第189話「星から産まれたものに宿る星の力。地球のパペット」
おいでませ。
その言葉を合図にアマ選手が駆ける。
攻撃無効化――古今の物語で主人公やそれに近いキャラクターが持つ絶対的な力。オレもそれを持った主人公が無双するアニメを何度も目にしてきた。
だけどこれはフィクションではない。パペットウォーリアに於いてそれは最強の能力ではない。はずだ。
オレもアマ選手に向けて駆ける。ここから再度攻撃するか? いやまずは距離を詰めよう。
オレはくるっと体を回転させて背後を向き軽くジャンプ。
「咆哮!」
を撃って反動で一気に距離を詰める。
「うまいじゃないか!」
「――しょ!」
勢いそのままに蹴打。しかし一枚の木札が足の裏をしっかりと受け止めて体がそこでぴたりと止まる。
打撃も無効化できるのか。ならば。
「刹波!」
剣の一撃。刃を受け止めた木札が震える。同時にオレの腕から力が抜けていく。けど。木札が震えたのは蹴打ではなかった現象だ。それにアマ選手が目を瞠ったのも見た。やはり無効化能力=無敵ではない。
もう一斬、刹波。
今度はその斬撃を三枚の木札で受け止められた。木札の震えはない。
「何度でも!」
オレは刹波を立て続けに放つ。上から下から右から左から。
「ちょっちょっちょっ」
アマ選手は木札を操って斬撃を受け続け、しかし次第に対応が遅れ始める。速度はオレの方が上だ。
「刹――」
「ムダだって!」
「――と見せかけて咆哮八叫!」
「ああ⁉」
刹波のつもりでアマ選手は木札を五枚集めていた。だが来たのは咆哮八叫。炎は木札の無効化の影響を受けながらも多くが残り、飛び散る。木札が激しく震えヒビが入る。
「この――」
アマ選手はより多くの木札を集めて八叫に対応する。飛び散る炎は次第に少なくなっていき、暫くして完全に消え去った。
「効かなかったね!」
「無効化能力者は――」
「――⁉」
「それに溺れて他を疎かにする!」
オレは集まった木札の下に体を滑り込ませて、内側に入り込む。雷を打てばアマ選手も感電する距離に。
「刹波!」
「くそ!」
下から切り上げた刹波がアマ選手の上体を切り裂いた。
ぽちゃん
何かが海水に没した。オレとアマ選手が硬直する間に視線だけをそちらに向けてみると尖ったものが光の粉になって消えていくところだった。次いでオレは自分の握る剣を見る。アマ選手を切り裂いたはずの剣。その刃が途中から消えていた。
「……あ……はは」
ゆっくりと口から漏れ出る笑い声。オレの口からではない。薄い緑色の口紅が塗られた口――アマ選手の口からだ。
なに? 折れた? オレの剣が折れた。アマ選手の体にあたって?
「残念無念!」
「だ!」
先に我に返ったアマ選手の膝蹴りを腹に受けてオレは浅い海水をまき散らしながら転がった。痛みを我慢しながら追撃を警戒して即体勢を整える。しかしそれは杞憂だったようでアマ選手は追ってきてもいなかった。彼女は自分の体をペタペタと手で触ってみたり服の中を覗いてみたり。きっと斬撃が効かなかったのが不思議なのだろう。答えはこっちが知りたい。
「……どうしよう……こんなぴちぴちギャルのわっちの体が剣より硬いとかないわ~」
ギャルって言葉久々に聞いたな……。
「それともひょっとしてボーヤが気遣かってくれたのかな?」
そう言ってオレを見る。オレは首を――縦に振った。
「そうです」
「嘘つけ」
ダメか。
アマ選手が何かしたわけでもオレが気遣ったのでもないとしたらあとは――電衣【seal―シール―】が衝撃を中和した?
