第175話『――こ、これは⁉ バトル中止! 中止です!』
おいでませ。
「やれやれ」
ユメは涼しい表情で佇んで、パンツのポケットに手を突っ込んだ。両手なしで戦うつもりか。
六人は一斉にユメに飛びかかる。
卑怯ではない。はずだ。ユメは危険な人物として認識されているのだから。なのになぜだろう……こんな形でユメに負けて欲しくないと思っているのは。
「悪く――」
「思うな!」
一人が超大剣を振り、一人が魔力刀を振り、一人がウィップを振り、一人がメイスを振り、一人がウォーハンマーを振り、一人が、星を生んだ。
「「「――⁉」」」
予想外からの攻撃を受けて五人が弾き飛ばされる。
「――な」
「くっ!」
それでも間一髪で皆が直撃を避け姿勢を整える。ブラックホールの重力に引かれないように注意を払いつつだ。流石にここまで勝ち残っているウォーリア。しかしそんな彼らを欺いた男が一人いる。今不意の一撃を叩き込んだ男だ。
「やぁやぁやぁ麗しの父君。今日もスカしてるねぇ」
オールバックに整えた髪をハットに隠しながら男はユメに恭しく礼をした。
父君――だって⁉
その男――ヒリムレイムはユメの額にキスするとオレたちの方に向き直る。
「よぉよぉよぉ卑しき兄弟。裏切りの日々は楽しいかい?」
「そこそこ」
ヒリムレイムの言葉に応えたのは、オレの後ろに座っている男の子――インフィデレス。
「……インフィ、彼は――」
「うん。ウルトレス・スケロルム――人類無法プログラム、仮想災厄の一人だよ」
「「「――!」」」
カーマインに、多くの人に植えられた種を蒔いた人類無法プログラム。
彼が、そうか。
「二対五かぁ」
涙月は前の席の背もたれに手を置いて少しでもと顔をフィールドに近づける。前に座っている男性の頭頂部に息が掛かっているのか男性は少し照れた顔をしていて隣に座っている彼女さんに睨まれている。ごめんなさい。
「へいへいへい弱き豚共。一対六なんて卑怯してんじゃないぜ」
「……っち」
「おぅおぅおぅ腐った犬っころ。舌打ちなんて下品だぜ」
イヤらしく口角を上げる。
「人殺しの仲間に品を語られたくないな」
「やいやいやい小心者共。殺しにも美はあるけどねぇ。ああ、俺も殺してるがねぇ。百人はいったかな?」
騒めくウォーリア、小さな悲鳴が上がる客席。
「ちっちっちっ小さき凡兵共。百人殺せば英雄だろう」
「「「ウォーリアネーム!」」」
五人はタイミングを計ったかのように同時に同化現象を引き起こす。
「はぁはぁはぁ不遜な父君。あいつら俺がやっても?」
「良いよ」
「あはははは大いなる父君! ありがたい! と言いたいが実はもうヤってたりしてな!」
「「「――⁉」」」
五人の筋肉が脈動した。びき……びき……、と何かが軋む音。
「まさか」
五人の一人、元【紬―つむぎ―】所有者ペマが電衣を解いて腹を見た。そこには何らかの打撃を受けたのか痣が一つ。
あれは。
「種……」
オレは観念した風に呟いて、五人と同化しているパペットが暴走した。
『――こ、これは⁉ バトル中止! 中止です!』
人の体とパペット双方がうねり、融解し、硬質化し、化物となって。
「「「がああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」
エナジーシールドが揺れる。化物の体当たりで。強力な爆発にも耐えられるシールドだ。それも二重。そうそう簡単には破られない、そう思われたからこそ。
「皆さま非常口は十あります。分散して入ってください。決して一つに殺到してはいけません」
避難誘導する係り員は勿論観客も落ち着いていた。中には笑っている男女すらいる程に。
それが悲鳴に変わるのにはそう時間はいらなかった。
「なぁなぁなぁゆとりあるお客人。俺が人以外に種を植えつけられないとなぜ思う?」
ウルトレスがシールドに手を触れる。するとシールドを作っていたエネルギーが波打ってその手に集まっていくではないか。
ここに来てゆっくりと動いていた観客の動きが止まる。逃げなければいけない場面で止まってしまう。
「そうそうそう見てろよ愚鈍なギャラリー。そのバカさが喰いちぎられる元凶だってのに」
集まったエネルギーが膨張し、結晶化。固まったエネルギーの化物となって、
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
吠えた。
観客に動揺が広がり我先にと非常口へ殺到する。一人が倒れ、それに一人が押されて倒れこみ、また一人。それが繰り返されて圧迫された人たちが意識を失っていく。
そこに。
「がああああああああ!」
化物の口から放たれた硬い銃弾が残り一枚のシールドを破って降り注いだ。
悲鳴、叫喚、号泣。誰かの声は誰かに届くのに誰も助けてくれない。
「くそ!」
オレたちは既に同化していてアトミックがエナジーシールドに攻撃するも破れない。同じくオレの青銅の剣でも破れなかった。
そもそも迷ってもいた。このシールドを破って化物と戦うべきか、それともシールドを維持するのが有効か。
迷いは剣を鈍らせ恐らく全力を出せてはいなかったのだと思う。
そんな中オレたちの迷いを断ち切る銃声が轟いた。
アンチウィルスプログラムだ。
彼らは一様に見た事のない銃器を携えてシールドに向けて乱射していた。銃で割れるわけがない。そう思っていたのにエネルギーが歪み、穴が空き、アンチウィルスプログラムはフィールドへと進入する。
「オレたちも!」
オレたちだけではない。会場にいた他のウォーリアも開いた穴に向かって集まってくる。だけど。
「貴方ガタは会場の外へ」
アンチウィルスプログラムの一人が穴を塞ぐ形で立っていた。
「民間人の介入は最後の手段です」
「だけどよ!」
「妨害行為には発砲の許可が出ています。避難を」
少々乱暴なやり方だがオレたちが入って彼らの行動にセーブをかけてしまうのなら入らない方が良いのだろう。誰もが苦虫を噛んだ表情になるが穴に押し入ろうとする人はいなかった。素直に外に向かう人もいなかったが。
「避難を」
再三に渡るアンチウィルスプログラムの要求。
オレはフィールド内を見やる。するとユメと目があった。彼は微笑んでいて――そう、場にそぐわぬ微笑みだった。そのまま右手を頭まで持っていくと手でピストルの形を作って、自らの頭をBANGと打ち抜くジェスチャー。
オレはここで死ぬと言いたいのだろうか? それともここから地獄だよと言いたいのだろうか? 或いは自分が死ぬと言いたいのだろうか?
「……皆、行こう」
オレはアンチウィルスプログラムに背を向けて非常口へと歩を進める。
「宵、良いの?」
「ここで押し問答しても意味ないしそれに――」
ララの問いに応えながら声を潜める。オレの声が小さくなるのに合わせて皆は耳を寄せてくる。
「今会場の天井は開けられているから上から様子を見よう」
「あー、なるへそ」
「それ古いよ涙月」
「ええ?」
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