第177話「わたしはお前を舐めてない!」
おいでませ。
「咆哮!」
「ふっ」
「――⁉」
咆哮の炎を避けようともしないアポスタタエ。それどころかにやりと不敵に笑んで。
「あれ?」
炎が逸れた。確かにアポスタタエを狙ったのに左横を行ってしまった。これまで狙いを外すなどなかったから余計にショックだ。
こんな場面で外すとか!
「っ――?」
右腕に走る鈍痛。そんなに痛くはない。精々注射をされた時に感じる痛み程度だ。けど確かにある痛みに目を向けてみると、右肩近くにちょっとした穴が開いていた。
「?」
血がゆっくりと膨らんでちょっとだけ垂れている。
これか、これのせいで咆哮の狙いが甘くなったのか。
しかしこれなんだ? どこかで痛めた? 大きな蚊にでも血を吸われたのだろうか。
「ぬふふふふ」
アポスタタエが口を手で覆ってくぐもった笑い声を出す。どう考えてもわけ知り顔だ。
「知りたい? ん?」
何こいつちょーむかつく。
「……知りたい」
むかつくけれど、それを理由に知るチャンスを逃すのもバカだ。オレは悔しさを顔全体に出しながらそう言った。
「教えません」
「ペイル・ブルー・ドットだよ」
「え?」
予想外のところから飛んでくる答え。
「おま――インフィ! わたしの演出の邪魔するなよ!」
「なんかむかついたので」
ですよね。
「ペイル・ブルー・ドットって、ボイジャー1号が撮った地球の写真?」
「そ。ちっちゃ~く撮れた奴ね。アポスタタエのそれは同化後のギャラクティカキャノンの形。狙いをつけたところに穴を開ける攻撃だよ」
「成程」
「ふふん」
胸を張るアポスタタエ。その気持ちわからないでもない。小さな穴程度かも知れないけれど経過なしに穿てると言うなら強力な攻撃になるから。
オレの頬を一滴の汗が流れた。
「う~ん正しく認識できたみたいだな。そうさ、わたしがお前の胸に狙いをつけたら一発で心臓に穴が開く。そしてケツに狙いをつけたら穴が――」
「言わないでよそれ以上!」
女の子が何言おうとするんだ。
「下品な子ですみません」
「なんでお前が謝るんだインフィ! 大体こう言う女も魅力的だろ!」
自分で言うか。
「ぶ~、卑猥にならない程度のエロなら需要あるかもだけどアポスタタエのはただの下品で~す」
「ぬ⁉ そ、そうなのか宵?」
「そんな心配そうな顔向けられても……」
この子は本当に仮想災厄なのだろうか。
「ふんっ、まあ良いや。こんなわたしを受け入れてくれる男見つければ良いだけさ。
もち! お前らをぶち殺してな!」
急にバトルに戻った!
「いっくよ宵! ペイル・ブルー・ドット!」
その狙いは――どこかわからないから横に跳んだ。
バツン! と言う音と何かが焦げる匂い。見ると小さな青い火がちろちろと浮いていてすぐに消えた。
「そらそら連続で行くよ!」
「この――!」
オレは走り回って狙いをつけられないようにする。木陰に隠れてみたりもするがその時は左手首を撃ち抜かれた。つまり隠れても狙ったところを穿たれると。
それなら――
オレは地面を強く蹴って浮遊にスピードを与えアポスタタエに向かって一直線に迫る。
「わたしが反応できない速度で攻撃すれば良いってんだろ⁉」
それを狙ってみるのも悪くなかったが、通じそうにないからそれはやらない。今やるのはこれだ。
「ペイル・ブルー・ドット!」
青い光が――オレの胸を穿った。
そのショックで動きが止まり、地上へと落下する。落ちた衝撃でオレの体は粉々に砕けた。
『樹王』の時間の複製だ。本体は――
「甘いんだよ!」
「――⁉」
振り返りざまに放たれたアポスタタエの肘鉄がオレのみぞおちを打つ。
「ぐっ!」
これは効いた。
「わたしはお前を舐めてない! あんなあっさりやれるとは思ってないよ!」
オレはみぞおちを抑えて距離をとる。
くそ……口調と態度が難ありだから絶対油断してくれていると思ったけれどなかなかどうして。
「斬波で来なよ宵。そいつが当たるのとわたしのペイル・ブルー・ドットが当たるのどっちが強いか競おうじゃん」
「…………」
オレの心臓に向けて指鉄砲を向ける。
競う? 剣を振る動作がいる斬波と予備動作一切なしのペイル・ブルー・ドットで? そんな勝負に乗ってしまったら間違いなく敗けてしまう。
なら他の手は?
「動くなガキ共!」
アポスタタエの怒声にびくりと躰を揺らす臣とゼイル。先程から援護を考えていたのだろうけれど封じられてしまった形だ。
「剣を握る気はなさそうだ、宵。
じゃあそのままいなよ」
「…………」
「ペイル・ブルー・ドット――ガトリング」
「なっ」
いやな想像。オレは攻撃を断念して退避に専念した。しかし。
「――ぁ!」
無数の小さな光が左腕を穿って粉微塵に砕け散る。
「ぐ――ぅ!」
流れ出る血。大量の血の流出に体がぐらつき意識が持っていかれそうになる。だが痛みで意識は覚醒し、激痛から逃れられない。
「『闇王』!」
数秒の時間の簒奪。腕を吹き飛ばされた時間を奪い再生する。
「なーら、もっかい行くぞ。ペイル・ブルー・ドット・ガトリン――⁉」
余裕を見せて笑うアポスタタエの頭上から、蛇が襲った。
桜蛇。咆哮八叫の更に上。先にアポスタタエに撃った咆哮を空高い位置で維持しそれを桜蛇にまで昇らせたのだ。
「――ぁぐ!」
桜蛇に喰われ、全身を焼かれるアポスタタエ。ふらりと体を揺らし真っ逆さまに落ちていく。
「……くっそ……来い!」
「え⁉」
アポスタタエの背に――同化のそれとは違う炎の翼が生えた。
ユーザーアイテム!
焼け焦げたアポスタタエ、その全身に光のひびが入って、高く軽い音と共に焦げた体が弾けた。
中から現れたものは人型をした真っ赤な光と炎。
「あ~あ」
そいつは――アポスタタエは自分の体を手でペタペタと触るとため息を一つ吐く。
「こうなると思ったんだ。だから今まで使わなかったんだけどな」
死と、炎による再生。不死鳥の現象だ。
「ま、なっちゃったもんはしようがないか。戻る方法探しは後だ。んじゃまず【COSMOS】を貰おうかな」
唖然としていた。だから反応に遅れたのかと言われるとそれは言いわけになってしまうだろう。そう思える程にアポスタタエの動きは速かった。なぜなら気づいた時には正面にいてオレの右腕を折っていたからだ。
「――!」
「【COSMOS】いただき」
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