「いいや」
「「――?」」
声がしたのは舞台の外。特別待機エリアの一つに座る男、ユメの口から。
「アマは今、星章を使ったんだよ」
「星章」
「? なんだそれ?」
目を瞠るオレと頭に『?』マークを浮かべるアマ選手。そんなアマ選手の為にかそれともこのバトルを観ている皆に向けてかユメは更に口を開く。
「星から産まれたものに宿る星の力。地球のパペット」
「「――は?」」
今度はオレも面食らった。地球のパペット? それは初耳なのだけど。
「一応言っておくけれど地球は今のところ生物とは定義されていないよ? 神話なんかではガイアとして表現されるけどね。
けど核を脳、マグマを血、大陸プレートを筋肉、磁場を体内電流として見た時生物として揃うべきものが揃ってしまう。
そんな地球が地上のファイル――つまり人間や樹木、動物をスキャンして発生させたものが星章。ダートマスはここからパペットの着想を得たんだ。
だからダートマスは星章こそ最初のパペットと表現する事がある」
地球のパペット――星章。
「ダートマスってなんだよ」
「さぁね」
「中途半端に応えるなら最初から応えんなよ」
「僕は君じゃなくて宵の疑問を解消してあげたかったんだよ」
そう言ったきり瞼を閉じてしまうユメ。アマ選手は舌を一つ打ってオレを睨んだ。
「知っているならダートマスって何か教えなよ」
「えっと……」
言っても良いものだろうか? ここで話してしまえば世界放送の電波に乗ってしまう。そうなればダートマス排斥、或いは保護でパニックになる恐れがある。これまでの歴史が証明する通り人間には誰かを否定する時にこそ声を大きくし行動を起こしてしまう悪癖がある。
だから。
「……あ、あとで」
「絶対だぞ?」
「…………」
「返事!」
「……はい」
渋々了承。話すかどうかはこのバトルが終わってから考えよう。
今はまず、アマ選手が無意識に発生させた星章をどうするかだ。無意識でしかできないなら攻撃の手を緩めずに連撃するか?
オレは剣に咆哮を乗せて刃を再度形成する。
「おっと」
木札を体の周りに展開するアマ選手。
「さっきみたいな手が通用すると思うなよ? もう油断しないからな(さっきもしてなかったけど)」
ならば、斬波――いや皇波で行くか? けどそれも止められてしまったらもう攻撃の手がないな。皇波はここぞと言う時の為に取っておきたい。それに。
ユメを見る。閉じていた瞼は見開かれていて、しっかりとバトルの様子を観察していた。
そうだ。あまりユメの前で皇波は使いたくない。分析されて対策されたらそれこそ終わりだ。
「オイ」
やはり斬波にかけて――
「くぉうら!」
「え?」
荒々しい声に目を向けるとアマ選手がガルルと鳴きながら怒気を放っていた。
「お・ま・え。ユメ見てないでこっち見ろよ。先のバトル気にして今を疎かにしてみろ。わっちに対して失礼だろが」
「……今」
「おう」
今――か。
思案する。今を大切に。良く聞く言葉だ。頭の中で反芻してみる。今……今に全力を尽くせ。
――――――――――――違う。
今だけではない。
オレたちに必要なのは――手を伸ばすべきは、今とそれに続く未来だ。
体が桜色の光に包まれる。星章だ。光は腕に集まり、手を伝って剣へと流れていく。
「……ふん」
鼻を鳴らし、アマ選手は木札を手元に集中させる。木札を束ね連ねて剣にした。
「行きます」
「来い!」
水飛沫が上がる。オレとアマ選手の足が海水を叩いているのだ。
二人はあっと言う間に接敵して互いの剣を振る。光の刃と無効化の刃がぶつかって空気が爆ぜる。光の刃は消えない。木札の剣は折れない。右から薙いで、左から薙いで、突いて振って降ろして打って上げて捩じって。
右に移動して左に移動して飛んでしゃがんで。
その攻防は下手な剣道の試合よりも長く続く。それも【覇―はたがしら―】で強化された身体能力――膂力でだ。海水を割り、砂地を裂き、フィールドを形成するナノマシン【逢―あい―】を散らしあたかも空間を斬ったかのような斬撃の痕を残していく。
しかし体力は永久ではなく。
「はっ」
「――ふっ」
互いに息が上がっていく。
オレはずっと斬波を撃ち続けているしアマ選手も無効化能力を維持し続けている。当然の話重い一撃を撃てばその分体力を持っていかれる。長く続く剣戟と力の維持、両方が体力と精神力を摩耗していく。
かっこ良くラストの一撃を撃って決める――のは無理だろうなこれ。
そう思った時だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――オァ!
「「――⁉」」
虹色の光が世界を満たした。
この光は――『星』と『タキオン』⁉
お読みいただきありがとうございます。
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