第182話「女の一位はピュアだし、男の一位は宵だし」
おいでませ。
☆――☆
歌が聴こえる。子供を寝かしつける子守歌に似た優しい歌。
毒気を抜かれた人類無法プログラム ウルトレス・スケロルムは頭を搔きむしる。伸びをする。掌を広げて『種』を数個作り出した。色は爽やかな水色で本来の赤紫には程遠い。それはつまるところ種の生成に失敗していると言う証でもあった。
「……ちっちっちっ……憎い神巫、やり切れねぇ、やり切れねぇ」
「『禍玉よ消えよ』」
水色の種が霧散し空気に溶けて消える。
「仕方ねぇなぁ! 『星環』!」
ウルトレスのパペット、彼を中心に回る十二の円環。それぞれ一つずつ球体を持っているが?
「貫け!」
十二の球体が伸びた。それぞれが複雑な軌道を描く針となって神巫――わたしに迫る。しかしわたしの前にシスターたちが立ち塞がって各々の武器、パペットで針を攻撃する。だが針はそれを避けて避けてわたしだけを狙う。
「『一朶』」
わたしのパペット浮遊マイク――だけではない。総勢六十九の楽器が顕現し、幽霊に似た人型の何かがそれを手に椅子に座す。
わたしの手には白い指揮棒が。
それをリズミカルに振ってオーケストラが曲を奏でる。
即興の曲は一度きり。生涯一度しか奏でられない曲は星環の針を粉へと変えてその本体である球体をも粉と化してしまった。
「おいおいおい……ああ、美しき神巫、お前が恨めしいぜ……。
ウォーリアネーム 『天空に聳える聖なるクロス』」
「「「させるか!」」」
魔法処女会のシスターにしてウォーリアたちがやる気のないウルトレスを殴り、斬り、潰し、揺さぶる。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉」
その攻撃全てをまともに受けてウルトレスは悲鳴を上げた。そのまま倒れこむウルトレス。存在自体を消す攻撃も受けたせいで彼の体にノイズが走り体の輪郭が歪んでいる。
それでもわたしに向かって手を伸ばすが、彼の体の上に巨大な蜂が乗った。
「うぐ!」
蜂に巨大な毒針を刺されて呻く。更に別の蜂が乗ってきてまたもウルトレスを刺す。
「⁉ ⁉ ⁉」
苦痛の色が変わった。胸や首を掻きむしり、皮膚がめくれる。内側に毒が広がりアナフィラキシーショックを引き起こしたのだ。
ウルトレスは苦しみ抜いて、眼を剝き舌を突き出し恐ろしい形相で事切れた。
そんな彼の傍に一人の少女が近寄る。
「ご苦労さま」
少女は、ピュアはウルトレスの胸元に手を置くとそこから核を抜き取って口に含み、飲み込んで。
「ピュア、アポスタタエが負けたよ」
「うん、感じてる。でも大丈夫、他のシスターがこっちまで連れてきてくれるだろうから」
それをわざわざわたしやシスターに聞こえる声量で言う。連絡を入れられれば目論見は瓦解すると言うのに。けれどその心配はなかった。
「ムダだよ神巫、アポスタタエを封じても必ずあの子の思念は空間を超えて憑依する。誰も操られていると気づかずにアポスタタエを僕たちの元まで運んでくれるさ」
「……では、それまでに死んでくれるかしら、ユメ?」
「聖女らしからぬ発言だね」
「あらそう? 自分を抑えるようでは芸能界では生きていけないのよ。わたしこれでもトップシンガーなので」
綺麗にウィンクするわたし。自然で、もはやし慣れているアクションである。
「う~ん、君のファンなら嬉々とするんだろうね。
ああいや勘違いしないで。僕も君の歌は聴いているよ。素敵だとも思っている。けれど君は僕の一番にはなれない。女の一位はピュアだし、男の一位は宵だし。それに二位以下なら捨てても替えが利くからさ」
替えが利く、そこでわたしの目がピクリと動いたが、今は論じる時間はない。論じて自分の考えを押しつけるつもりもないが。
「そ。わたしが嫉妬深かったら意地でも貴方の一位になろうとするところなんでしょうけど、別に良いや。嫌いな人の一位を狙ってとっても虚しいだけだし時間が惜しい。
それにしても貴方は男女を別にして考えるのね?」
「うん?」
「わたしは違うわ。ランクをつけるなとは言わない。どうしたって大切に思う順番はあるものだから。でもわたしは男女ごちゃまぜで考えるの。
わたしの一位は――言わないけど」
ベッとピンク色の舌を出す。
「成程、ごちゃまぜか。それなら一位はピュアで二位が宵かな。
ところで、そろそろアマリリスはこの森を抜けてくれたかな?」
「…………」
「ああ黙らなくて良いよ。君たちがアマリリスを逃がす為の時間稼ぎをしている事くらいわかっているから。
