 天球にヒビが入り、白い光が溢れる。AIロボットの誕生。何百体と言う数のAIロボットがゼイルに襲い掛かる。


「ジョーカー!」


 近づくAIロボットを霊光に変える。しかし数が多い。ジョーカーは全てのAIロボットには発動せず、ゼイルの腕に胴体に脚にと絡みつく。するとどうだろう? AIロボットに触れられた箇所が機械へと変貌していくではないか。


「な⁉」


 振り解かねば。そう思い至っただろうゼイルは宇宙空間を飛び回る。AIロボットも飛行ユニットで追撃するが速さ勝負ではゼイルの方が上。しがみ付いていたAIロボットもばらばらと離れていき、距離が離れると機械化した体も元に戻った。

 ほっと一息つくゼイル。

 しかしそこに。


「――⁉」


 ユメの逆平手がゼイルの右耳を叩いた。


「つぅ⁉」


 高鳴る耳音。叩かれたショック。両方のせいでゼイルは飛行する気力を一瞬失って天の川に落下した。

 光の粒が舞い上がる。

 ゼイルはすぐに飛行を再開しようと翼を羽ばたかせるもAIロボットが大挙して押し寄せる。抱きつかれ、抱きつかれ、抱きつかれ、体が機械に変わっていく。






「ゼイル!」


 客席にいた(オミ)の悲痛な声。






「くそ!」


 臣の声が聞こえたのか聞こえないのか、ゼイルの口から悪態が出て、その口さえも機械へと変わっていく。

 その時何かがゼイルの頬に触れた。見てみるとゼイルの頭の方にユメがしゃがみ込んでいて、先程自分が叩いたゼイルの耳に彼の手が触れていた。


「なんの真似――」

「このAIロボットは全て元人間だよ」

「――!」


 AIロボットに目を向ける。人間には見えないが、ユメが冗談を言う必要もない。

 だから本当なのだろう。


「良かったね、これで君は祖父の興味を多少は引ける」

「――? 興味?」

「あの人は人間にさして興味を持っていない。生体端末である彼は人間の表面は持っているけれど中身はナノマシンの群生。なのに君は完全な人間として生まれてしまった。彼は自分の仲間を増やす為に子を造り孫を成したのに。

 君はあの人にとって失敗作だった。

 だから今、君をAIロボットに変えよう。可哀想な君をお祖父さんの興味の眼中に入れてあげよう」


 失敗作――

 その言葉にゼイルの心にヒビが入った。そのヒビはどんどん大きくなって――


「……な」

「うん?」

「ふざけるな――――――――――――――――――!」

「――⁉」


 ゼイルの体から光が迸った。

 心に入ったヒビはどんどん大きくなって、ついに割れたのだ。心の表面を覆っていた殻が割れた。中にあったのは人間の心で。


星章(セイショウ)


