第170話「敵意はなくとも攻撃はできますよ」
おいでませ。
「くすん……穢されちゃった……」
「着崩れた服をそのままに妙な事を口走らないでくれる?」
周りにいた事情を知らない人たちに一斉に飛びかかられてインフィデレスはすっかり涙目になっていた。
因みに未だ戦闘モードは解かれていない。
「なぁに今の騒動は?」
遅れてやってきた神巫が人溜まりの中央にいるインフィデレスを見て目を丸くして。
「え? なに? 集団逆レイプ?」
「「「違います」」」
確かに連想はできるけど。
「神巫、この子仮想災厄人類銀貨プログラム・インフィデレスですって」
「あ、うん気づいてるけど」
「「「…………」」」
あっけらかんとした神巫に言葉を失う一同。その中でただ一人すばやく正気を取り戻したのは。
「じゃあ何くつろいでるんですか敵でしょう貴女魔法処女会のトップでしょう一番に削除に動かなくてどうしますか⁉」
「おおおおおおおおお?」
詰め寄る卵姫さんの勢いに後ずさりする神巫。壁まで追い詰められて苦笑い。
「まぁまぁ。この子から敵意は感じないでしょう?」
「敵意はなくとも攻撃はできますよ」
……そう言えばアンチウィルスプログラムは殺意どころか敵意すら感じさせる前に攻撃してきてたっけ。あれ? 彼ら結局どうなった?
現場に戻るは危険だと皆の意見が一致したから戻らなかったのだが、追ってこないと言う事はコピーが何とかしたのだろうか?
「そうそう自分アマリリスに話があるんだよね」
おいでおいでとアマリリスを手招きするインフィデレス。だが、アマリリスの体をがっちり手で押さえる魔法処女会のシスター数人。
「も~自分むくれちゃうぞ」
頬を膨らませるインフィデレス。どっちが子供なんだか。あ、仮想災厄も生まれて間もないのか。
「宵、なんとかして」
「え、ここでオレ?」
できれば自分で何とかしてください。
「皆~」
「え? わぁ!」
アマリリスが呼びかけたかと思ったら彼女を抑えていた数人の体が浮かんだ。アマリリスがやったのだ。
「ちょっちょっちょっ、アマリリスさま!」
「インフィは大丈夫だからね」
アマリリス――かつて幽化さんは彼女をこう言った。情報の究極。
「りょ、了解しました降ろして」
「うん」
ゆっくりとシスターたちを降ろす。
「今どうやったの?」
「えっと、皆の周りの重力を操っただけ」
神巫にサラっと応える。
「……未知のプログラムを組める情報の究極」
「え?」
「それがアマリリスよ。所謂『未来の技術』と言われるものもね。だからこそその力を欲しがる人、消したい人がいるわけ」
怖い、が使いたい。使いたいが、怖い。そんな情報の究極がどうして人の形で生まれてきてしまったのだろう。
護りたい気持ちが強くなるじゃないか。
「んでもさぁ」
軽く手を挙げて発言するはアトミック。
「綺羅星とエレクトロンって永久機関まで作ってるんだよな? えと――なんだっけ?」
『星粒子』発生永久機関“天球炉”
光合成エネルギー『タキオン』発生永久装置“チャーム”
「そうそうその二つ。その方が奪いがい――もとい手に入れたい代物なんじゃないの?」
「それをアマリリスが複製できるとしたら?」
と、オレは答えとなる問いを投げ返してみた。
アトミックは「ああそうか」と天井を見ながら言って、その視線をオレへと向けた。正確に言うならばオレの右手に。
「んじゃ【COSMOS】は?」
「天球炉とチャームの設計図があれば複製でき――」
「ううん」
「うん?」
言葉途中にアマリリスが頭を振る。
「完成品の画像があれば取り出せるよ」
「…………」
マジか。それは怖い。
「宵の持つそれはママから切り離した【魂―むすび―】だよね?」
「そう言ってたよ」
幽化さんが。
「私と同じだから、できるよ」
アマリリスが先か、パランが先か。卵が先か、鶏が先か。
親指をおったてて「グッ」と意思表示するアマリリスが可愛くてちょっと吹き出した。
「なるへそ。つまりアマリリスよりよー君の方が奪いやすそうだったからアンチウィルスプログラムはよー君を襲ってきたと」