神巫が自ら時間稼ぎに出るとはちょっと予想外だったけど」
バレてるか、心でため息を零すわたし。
「ご不満かしら?」
「いいや、高く評価されてうれしいよ。
ピュア」
ユメの言葉に即座に反応し、ピュアが銃を構える。トリガーを引――
「『撃鉄は砕け』」
「――!」
わたしの一言で銃が暴発した。
「私のアイテム……」
少し落ち込んだご様子、ピュア。
「まあ良いか」
が、すぐに持ち直した。
「大丈夫だピュア。アイテムはパペットとは違って顕現しなおせば元通り」
「知ってるけど」
「あ……そう」
今度はユメが少し落ち込んだ。
その隙を逃すまいと数人のシスターが攻撃を仕掛け――二人のいた位置の地面を抉った。しかしそこに二人の姿はなく。
「こっちだよ」
「「「――⁉」」」
声は全く別のところから。シスターたちの上からだ。
「きゃっ!」
「だっ」
「あ!」
三人は首を蹴られ、殴られ、突かれて転がった。三人の体が痙攣している。生きてはいるが神経を麻痺させられたのだろう。わたしは駆け寄りたい衝動にかられたがグッと手に力を込めてこらえた。
「一気に行こうか。――『天つ空』」
ユメのパペット、天空神アトラス顕現。
「こっちも行くわ! 皆!」
「「「はい!」」」
「『ウォーリアネーム! 【フルリ人の行列言神曲】!』」
「――世界誕生の火――」
天つ空の肩に担がれている天球にヒビが入った。そこから虹色の粉を含んだ白い光が溢れ出、人型のAIロボットが次から次へと生まれ出てくる。
「パペット――『|女王陛下の軍《アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウン》』」
「――!」
ピュアのパペット『|女王陛下の軍《アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウン》』――実在するイギリス軍の完全コピー。つまり。
「なんて……数!」
シスターの一人が一歩後ずさる。
AIロボットと合わせて数万数百万数千万の兵と近代兵器の群れ。ただし|女王陛下の軍《アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウン》の兵は――銀河色の炎に包まれた骸骨の兵――死霊兵であった。
「二人揃って非常識なんだから」
だが、わたしの表情には驚愕も恐れもなく。
「――軍神の聖譚曲――」
わたしを中心として見た事のない立体の楽譜が広がる。そこからまず、腕が出てきた。次いで肩、頭、胴体、脚。巨大な一人の軍神の召喚。わたしのパペット一朶のジョーカー、現実物質の楽譜化、及び楽譜の現実化。
ゴ――――――――――――――――――――――――――――――――――――!
軍神の軍刀が体に似合わぬ神速で振られAIロボットと兵士を吹き飛ばす。
「へぇ」
ニッとユメの唇が楽しげに歪む。
「それならこれは?
――世界消滅の火――」
天球に二度目のヒビが入った。
光が洪水となって溢れて――
「――世界牢固の奏鳴曲――」
わたしから立体の楽譜が広がった。
ユメの光とわたしの力がぶつかり合い、均衡し、打ち消しあう。
「打ち消しあった?」
眉を顰める――ユメ。
「いいや、これは君の勝ちだ神巫。僕のは滅ぼす火、君のは安定の詩。世界は安定を保たれている。これが君の勝利でなくなんだと言うのだろう」
負けたと言うのに口調はどこか楽しそうで。
「褒めてあげたいところだけれど頭を撫でられるのは嫌いかな?」
「敵にされるのはね。なんかバカにされている感じがするし」
「とんでもない。寧ろ……」
天を仰ぐユメ。そこには真っ青な天井が広がっている。下にある地上では今日も喧騒が続いていると言うのにその様子を全く映していない純真無垢の空の色。
「寧ろ……(僕らの力が拒絶されたようだ)」
「それでも世界は巡り回る」
「ん?」
ピュアの呟きにユメは顔を向けた。
「いま拒絶されてもそうでない時は必ず来る。私たちはその日の為に生きていれば良い」
「……そうだね。では」
天つ空に眼を向ける。アトラス――天つ空は頷きを返して天球を肩から降ろし両の掌で胸の前に固定する。
「これはどうかな?」
天球が回転する。ゆっくり始まり、徐々に速度が増して天球に描かれていた星の姿が見えなくなった。
「――世界消滅の火・夜――」
「――! 皆避けて!」
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