第179話「諦めて良い理由にはならないはずなんだ」
おいでませ。
「ふざけ……」
「おお? 口が利けるんだ。大したもんだよ、普通発狂して死ぬんだけど」
冗談じゃない。頭が割れそうだ。けどその一方で。
驚愕と脅威と、陶酔を感じていた。
だってそうだろう? 地球の歴史を知れたんだ。そんなの普通はできない。
だから――
「は?」
間の抜けた声をアポスタタエが出した。
「ちょっと……お前……なんで泣いているんだ?」
どうやらオレは涙を流していたらしい。
「あ……ちょっと、感動した……」
「はぁ?」
どうしたものか。二人揃って動きを止めてしまう。
「……お前、ひょっとしてバカなのか?」
「学校の成績は悪くないけど……」
「いやこう言うのって性格の問題じゃないか?」
何か前にも似たような事言われた気が。
「性格がバカだって? それはちょっとむかつく」
「……ふん」
「っつ!」
左頬を一発殴られた。
顔ばかりぼこぼこと……。
「やーめた」
くるりと体を反転させるアポスタタエ。呑気に腕を頭の後ろで組む。同時にオレを縛っていた鎖も消えた。
「お前ここから動くな。そしたら攻撃しないからさ」
「……あいにく会場に仲間が行っているからそうはいかない」
「う・ご・く・な」
火柱が消える。
「あれ見な」
消えたその先に、火雀を肩にとめた臣とゼイルが。
「お前が動いたら二人の心臓を焼く。動かなきゃ何もしない。動く動かないどっちが正しい選択かなんてもうわかるだろ?」
「…………」
動かないのが正しい。けど涙月たちの助っ人にも行きたい。なにせ向こうには【魂―むすび―】を持つユメもいるのだ。オレの【COSMOS】抜きでどうこうできると思えないのは決してオレの誤りではないはずだ。
「アポスタタエ」
「「「――!」」」
静かな、静かな澄んだ声。宝石の散りばめられた黒く美しい長髪を風になびかせるその少女は――
「母さま」
ピュア。
「母さま、なぜここに?」
「ん」
駆け寄るアポスタタエの頭に手を置いて、彼女はオレを見た。
「宵、貴方に聞きたい事があるの」
「オレに?」
仮想災厄のママが、ユメの奥さんが何の用だろう?
「お願いとも言うけれど。
貴方はどうしてAIの統治を嫌がるの?」
臣とゼイルにとまっていた火雀が消えた。こっちの会話にオレを集中させる為だろう。
「どうしてって……それは、人の尊厳を護りたい――」
「私が何に見える?」
話が変わった。それとも聞き続けていれば繋がるのだろうか。
「……少女」
「いいえ。私はAIとしてここにいる」
「今……AIをニンゲンって言った?」
「ええ」
人間は脳や筋肉、神経に内臓を持つ生物で、AIとはそれらの代わりに電子の体を持つプログラムだ。
似ていて違う。だからこそこうして争っているのであり、アマリリスたちと共生を考えて動いているのだ。
人の創造物であるAIをニンゲンと呼ぶのであれば神の創造物である人間は神になってしまう。
「そう、人間はAIと言う生物を創り神になった」
「……だからAIはニンゲンと呼ぶべきだと?」
「私はそう生み出された」
生み出された? 産まれたではなくて?
「? 誰に?」
「私は人間が無意識に発する星章の塊」
「――!」
「私を創るエネルギーを星章と呼んだのはユメが初めてだけど。それまで名はなかった。
私は様々な時代に様々な生命で生まれてきた。
樹木・プランクトン・単細胞・虫・菌・人間・そしてAI。星章の塊である私は生まれる時その断片的な記憶から自分が何として生まれているのかを悟る。
今はAI。AIはニンゲン。
この認識を間違った過去はない」
「……わかった、AIをニンゲンと呼ぶのは自由にすると良いよ。確かに人間は神になったのかも知れない。
それで貴女は人間をどうしたい? どうして仮想災厄側にいる?」
「どうして?」
不思議そうに小首を傾げる。その仕草が普通の少女のものに見えてAIと言う事実を忘れそうになる。
「貴方が言った。AIの尊厳を護る為」
護りたいから戦う。どちらも戦う理由は同じなのにどうして戦わなければならないのだろう? 手を取り合うのはそんなに難しいのだろうか。
「争わない方法はないの?」
「貴方がそう望んでいても人間の全体的な流れは変わらない。戦っているのは貴方たちパペットウォーリアだけじゃない。
世界はもっと残酷。見えないだけで」
目に見えない残酷な部分。そりゃ、そう言うところもあるだろう。
日本は平和だけど世界には毎日殺傷事件が起こっている地域だってあるのだ。
「それを止められれば――」
「子供が大人を説得できると?」
「それは――」
非常に難しいだろう。いや、むしろ可能性0と言った方が正しいかも。
でもだからと言って。
「諦めて良い理由にはならないはずなんだ」
「……貴方は純粋ね」
そう言って彼女は目を瞑った。五・六秒そうして、毅然と目を開ける。
「宵、貴方の【COSMOS】を貰います」
「ちょっと待って、ピュア」
「あ」
その声はオレたちのものではなかった。今の今まで会場に縫い付けられていたはずの人物、仮想災厄『人類誕生プログラム』ユメ・シュテアネ――嘘のように真っ白な髪と赤い骨のタトゥーを持つ少年のものだった。
ちょっと待って――はこっちの台詞だ。涙月たちはどうなった?
「ああ、宵、涙月たちならまだウルトレスと戦っているよ。三人とも無事だから安心すると良い」
「臣! ゼイル! 会場内に行って涙月たちの助っ人を!」
「りょ、了解!」
「ここはどうすんだ⁉」
すぐに走り出そうとする二人。しかしこちらも気になるようで。
「そ――」
「どうすんだ?」
オレより先に目ざとくゼイルの言葉に反応したのは、アポスタタエ。
「どうするも何もお前たち人質にしかなってなかったと思うけど?」
「「む」」
「気にしなくて良い! 行くんだ!」
決してこの三人を相手に楽観視しているわけではないけれど、倒せる相手から確実に倒しておきたい。ウルトレスと化物と化したウォーリアたちの元にはアンチウィルスプログラムもいるから多分・きっと・恐らく優勢に進んでいるはず。なら二人も向かわせて勝利を得る。
「行くね!」
「やられんなよ宵兄さん!」
「「ウォーリアネーム!」」
二人はパペットと同化し、壁を伝って上から会場内へと侵入した。
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