「あ」
そうかそうか。舐められた上にはた迷惑なものである。コピーとのバトルがどうなったかわからないが病院送りぐらいはしておいてくれると溜飲が下がる。
「あの~」
申しわけなさそうに手を挙げるはインフィデレス。
「お返ししまーす」
言いながら体から【紬―つむぎ―】を分離させて差し出す。
「ていっ」
「痛い!」
アマリリスがそれを受け取ったかと思ったらインフィデレスに向かって投げつけた。額に当たったのが平面だったから良かったけど刺さったらどうするつもりだったのだろう。
「めっ! それはインフィの!」
「でも~」
「めっ!」
「……はい。んでは当初の目的通り標識を外しちゃうよ」
「「「待て待て待て待て」」」
その場にいる全員に制されインフィデレスは頬を膨らませた。
「まずアマリリスに聞きなさい」
膨らんだ頬を摘んで凹ませながらオレは言う。
「ん~、アマリリス、標識まだいる?」
「ん~、ん~、ん~、いきなり独り立ちしろと言われても」
そりゃ困る。オレだって「お前明日から一人暮らしな」って親に言われて放り出されたら途方に暮れる。
「アマリリス、おこちゃま」
「ちっ違うもん!」
「んじゃ標識」
「取るもん!」
こらこら。勢いで言っちゃいけません。
「れーせーに考えましょうね」
神巫に頭を撫でられるアマリリス。気持ち良さそうに目を細めて。
「アマリリス、標識がなくなればわたしたちは貴女に情報を送れないだけじゃない。貴女の温度も感じられなくなるし危険も察知できない。同時に貴女もわたしたちを察知できない。
怖くない?」
「ん~……」
人の間でも家族や恋人の心拍を測り続けるシステムがある。GPSだってそうだ。それを取り払おうとしたら別の安全管理案を考えなければならないだろう。
「頑張る!」
両手をグゥにしてふんすと鼻息を出すアマリリス。可愛い。
「頑張る!」
二度言った。大切だから。
「ん、それじゃ、一般的な子供に持たすものを持たせて、標識取りましょうか」
「――――――――――――――どうやって?」
「「「…………」」」
久しぶりに口を開いたゾーイの疑問に応えられるものはいなかった。
『私がやりましょう』
「ん?」
突然の女性の声。数秒遅れてパランが顕現した。
以前見た時よりも賢そうな赤ん坊になっていた。
「できるの? パラン」
『可能です。まず【紬―つむぎ―】を揃えます』
オレの問いに小さな両手を合わせて、ゆっくりと開く。するとそこには十三の【紬―つむぎ―】が。手品みたい。
『それでは――』
口を大きく開けて――食べた。ピュアか。
『げっぷ。私とアマリリスは元々繋がっていますから、【紬―つむぎ―】はアマリリスと融合させました。これで標識は取り除かれました』
……異変は、あった。なんとなく感じていた温もりが胸から消えた。言いようのない不安がある。これは……どこかで感じた気が……?
『家族や友を想う気持ちと一緒ですよ』
心を読まれたみたいなタイミングと言葉。
『それが一つ増えたのです』
そうか。確かに同じだ。
『アマリリス』
「なぁに?」
『がんば』
「おー」
……軽いなぁ。
ピ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!
「うわぁ⁉」
甲高い音が突然鳴り響いた。地震や竜巻が発生した時に鳴る緊急連絡音だ。それが鳴ったのはオレと、ララと、ゼイルの三人。つまりパペットウォーリアを勝ち残っている三人だ。
「な、なんだなんだ?」
急いで【覇―はたがしら―】をスリープモードから起動させて緊急連絡を確認する。
「「「――!」」」
そのメールに書かれていたのは――
【大会運営委員カーマインがパペットを捕食し逃走中。避難又は拿捕に協力されたし。
賞金は――】
お読みいただきありがとうございます。
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