第169話「元気に卵産んでるかい?」
おいでませ。
「――……!」
暫く走り続け、オレたちはそれを目の当たりにした。
白 ―― 一面の白。
家もビルもマンションもなく、道すら存在しない。では草は? 土は? それもない。ただ真白なサークルが広がっていた。
倒れる人たちもここで途切れていて、サークルの淵には……体を半ば失った人がいた。奇妙だが血が流れた形跡はない。体の断面を見る勇気はなかった。
「……ここ、歩いても大丈夫かな?」
足の先で白い大地をつつく涙月。足跡が付く様子はない。材質はプラスチックに近いらしく適度に固く、適度に弾力がある。
『ここでお注射~』
「え? あ、ああ、うん」
震える歌詠鳥が足にしがみついてそう言った。確かに、ここから先に人がいるとは思えない。街から人が集まったとすればここが風上だ。
「えっと、どうすれば良いのかな?」
『ブスッといっちゃって~』
針結構大きいんですが……。
『冗談です~。お口に入れて~』
「冗談かい……」
どうやら震えはもう止まったらしくいつもの調子を取り戻していた。
オレはアトミックに手伝ってもらい近くの人の口を開けてそこに針から液体を注ぎ込んだ。
『これで体の中で血液と混ざり合ってお薬になるの~。で、汗かく穴から外に出て空気感染するの~』
「成程」
「じゃ、一先ずこれでOKだね。
……行く?」
サークルの先を指さす涙月。この先にはユメがいる。行くべきか、行かざるべきか。
『今は~やめとこ~』
「え?」
『皆のパペットが出てきてないの気づいてる~?』
気づいているとも。パペットが自主的に出てこないのは今自分は必要ないと思っているからだ。この状況に照らし合わせるとオレたちを戦える状況にしない為、と言ったところだろう。
『皆まず~ママに逢って~。そこでこれからを話そ~』
「……OK」
「いらっしゃい」
そう言いながら神巫はスカートを両手で摘んで軽く会釈する。
現在アマリリスは魔法処女会によって護られている。正確に言うならここ魔法処女会米国支部に。
「事情は大方把握しているわ」
「……ひょっとして今回の騒ぎの中に」
オレの問い掛けに神巫は渋面を作って首から上を一つ上下させた。魔法処女会のメンバーが此度の犠牲者の中にいたのだ。仲間を失った神巫の心労は今のオレたちとは比べ物にならないだろう。
オレは玄関口で後方に振り返る。ユメが起こしたのであろう真白いサークルのある方角。そこはすぐに封鎖され今はもう見るのも叶わない。
……太陽が高い。まだまだ日中で、少し離れた場所にある大会会場では今回の『謎の白砂漠化』による動揺と混乱と不安を振り払う為にパペットウォーリアが続けられている。だが、ユメとのバトルを嫌った数人が辞退したと聞く。
オレたちは神巫に案内されて施設内を歩いていた。魔法処女会の正式メンバーは女性だけのはずだが予想よりも多くの男性がいた。
「彼らは統一政府の軍属よ。アマリリスをわたしたちが渡さないから『共同保護』にしないかって言われてね、しかたないからOKしたらこうなったの」
両手を肩まで上げてやれやれと首を振る。
「ま、建前上共同保護でも事実上こちらにいるのだから良いんだけどね」
「アマリリスは今何してるの?」
「歌ってる」
「歌?」
たずねた涙月がマイクを握るポーズ。
「そ。わたしの真似だって。わたしが歌で傷を治したり精神不安を正常に戻したりしてたから」
「良い子だね」
「ええ」
「歌ってこれ?」
耳に届いてきた微かな声に目を彷徨わせるオレ。その歌声は何と言うか……異常に上手い。と言うかプロ並みだ。素人の耳でもわかる程に。
「そう。わたしから【紬―つむぎ―】を通してダウンロードしたみたい」
そうか。こう言う情報もアマリリスに流れていくのか。
「ただね、わたしのコピーじゃなくてアマリリスには一から学んで欲しいのよねぇ。最もそこまで歌に本気になってくれたらの話だけど」
