第186話「降参しないと胴体真っ二つですよ」
おいでませ。
「ペドロ!」
最初に仕掛けたのはハイメ選手。ペドロ――彼のパペットがまっすぐ縦に伸びて、曲がった。乱雑に曲がったのではない。あの形はナスカの地上絵の中で最も有名だろうコンドルの形。
ペドロはそのままハイメ選手の背中に触れて、するとそこにコンドルの翼が出現した。
「行きますよ!」
腰を落とし一直線にアマ選手に迫る。
「阿修羅!」
の、腕が持ち上がりストレートに打ち出される。
「――⁉ だ!」
殴打の圧力が飛んで前方二キロメートル先にいたハイメ選手を殴った。ハイメ選手はバランスを崩されて氷の塊に激突、激突、激突してようやく翼を羽ばたかせるのに成功、体勢を立て直す。
「そこから動くな!」
「動くとも!」
アマ選手の檄に怯まずハイメ選手は環から脱出し――たらそこに氷塊が。
「くっ!」
ハイメ選手は両手両足更に翼も使って次々に飛んでくる氷塊を捌き続ける。だが。
「もっともっと!」
阿修羅がマスターユーザーに応えてどんどん拳の圧を飛ばし氷塊を打ち込んでいく。ハイメ選手は全てに対応しながらもじりじりと後退させられていく。このままではじり貧だ。
「ペドロ!」
パペット・ペドロの形状が変わった。コンドルからハチドリへ。尖った小さな何らかの塊が二基ほど出現して、
「行け!」
ハイメ選手の号令で飛び回り氷塊を砕く。
それを盾にしてハイメ選手は氷塊を伝ってアマ選手へと迫る。
「ムダ!」
「い⁉」
阿修羅が巨大化。巨腕が左右から振られ、ハイメ選手が挟まれる。――いや。腕を何とか受け止めている。
「お~ウチの阿修羅のパンチに耐えるとかよーやる」
「こ・の・て・い・ど・で! ペドロ!」
「お⁉」
ハチドリから作られた突起物が阿修羅の目を撃ち抜く。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉』
阿修羅の悲鳴。
その拳が突起物を乱暴に殴り、衝撃で元の糸へと戻された。
「阿修羅! ジョーカー! 地獄道!」
「――⁉」
ハイメ選手が黒い炎に包まれて目を剝く。
「ああああああああああああああああああ⁉」
次いで発せられた悲鳴。
『ハイメ!』
ペドロが駆け付けるが炎に触れまいとその周囲をぐるぐると回る事しかできずに。
「熱い! 熱い! ああああああああああ!」
地獄道――八熱地獄を味わっているのか。
「熱い? んじゃ冷ましてあげよっか?」
ニヤリと嗤うアマ選手。邪悪だ。あの人邪悪だ。できればお友達になりたくないタイプである。
「さっ寒い⁉」
今度は八寒地獄。暖まった体を急激に冷やされて心臓は無事だろうか?
「ペドロ! オウム!」
ペドロの形が地上絵の一つオウムを造り、
「――⁉ うああああああああああああああああああああああああ!」
今度はアマ選手が黒い炎に包まれた。
「なっ⁉ なん⁉」
オウム返し。能力をそのまま敵に反映できるのか。
「はーやく地獄道を解かなければ貴女もやられますよ!」
「こっの!」
アマ選手の怒りが伝わったのか、阿修羅が剛腕でハイメ選手を殴打する。
「っぐ!」
「あぅ⁉」
だがその衝撃もオウム返しされてアマ選手も叩き飛ばされた。けれどそれがきっかけで炎が消える。
「行きますよペドロ!」
地上絵サルを模り、ハイメ選手に尾が生えた。
「捕らえろ!」
尾が伸びてアマ選手の体に巻き付く。
「なに⁉」
今度は尾が縮まり、急速にハイメ選手の元へと連れていかれ――
「ペドロ!」
その形がサメになってハイメ選手の腕に宿った。
「お!」
サメの力が宿った右腕をアマ選手の腹へと叩き込む。
「――⁉」
オレの牙に似た力か、アマ選手にサメに咬まれた傷がつく。
「こ・の程度なら――! 阿修羅! 修羅道!」
アマ選手の体に緑色の文様が浮かぶ。
「らぁ!」
「――!」
修羅と化したアマ選手がハイメ選手に仕掛ける。殴り、蹴り、肘を打ち、膝を打つ。ハイメ選手は三割は捌き、七割は受ける。
これはアマ選手の有利か?
「くそ! ペドロ! ジョーカー!」
何が来るかわからないからかアマ選手は一旦距離をとった。追撃はなく、よくよく見てみるとハイメ選手の手には木の棒が。
「?」
ハイメ選手はその棒で空間に絵を描き始める。
「させるか!」
何が起こるかを察したアマ選手は再び距離を詰める。ただ走るのではなく阿修羅の手に乗って投げられて。
「遅いです!」
「――⁉」
絵は既に完成していて、なんと内容はケルベロスだった。
「は!」
ハイメ選手が腕を振る。
「――か⁉」
アマ選手が巨大な爪に切り裂かれ、文様が消えた。
「ま……だだ……『ウォーリアネーム! 【ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン】!』」
アマ選手の腕が増えた。まさに阿修羅との同化、その腕左右三本ずつ計六本。手には全てに三鈷杵が握られている。
「『ウォーリアネーム! 【天より覗見て意味を成す】!』」
ハイメ選手の背に翼が、体に赤い糸が巻き付く。顔を除いて体中を取り巻いた糸は両手の指の先から計十本垂れていた。
「行きます!」
ハイメ選手が右腕を振る。すると指から伸びた糸が生き物のように動き出してアマ選手を襲う。
「当たるか!」
アマ選手の顔を狙った糸は彼女の頬を掠めて背後に伸び、先端がUターンして後ろから再びアマ選手を狙う。
一方でハイメ選手は残りの腕を振るい前方からも糸でアマ選手を狙う。
「ふん」
前後を一瞥してそれでもアマ選手は鼻を鳴らした。そして腕の一本を空――宇宙空間だから上下はないかも知れないが――に掲げた。
すると。
「――⁉」
強大な雷がハイメ選手を襲った。
「……は」
グラつき倒れるハイメ選手。アマ選手は口角を上げて笑って――ハイメ選手も笑った。
「なに⁉」
ハイメ選手のダウンを受けて糸も力なく落ちたがそれが再び動き始めた。糸はアマ選手の掲げられた腕に巻き付き、するっと容易く腕を切断する。
ハイメ選手に雷を受けたダメージがない。良く彼を見てみると足から伸びた糸が氷塊に巻き付いている。成程。雷を外に逃がしたのだ。
「……ふ~ん」
アマ選手もそれを理解したらしく一つ舌を打つと切られた自分の腕を見て肩に触れた。
「ふん!」
肩を握りしめる。そうすると切断面から光が迸り、雷撃の腕が構成された。だがその隙に糸はアマ選手の胴体に巻き付いている。
「降参しないと胴体真っ二つですよ」
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