第168話「統一政府のアンチウィルスプログラムだわ」
おいでませ。
オレたちは急いで部屋を出て、ホテルの外へと向かった。カプセルタクシーは普通に運行されているが利用者が少ないらしく車道にいる数はまばらだった。運良く雪から逃れた人たちが人の少なさを感じながらも使っていると言ったところか。
火柱に関しては多くの人が見て見ぬふりを決め込んでいる。面倒事に巻き込まれたくないと言う気持ちはわかる。勿論オレたちはそうはいかない。
「どうする? 走る?」
足を上下させながら涙月。走る気満々らしいが、
「タクシーの方が早いよ涙月」
「あいよ」
勢いそのままに近くに駐車してあるカプセルタクシーに乗り込んだ。目的地を設定し、料金は前払い。カプセルタクシーは動き出し駐車スペースから車道へと躍り出る。
「こうしていると家族旅行みたいですね~」
場にそぐわない呑気な感想を発するコリス。カプセルタクシーは最大四人乗車可能で、これに乗っているのはオレ・涙月・コリス・歌詠鳥である。
「宵と涙月がパパとママでわたしと歌詠鳥が子供なのです」
「私随分若い頃に産んでるなぁ」
一歳か二歳くらいですね。無茶な。
『ママがァ』
「ん?」
『ママのママが~』
パラン、である。
『ママを人間の体に人格移植した方が良いかな~って悩んでるの~』
「人間の体に? できるの?」
どうやってか想像もできない、オレ。
『できるから悩んでるの~』
そりゃそうか。
ならば、
「アマリリスは現実と仮想両方にアクセスできるんだよね? なら人間になる必要なくない?」
優位性が消えてしまうはずで。
『狙われるのなら今の能力を捨てた方が良いかもって~』
「あ」
確かに。万能AIアマリリスでいるからアマリリスは狙われる。全てのコンピュータにアクセスできる能力等々を失ってしまえば仮想災厄に削除される恐れもなくなる。
「でもそれは最終手段だよなぁ。アマリリス自身はなんて言ってるの?」
『嫌だって~』
「理由は?」
『今の体を捨てたらママのママと繋がらなくなっちゃうって~』
「……成程」
ここで「気持ちさえ同じなら親子のままだ」と言ってしまうのは軽率だろう。オレは口を噤んだ。
「う~ん、パランの気持ちもお母さんゆえだよねぇ。でも私も断るかなぁ」
「なんで?」
「極めて単純に産まれ持った体を傷つけたり離れたりしたくないから。犯罪者になったわけでも整形する理由もないし」
整形はともかく、確かに自分に非があるのでないなら別の顔を持ちたいとは思わない。愛着もあるし人として産まれたなら人として死にたい。
『今のお話ママに送られてるよ~』
「良いよ」
「ねぇねぇ倒れてる人がチラホラといますよ」
言われて窓の外を見てみると、確かにぽつりぽつりと倒れている人が見える。ユメの攻撃の余波でも受けたのだろう。
「ここら辺で降りよう」
「うん」
「死――死んでる」
「ええ?」
「と言うのは冗談で」
「こらこらコリスさん」
裏会の知識もある程度は持っていると言うコリスに倒れている人の容体を見てもらったのだが、どうやらふざけられる程度には軽症らしい。
「私の『吟子』で治そうか?」
「いえ、体が治ってもプログラムが削除されないならまた向かっていくわ」
「歌詠鳥、この人にアンインストールプログラムを使っても良いかい?」
『一番風上の人に使うべし~』
「ってなると」
指を咥えて出して風の流れを見る涙月。
「まだまだ先だね」
ユメのいる場所へと向かうしかないわけだ。
「――行こう」
気合いを入れ直して前へ――と思った時、脳裏にとあるアルファベットと数字の羅列が浮かんだ。
え? これは?