と、話しながら笑う神巫。いやこの瞬間では巫と言うべきか。
「あ、ここよ」
そうこうしている内に目的の部屋まで来たようで、神巫はドアの横についているスキャナに目を映す。点っていた赤色のランプが緑に変わり、空気が抜ける音と一緒にドアがスライドする。
「うっぷ」
ドアの開放と共に小さな何かが神巫の顔にダイブして。
「お帰り姉さま」
「ただいまアマリリス。五分くらいしか経ってないけど」
神巫の顔にしがみつくアマリリス。そのまま顔を回って肩車にチェンジ。オレたちの姿を見つけて彼女はニパッと笑った。
「えっと、こんにちは皆」
「こんにちは。元気そうで何より。飴食べる?」
「よー君、電車に乗り合わせたおばあちゃんみたいだぜ」
え? 軽くショック。いやおばあちゃんが悪いわけじゃないが。
『ママ~』
「お帰り歌詠鳥」
『頑張った~』
「良い子良い子」
神巫の腕をよじ登る歌詠鳥の頭を撫でるアマリリス。すると歌詠鳥が粒子状に変化してアマリリスの頭についている花の花びら一つになった。正体これだったのか……。
「アマリリスさーん」
「たぁ!」
「痛い!」
アマリリスに顔面キックされて一人の女性が倒れ込んだ。その上に跨ってけたけたと笑うアマリリス。
倒れている人、確かアマリリスのお友達の――って、そう言えば翼が生えているんですけど? パペット――か?
「パペットではありませんよ、宵さん」
彼女はアマリリスを抱っこしながら起き上がる。
「わたくしはエルエル。アマリリスさんと同じくAIです」
AIエルエル――虹色に輝く翼を背に持つ女性。
「アマリリスと同じ能力があったりは――」
「しませんねぇ。わたくしたちはアマリリスさんの能力で生まれ変わったAI。その能力は現実と仮想双方に存在できる事と紐付けした人間から感情プログラムを学べる事、まそんなところです。そんなわけで――」
ちょん、とオレの胸をつつく。
「紐づけ完了、と」
ちょきん、と横から湧いて出た女性がオレの胸の前で指ハサミを開閉する。
「ダメダメ。幽化に言われたでしょ。この子にばかり背負わせたらダメだって」
「あら、そうでした」
幽化さんを知っているのか。っと言うかその嫌そうな表情は何なんだろう? 幽化さん、一体この二人に何をした。
「あ、アタシは火球ね。覚えてる?」
「はい。どうも。……貴女も?」
「そうAI」
AI――彼女らを除いてAIと言えば形を持たないプログラムか精密に作られたボディを持つお助けロボかパペットかのどれかだが、それらはひと目で見てAIとわかる。特にロボの方はそれほどまでに未だ『不自然』な動きをする。しかしここにいるアマリリス・エルエル・火球は極めて自然な人間のそれで。
成程、人の次がAIであると言われれば納得せざるを得ないものがある。ただ、だから人は滅びろと言われても納得できないが。
「むずかしい顔~」
ツンと指でオレの眉間をつくアマリリス。
「むずかしい顔とんでけ~」
それを言うなら痛いの痛いのとんでけ~、ね。
けらけらと笑うアマリリスにちょっとばかり癒される。
この笑顔を曇らせてはなるまいとアマリリスのお遊びに暫く付き合っていたのだが、ふと気づくと歌声が聴こえてきた。アマリリスではない。これは――巫。
「施設の対仮想災厄用シールドを張り直しているのですよ」
「あ、卵姫さん」
お久しぶりです。
「元気に卵産んでるかい?」
「産めませんから!」
涙月のボケに顔を朱くして反論する。
まあ卵は産めないとして、子供は産めますよね。
「あの~」
「なにインフィデレス?」
「自分仮想災厄なんだけど?」
「「「…………」」」
なぜ、ここで言った。
「「「削除――――――――――!」」」
「えええええええええ?」
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