第183話「あの人を愛しているからよ!」
おいでませ。
わたしの叫び。その直後に自らも横に跳んだ。
天球から光が溢れる。それはまるで宵の咆哮。巨大強大な光の渦がわたしたちを襲う。
森を焼き、突き抜け、重力に曲げられず直線に空を貫いた。
「……っ!」
わたしも他のシスターも痕を見て絶句した。大地が抉られている。吹き飛ばされたのではない、消滅したのだ。まさに世界を消滅させる火の凝縮砲。
「……か、神巫……」
「皆大丈夫?」
「リフィと……ザプが消えました……」
ギリっと歯を噛みしめる音が鳴った。わたしの口からだ。
「……わかったわ。貴女たちは退避して」
「それは受諾できません」
「わたしもすぐ行くから」
「では逃げましょう」
「軽いな!」
退避と言っても問題はその隙と時間をどうやって稼ぐかだ。人数は魔法処女会シスター六人、相手はユメとピュアの二人。数では勝っているのに激突すればユメたち二人の優勢だろう。
光で目を瞑すか? 水で視界を歪ませるか? 酒で酔わせるか? 術で眠らせるか?
「ユメ」
「うん、言葉は聞こえなかったけど情報はとった。逃げる為の算段をしているみたいだね」
「私がやろうか?」
「二人でやろう。なんだかんだで今のもかわされているしその方が確実だ」
逃がしてもつまらないし、とユメ。
「それはユメがおっちょこちょいなだけかと」
「う」
言葉につまったユメがとった行動は。
「……ユメ、髪を引っ張らないで」
「いや、ちょっとイラっと来て」
「逆ギレとか失笑」
「神巫、なんかあいつらいちゃついてますよ?」
わずかに届いた言葉と仕草に何となくイラっと来るシスターたち。機嫌が悪くなったのか人相も悪くなっていた。
「あのまま二人で遊んでいてくれれば良いんだけど」
「いえ、それはこちらのイラつきが増します」
「……あ、そう」
主に操を捧げるのが魔法処女会のシスターだ。恋愛感情は超越しているはずだが年頃の女の子としては思うところがあるらしい。うん、超越できてない。
「……ユメ、ピュア、二人に問うわ」
「何?」
「貴女たちに愛情はあるの?」
「勿論。僕は間違いなくピュアが好きだよ」
即答。それはわたしにとって少し意外だった。ユメとピュアは仮想災厄を増やす為に共にいるのだと思っていたからだ。それこそ恋愛感情を超越して。なのにユメはピュアが好きだと言う。愛情に時間は関係ないと言うし種族も関係ないと言う。だからユメの言葉は真実かも知れない。
だけどそれなら――
「人を愛せないかしら?」
問われ、眼をパチクリさせて互いを見るユメとピュア。
「ん~、何か勘違いされているね。僕ら別に人間が嫌いなわけではないんだよ」
「なら――」
「『共に生きられないか?』と言うのだろう? 答えは、もう既に生きている」
この状況こそが答えだ、そう言う。
「…………」
「『ならなぜ人間を殺すのか?』かな? 答えは、共に生きられないから」
「?」
それは先程の答えと矛盾する。
「簡単じゃないかな? 人間が人間を殺すのと同じだよ。
個人の争い、国の争い、宗教の争い、種族の争い、それと同じさ。ダートマスの下にいるのを嫌う人間は削除の対象ってだけ。
ではこちらからも問うよ。君たちはなぜ仮想災厄を削除したいのかな?」
「貴女たちがアマリリスを奪いAIの世界を創ろうとするから――」
「そこだ。そこが間違いだ。既にこの星はAIダートマスのもの。それを君たちが認めずに抵抗するから話がおかしくなる。ダートマスの下で平和に暮らせば良いじゃないか。これまで通りに」
はぁ、とわたしは空気を深く吐いた。
「無理ね」
「どうしてそこまで霊の長であろうとするのかな?」
「貴女たちと同じよ。AIはAIの尊厳を護る為、人間は人間の尊厳を護る為」
それは、どうしても取り除けない単純にして絶対の気持ちだろう。
「宵と同じ事を言うのね」
「え?」
「あの子も尊厳と口にしていた」
「――そう。流石幽化さまの見込んだ子ね」
優しく微笑むわたし。優しく――どこか安心して。
「幽化さまも人間の尊厳を護るわ」
「幽化……か。彼は情で動く人間とは思えないんだけど」
「いいえ」
即時に否定する。自分が知っている幽化とはそう言う男ではない。
「どうしてそう言い切れる?」
「あの人を愛しているからよ!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ガ!
