第180話「殺される覚悟じゃなくて、生き残る覚悟をしてください」
おいでませ。
「……で」
二人の姿が見えなくなったのを認めた後、オレはユメたちに向き直る。
「ユメまでこっちに来て、そんなに【COSMOS】が欲しいの?」
「あ~、今は良いよ」
「え? 良いの? ん? 今は?」
「僕らがアマリリスの【魂―むすび―】を手に入れるまでしっかり持っていてくれれば」
それはまた聞き逃せないですね。
「アマリリスのところに行くと言うなら、止めるよ。何をしても」
「僕を殺しても?」
「……しても」
一瞬カーマインが頭をよぎった。仮想災厄ではない人間だった彼。
彼を殺したオレ。
ユメは仮想災厄だけれど、仮想災厄は倒してきたけれど、これまでとはどこか違う――覚悟。
「そうか、それならこの場はこれで決めないかい?」
ユメはピュアの腰に手を伸ばすと、そこにあったホルスターから彼女の銃を取り出した。
「ピュア、一発分だけの士気を残して他消してくれるかい?」
「ん」
それって――
「ロシアンルーレットだ」
一発だけ残された銃弾と銃を用いて自分のこめかみを撃ちあいどちらかが死ぬまで続けるゲームである。
ただ問題が。ピュアの銃弾は着弾時細い十字架となるエネルギー銃でありシリンダーを持つリボルバーではない。それでロシアンルーレットが成立するのだろうか?
「ピュアのこの銃はね、士気の続く限り銃弾を装填できる無限弾倉式。だけどその銃のタイプはピュアの意志である程度どうにかできるんだよ」
ピュアは銃に手を添える。ぼんやりと銃に光が灯って、手を除けた時にはリボルバーになっていた。
「さて、返事は?」
オレは生唾を飲み込む。
過去を振り返ってみる。中学入学したての頃席を決めるくじ引きで先生の真ん前になった。小学高学年の頃クリスマス会でプレゼント交換券の隠された場所を最後まで探し出せなかった。
……うん、運良くない。
「やめとくかい?」
「やめたらどうなるの?」
「他に僕らを帰す理由が必要になるね」
他……に案は……ないな。
加えて、殺す覚悟があるのに殺される覚悟はないのか。
「……やるよ」
「OK」
そう言って、にっこり笑う。悪意のない笑顔に少し敵意が揺らいでしまう。
いけないいけない、これは命を懸けた真剣勝負だ。
「どっちからやるの?」
「言い出しっぺのこっちからだね」
銃をこちらに放ってくる。銃に不正がないか確かめシリンダーを回せ、と。オレはそれを受け取って銃をすみずみまで改め、シリンダーを回し、ユメに向かって投げ返す。
「それじゃ」
ユメは自分のこめかみに銃口を当てて、トリガーを躊躇いなく引いた。
カチン
軽く小さな音が鳴った。銃弾は出ない。
「次は君だ」
銃が投げて寄越される。
オレは受け取って、こめかみに当てる。息を呑んで止めて、目を閉じる。トリガーを、引く。
カチン
銃弾は――出ない。
ふぅ……。思わず息を吐いた。
予想以上の緊張と恐怖。体が震えださないのが奇跡と言って良い。
銃を投げ返し、ユメはすぐにトリガーを引いた。
カチン
残り三発。
カチン
二発。
「後がなくなってきたね」
「うん」
不思議と恐怖は薄らいでいた。ユメが当たらなければいよいよ……。
ユメは銃をこめかみに当て――トリガーを、引いた。
カチン
うん、世の中って無情だね。
ユメは無言で笑顔も消して銃を放ってくる。オレはそれを受け取って、一度銃をじっくり見た。白く重く、金で装飾された銃。幽化さんの黒い銃剣にどことなく似ている。
オレは銃口をこめかみに当てる。
走馬燈は流れなかった。ただ「ごめん」とだけ言いたかった。
目を瞑って、できる限り空気を吸い込んで、吐いて。止めて。
――引けない。トリガーを……引けない。
当たり前だ。こんな簡単に死ぬなんて――
「――⁉」
トリガーがゆっくりと動き出した。オレが指で引いているのではない、勝手にだ。
ピュアの銃だからか? 一度受けた勝負だからか?