 機械になっていた体が元に戻って行く。

 稲妻に似た蒼き星章を纏い、ゼイルはユメの手を払いのけた。


「ボクは――オレは人間だ! お祖父さんが何であっても興味を持たれなくても! オレは人間だ!」


 ユメの目が丸くなっている。意外な精神力を魅せられたから。

 ユメの唇は興味深げに曲がり――


「――世界消滅の火――」


 最悪の光がゼイルを包んだ。


 ――と、誰もが思った。

 だけどその直前に天つ空がバランスを崩し光はかき消された。

 オレは思わず前に出た足を元に戻す。【COSMOS】で乱入しようと思ったのだ。しかしそれよりも早くに動いた人がいた。

 目を向けるとその『銃弾』は運営本部の左右にあるVIP用ルームの一つ右の席から放たれたと思われ、シールドを全て貫通して天つ空の頭蓋を撃ち抜いたらしい。

 銃弾を放った人物は――


幽化(ユウカ)さん」


 だった。

 事前連絡では幽化さんたちはオレとユメが戦っている間にダートマスを討つべく行動するはずだがまだいたのか。助かった。オレの反応は遅かったかも知れないから。


『ストップ! ストップ! ストップです!』


 実況のお姉さんが頭の上で腕をクロスさせている。バッテン、ダメのジェスチャー。


『ヘルプは反則です! イエローです! 次に行われた場合ゼイル選手の敗北とします!』


 そうは言われても今のをゼイルが受けていたら死んでいただろう。以前のようにユメが再生するとしても決して見過ごせない。

 それはきっと。


『ユメ選手! 相手を死亡させるような攻撃はレッドどころではありません! 犯罪です! 次に行われた場合公的機関に引き渡しますよ!』


 実況のお姉さんだって同じはずだ。

 ユメはと言うと軽く両手を挙げただけで返事とした。

 ゼイルは一気にかいた汗を服で拭いながら起き上がりユメと充分な距離をとっている。


『バトルを再開してください!』

「わかってるよ」


 小声でそう応え、ゼイルは上へ舞った。凡そ百メートル上で停止し頭上に向けて両腕を伸ばす。


「どこに飛ぶかわからないから使いたくなかったけど」


 手の上の空間に霊光の青い光が集まっていく。それは固まり、あたかもナノマシンがフィールドを形成するように何かを象っていく。

 あれは――門、だろうか。五芒星の門が造られた。


「出し惜しみしてられないよな」

「そうだね、やれる事をやれる時にしておかないと後悔するかもね」


 応じるユメは微笑を崩さない。


「……オレが相手じゃ本気になれないって?」

「それはどうだろう? 君だけじゃなく誰が相手でもじゃないかな?」

「それなら――」


 門が開く。


「逃げてみろよ!」


 門が開き、その中から幾十幾百もの鎖が飛び出してきて鋭利な先端がユメの四肢を貫き巻き付き拘束、門の内に閉じ込めようと体を引き上げる。

 ユメの体は門の内――闇の中へと吸い込まれ、門は閉ざされた。


「……随分あっさり――」


 いった事実にゼイルの方が眉を潜めた。当然そんな都合の良い展開などありはせず。


「――⁉」


 門にヒビが入っていく。ヒビの隙間から光が流れ出ている。


「天球の光じゃない?」

「君のパペットじゃ僕の情報量を閉じ込められないみたいだ」

「な」


 門の中心から手が生えた。皮膚に赤いラインで骨が象られた腕――ユメの腕だ。ヒビが広がり門はぼろぼろと崩れていき――爆発して砕け散る。


「そんな……」


 最後の一手すら失ってゼイルは希望を失った。

 ユメはゼイルの頭上まで落ちると体を横たえたまま停止し、ゼイルの頭に指鉄砲の先を突きつけ、撃つ真似を一つ。

 ゼイルの体から翼が霧散する。それに合わせて浮力を失ったゼイルの体がゆっくりと落ちていき、天の川の光の中へと没した。


『バトル終了! 勝者ユメ・シュテアネ選手です!』






『では皆さま!』


 天の川が消えたフィールド上でオレとユメは正面から向かい合っていた。


『決勝はこちらのお二人! 天嬢(テンジョウ) (ヨイ)選手! &! ユメ・シュテアネ選手にて行われます!

 バトルスタートは午後一時! 場所は太平洋雲上緑地都市『ロサ』! 十二時三十分発のアーミースワローにて移動を行います! それまでにニューヨークに残る人とのお別れを済ませておいてくださいね!

 ではまたお会いしましょう!』


 とうとうここまで来た。オレとユメは互いの拳を出してこつんとぶつけ、背を向けて会場を後にした。


「ゼイルは?」

「泣いてる」


 会場から出てすぐのところでオレは先に出ていたゼイルの様子を涙月(ルツキ)に聞いた。彼女の話によるとてきとうなベンチに座り込んでいるらしい。臣が付き添っているとの事だ。ここからでは二人の姿は見つけられなかったがきっとその方が良いだろう。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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