『あ! 超まずい!』
珍しく慌てる歌詠鳥。両手足をバタバタと動かしてオレたちの周りを動きまくる。
「どうしたんだよ?」
『宵! 【COSMOS】で守って! 「ダートマス」の脳波コントロールが来ちゃった!』
「な――」
『早く!』
って言われてもどうすれば⁉
「【COSMOS】で人にコネクトできるだけして。自分が洗脳を裏切るから」
「インフィデレス」
オレは集中しようと目を閉じて【COSMOS】を起動させる。周囲にある【覇―はたがしら―】をクラックして、クラックして、クラックする。随分簡単に行く事に少し震えた。【覇―はたがしら―】の防御プログラムは強固のはずだ。それを「侵入しよう」と思っただけでできてしまった。やはりこの【COSMOS】、乱用はできない。
「インフィデレス」
「うん」
指輪に――【COSMOS】に触れるインフィデレス。人類銀貨プログラムが流される。
イメージ。脳に、心に壁ができる風景がイメージされた。
「あれ?」
「ん?」
違和感を覚えたのか、インフィデレスは少しイメージを止める。
「プログラムを受け付けない集団がいるんだけど」
「え?」
「ん~上っ」
上。インフィデレスの言葉で皆揃って上を向く。雪は降っていない。代わりにポツポツと黒い星があった。
黒い星? 否。よくよく見るとそれは人の影で。
「あれは?」
「ちょっと待って。まさかとは思うけど」
【覇―はたがしら―】の望遠機能を最大にして観察するララ。その目がゆっくりと見開かれる。
「統一政府のアンチウィルスプログラムだわ」
「え」
統一政府所属アンチウィルスプログラム――こう言うとサイバー空間を守るプログラムのように聞こえるがそれは半分だけしか彼らの性質を表していない。
対人用抹殺部隊。
これが彼らの正式な呼び名であり、その相手はリスクSとリスクAをつけられた危険思想及び技術を持つ人間とサイバーウィルスである。処刑人の統一政府『表』版だ。
つまり統一政府がユメをリスクAないしSと判断したのだ。
統一政府は『ダートマス』と本格的に争う事に決めたのだろうか?
少し肩の荷が降りた気分になったオレだったがそれは一瞬にして薙ぎ払われるのだった。
「――⁉」
黒いスーツに身を包んだアンチウィルスプログラムが降り立つと同時にオレたちを囲んだからだ。
え? こっちに来るの?
「天嬢 宵、【COSMOS】を渡しなさい」
「――は?」
「【COSMOS】とアマリリスは統一政府が管理しユメ・エレクトロン・綺羅星・ダートマスを抹殺するのに使われます」
コンピュータ変換された声でそんな事を言ってくる。
「嫌です」
オレはそれに対し即答した。
「これはオレが譲り受けたものです。絶対に渡しませ――⁉」
腕が切り落とされる――イメージ。圧倒的な殺意を含んだ攻撃を右腕に受けてオレの体は弾かれアトミックの体にぶつかった。
危な……【覇―はたがしら―】の防御機能がなかったら腕持っていかれていた。
「何すんだい!」
「高良 涙月。発言はそこまでです。他の方々もです。一言でも発せば抹殺します」
な……。
発するまでもない。言葉を失った。この徹底的なまでの残酷性、これが彼らを最強の部隊たらしめているのだ。
だけど!
オレは【COSMOS】であるものを顕現させ――その途中でモデルにしたものに攻撃された。
「――――」
しかしその攻撃は防がれて、アンチウィルスプログラムは素早く距離をとる。
顕現したもの――それはこちらに味方する反アンチウィルスプログラムだ。
「皆走れ!」
オレの大声に皆はビクッと体を揺らしその後すぐに走り出した。逃げる? いいや。ユメのいる場所へと向かって。
アンチウィルスプログラムは『ビクッ』の時にはもう動き出していたが反アンチウィルスプログラムによって制された。その隙にオレたちは先へ先へと脚を進める。
しかし……この状況はまずい。今ユメを止めるのは急務だが統一政府を敵に回してしまった。
「痛い!」
涙月に後頭部を叩かれた。
「な、なに?」
「私はよー君の味方だから」
「え」
「味方だから」
そう言って向日葵のように笑う。
ああ……何度この笑顔に助けられただろう……。
「痛い!」
ララに後頭部を叩かれた。
「統一政府は気にしないで良いわよ。うちとゾーイんとこと幽化さまで何とかするから」
そう言ってプイッと顔を背ける。
「……ツンデレースの神さま」
「誰が何の神さまだ!」
「危ない!」
首にエルボーをカマしてきたから慌てて避けた。
骨が折れたらどうする。
「痛い!」
コリスに後頭部を叩かれた。
「何となく」
そう言ってニシシと歯を合わせて笑う。
何となくで暴力振るってはいけません。
「やられるか!」
「痛い!」
アトミックが後頭部を叩こうとしてきたから頭突きを顎にカマしてやった。
「なんでオレだけ……」
「悪戯顔がムカついたので」
顎をさすりながら涙目になるアトミックである。
「宵兄って意外と呑気だよね……」
「そうみたいだな……」
ちょっと距離を取って臣とゼイル。なぜ距離を取る?
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