「「――⁉」」
空間を裂いて銃弾が飛んできた。
ピュアは咄嗟に自らの銃撃でそれを打ち落とし、ユメは掌に世界消滅の火を灯して弾いて止めた。
しかし本命はその二撃ではない。
次に空間を裂いて現れたのは――世界消滅の火・夜だった。
「――ピュア!」
ユメはピュアを抱え飛びのく。そこを絶望的なまでの光の奔流が駆けて行った。
「……っち」
舌を打ち、その男と少女は現出する。
「幽化……アマリリス」
抱えていたピュアを降ろしながらユメは二人の名を口にした。
季節に合わない黒いローブに似たコートを羽織った幽化さまと、彼の手を握る逃げたはずのアマリリス。
「逃げたと見せて攻撃の機会を狙っていた、か。季節違いの黒いコート、銃剣と組み合わせて使われる幽化の攻防アイテム。どうも本気で僕らを削除する気でいるみたいだね」
「そうだな。お前たちは良くやった。ここで死ね」
銃口をユメとピュアに向ける幽化さま。
「君も尊厳の為に戦うんだね」
「そうだな。加えて言うなら人間の可能性をAIに搾取されている状態が気に入らないんでな」
「成程。それなら、僕も本気で行こうかな」
「「「――!」」」
景色が変わった。
星と言う宝石の散らばる黒い空間。宇宙――宇宙空間、に、いくつか白いラインが走っている。
「転移?」
「いや、ユメのアイテムだ」
幽化さまの傍まで駆け寄るわたし。
「そうだな?」
「うん。宇宙カレンダーさ」
宇宙の誕生から消滅までの全てを記録した宇宙カレンダー。その現象の顕現。これがユメのアイテム。
「だが、死ね」
「行くよ、ピュア」
「うん」
二人は身構えて、攻撃の機をうかがう。
「神巫、アマリリスとシスターを連れて下がっていろ」
「はい。アマリリス、さっきは助けてくれてありがとう」
「ううん」
こちらも身構える。
そして双方同時に口を開くのだ。
「「――始めようか」」
【少々待て】
「「「――⁉」」」
突然届いた声。少年? 少女? 子供? 大人? そのどれにもとれる不思議な声。反響もしているのに妙にクリアに聞こえた。
「誰?」
震えだしたアマリリスを抱きしめるわたし。わたしの知る限りこの場にストップをかけられる存在などいない、否、一人だけいる。
まさか……。
「ダートマス?」
【その通りよな神巫。貴女と話すのは初めてだ。こうして誰かと話すのも久しいけれど】
「――で、老体が出てきてなんだ?」
二丁の銃剣の一方、左手に握る銃剣を肩に置く幽化さま。威勢を殺がれて毒気を抜かれてしまったようだ。表情が緩んでいる。
【日本裏天皇幽化。お前とユメが争えばアマリリスの【魂―むすび―】を入手する機が数年は遅れると見たのよな。
ユメ・ピュア、彼の相手はしなくて良い。まずは宵を優先する】
「宵は逃げませんか?」
「いや、彼は大会には出てくるよピュア。ボイコットはない」
「なぜ?」
「大目標があるからさ」
そう言って幽化さまを指さす。
「幽化が彼に発破をかけた。エキシビションで戦おうと」
舌を打つ幽化さま。企業の多くは量子テレポ通信は盗聴不可能と謳っていたが綺羅星とエレクトロンにとってはそうではないらしい。
「そのバトルを実現する為に宵は出てくる」
【そう。もっとも宵とまともに戦う必要はないわけなのだが、それはユメが拒否するよな?】
「そうだね。大会はクリーンバトルを心掛けるよ。さっきは子供が暴走したけれど」
「許可したくせに」
シスターの声にどこ吹く風のユメ。
【懸念するのはバトルを通じてユメと宵の間に通じ合うものが生まれる可能性であるけれど】
「それについては否定を保留させてもらいたい、父さん」
【なぜ?】
「…………」
「出逢い方がまずかったな」
黙り込んだユメに声をかけるは幽化さま。
「一個の人間として接触した事で情ができた。宵にも、ユメにも。
そうだろう?」
幽化さまの言葉にユメは苦笑する。
「う~ん、感情に振り回されるのは苦手なんだけど」
「なら仮想災厄としてぶつかるのだな。できるなら」
「一言多いな」
「それで、私はどうすれば?」
【ピュア、貴女には一人さらってほしいものがおるよな】
「さらう?」
【高良 涙月。宵の恋人】
「――!」
【宵を弱体化させる】
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