銃口はピタリと皮膚に当たったまま。
逃げる事は――できない。
待て待て待て!
トリガーが、引かれた。
☆――☆
赤い、赤い血が横たわる宵の体を染めている。
ユメ――僕は宵の体に近づくと十字架の突き刺さった頭に手を置いた。十字架が抜かれるとそれは散って消えて。
僕は顔をこめかみに近づけると一度だけキスをする。
「行こう」
立ち上がった僕は血の付いた唇を拭く事なくピュアとアポスタタエを連れて去っていった。
☆――☆
「よー君!」
会場の天井部から姿を見せた涙月たちがオレを見つけて飛びついてきた。オレの方はと言うと目が覚めたばかりで状況が掴めず血だまりに横たわったままぼ~としている最中で。
「よー君! 大丈夫⁉」
「……え……と」
何があったっけ?
涙月とララに頭を抱えられ上体を起こされる。
血はまだまだ乾いていなくて朦朧とする頭に手をやるとべっとりとついた。
オレの血……そうだ、最後のトリガーが引かれて、オレは痛覚の麻痺した頭でユメたちを数秒間見つめていて意識を失ったのだ。
つまり、死んだのだ。
生き返った? アポスタタエの蘇生? それともユメの【魂―むすび―】?
「宵、お~い、大丈夫?」
顔の前で手を振るララ。
「ワタシが誰かわかる?」
「……レースの神さま」
ごつん
オレの上体を支えていた力の半分――ララの腕――が外されてオレは後頭部をアスファルトの地面に打ち付けた。
「痛いな!」
「良い加減忘れなさいよセクハラで国際問題にするわよ!」
「ぬ」
それは困る。仕方がないので矛を収めよう。
「で、よー君、何があったの?」
「えっと――」
事の顛末を話してみると、全員に一回ずつ頭を小突かれた。ひどいな、こっちさっきまで死人だったと言うのに。
「殺される覚悟じゃなくて、生き残る覚悟をしてください」
ごつっとオレの額に自分の額を当てて、涙月。
生き残る――覚悟。
退いても良い、いっそ逃げても良い。とにかく生き残れと言われている。
「……ん、了解」
返事をしたのに涙月は額を離さず、オレの目を見つめ続けて一分後、ようやっと離れた。
「ユメは……そうだ、ユメを追いかけなきゃ。多分アマリリスのところに――って待って。涙月、皆、ウルトレス・スケロルムと化け物たちは?」
「え? あ~」
誰も彼もが目をそらす。
さては。
「逃げられたね?」
「「「う」」」
「そうみたいだね」
応えたのは涙月たちではなくて、インフィデレス。
「ウルトレスの気配はもう近くにないよ。元ウォーリア現化け物さんは一人一人消えていってたから――殺されたね?」
「……そうなの?」
そう聞くと涙月はバツが悪そうに目を伏せた。
「アンチウィルスプログラムにね……」
「化け物だけじゃないわよ。重軽傷者百十九名、死者は二十一名。会場内はまだ騒ぎの中よ。マスコミは通せんぼされてるけどもう報道はされているわ」
「……そっか」
オレは体に力を籠め立ち上が――眩暈がした。どうやら流れ出た血がまだ補充されていないらしい。
「はぁ……」
「よー君、ちょっと休んでいこう」
「でもアマリリスが――」
「魔法処女会を信じようぜ」
それはオレが行かなくて良い理由にはならない、と思うが反論する体力も欠けていたので浮いていた腰を落とした。
「移動はしよう。遠巻きに見ているマスコミがほらあんなに」
ゾーイの指さす先を見てみれば、三百人近い人間がたむろしてこちらにカメラを向けていた。だけど何かの力に阻まれているようで近づこうとはしない。
「? なんでこっちに来ないの?」
頭に『?』マークを浮かべる臣。
「……戦っている時は巻き添えを恐れて、今は――なんだろ?」
「自分がやってる」
「インフィ」
「来られちゃいやでしょ?」
確かに、今報道魂で足止めされたくない。
「ありがとう……移動しよう」
「おっけ」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




