第167話「わかってる? オレもう君を友人だと思ってるんだけど」
おいでませ。
視界の片隅に表示されている時計を見る。現在午前十一時。
十二時までここを、オレの泊まっている部屋を出るな? それはつまりここにいれば安全で、逆に外に出たら危険だと。
窓を開けて外を見る繭。大気に妙な成分が混ざっていないか確認して、天候の乱れも計測して閉じる。
「今のところ普段通りですね」
「ねぇねぇ」
甘ったる~い感じでインフィデレスが皆を振り向かせ。
「今の話父さまにして良い?」
「え? あ~」
どうなんだろう? オレたちは情報庁の協力を拒んだ。だからと言って邪魔をして良いと言うわけではないはずだ。
かと言ってインフィデレスの親孝行を止めて良いものかと言われると……。
「……ダメ」
「ですよねー」
ん~と口の中で発声しながら顎に指を当てるインフィデレス。
「んじゃ皆には内緒で自分が勝手に動いたと言う事でエイ!」
「あ!」
メールの送信ボタンを押したようだ。確かに勝手にした行動だからオレたちがどうこうされたりはないだろうけれども。
けどこの子はわかっているのだろうか?
「わかってる? オレもう君を友人だと思ってるんだけど」
「私『ら』ですぜ」
インフィデレスは目を丸くする。
「……そうなの? 自分仮想災厄なんだけど」
「仮想災厄の何人かが敵だとしても丸ごと敵意を向けるのはおかしい、でしょ?」
「……ふ~む」
再び顎に指を当てるインフィデレス。
「あ、じゃあ友達で」
「「「軽っ」」」
『はろ~』
「「「うわぁ⁉」」」
突然現れてオレたちを驚かせたのはまたも懐かしいあの子。
「歌詠鳥」
『はぁい』
呑気に手を挙げる小人さん。
この子が来た。現状に何か変化があったのかな?
『遊びに来ただけだったり~』
「遊びかいっ」
『~てのは冗談で~』
冗談か……。
『上の~上の~もっと上から~この街を狙ってるものがあるので~ここに皆を釘付けにしとこうって話になって~』
「上? 飛行船とかかい?」
『涙月~おひさ~』
「おひさ~」
小人の小さな手に自分の手を当てる涙月。
「んで上とはどこぞ? ヒューマンドローン――は高度百メートルまでだから違うかな?」
ヒューマンドローンとは人を乗せて飛べる大型ドローンだ。『空飛ぶ車』として登場し実用化に向けて開発競争が始まったのが2018年の頃。長い間、空はヒューマンドローンが制していたのだけど二つの永久機関エネルギーの登場で最近は端に追いやられつつある。
『もっと上~衛星軌道~』
「衛星? ひょっとしてアニメでお馴染み衛星兵器⁉」
「涙月、目が輝いてる」
「おうソーリー」
まあ、一度は目にしてみたいが。勿論標的は地球ではなく宇宙のどこかに向けて。
『そこから~ユメ消滅プログラムが落ちてくるんだけど~とういつせーふはランダムに人にインストールするつもり~』
「したらどうなるんだ?」
『君だれ~?』
「アトミック・エナジー。宵のライバル」
自らを指さしながら。
「え? そうだったの?」
「そうだったのさ」
意外な事実である。
『あ・興味ないかも~』
「ひどい!」
『んで~、したらね~、人間兵器になっちゃうからママが皆をここから動かさないでって~』
アマリリスが?
「アマリリスや魔法処女会の皆は?」
『おーるおっけ~』
グっと親指を立てる歌詠鳥。
『あ・やばい』
と言って内股になる。まさか――
「トイレ?」
『衛星きど~』
「じゃなぜ内股に?」
『発射まで十秒~』
「ちょ、ちょっと――」
『部屋から出ちゃダメ~。あ、発射~』
思わず皆目を閉じた。しかし一向に「ドン!」と言う衝撃もなければ「カッ!」と言う閃光も落ちない。
失敗?
と思って窓辺によって外を眺めてみると、雪が降っていた。
いやいや夏真っ盛りの八月なんですけど? しかも地球温暖化で夏の期間伸びているくらいなんだけど。因みに温暖化は自然の温暖化と有害物質両方が原因だと言うのがこの時代の主流である。
雪はシンシンと降ってきて、人に触れ、建物に触れて溶けていく。
『あれが~ユメ消滅プログラム~。触ったら~人間兵器のでき上がり~』
街往く人々が毅然とした態度でどこかへと歩き始めた。淀みのない足取りで、顔をしっかりと前に向けている。操られているとは思えない、が、だからこそ怖い。
『皆ユメと~戦いに行くよ~。一人でもユメを傷つけられたらユメ消滅~』
「…………」
気に入らないやり方だ。どうしてもユメ消滅プログラムを使いたいならプロの軍人を使えば良いのではないか? 一般市民を使うなんて言語道断である。
「歌詠鳥ちゃん、勝算はいかほど? 勝てる? 負ける? そっぽ向かれる? 惚れちゃう?」
『コリス質問多い~。え~と、負けると思うからママにお薬もらってきたよ~。これをインストールすればユメ消滅プログラムをアンインストールできま~す』
そう言って可愛らしい注射器を取り出す。
……うん、可愛いけど、大きいな。
それは大人の長身男性程の長さがあった。どうやって隠していたのだろう。
「これ一人分か?」
『空気感染するから平気~』
「んならここで使っちまえば?」
『残念ながら風下です~。
行くべし~、あ、雪がやんだらねぇ~』
とは言っても相手が、ユメが待ってくれるはずもなく。
「――!」
街の外れで火柱が上がった。強い光から数秒遅れて窓ガラスが揺れる。
「もう戦ってるみたいだな」
「戦いになってると思う?」
「いやぁ」
アトミックに投げかけた問いに彼は頬をかく仕草で応えた。
操られている人の中にもパペットユーザーはいるだろう。遊びで連れている人やバトルを楽しむ所謂『ウォーリア』。その人たちが束になってかかったとして……いや。
オレは眉間に皺を寄せた。
ユメは強い。パペットだけでも強いのにまだアイテムと同化に【COSMOS】も残っている。そのユメに相対せるものと言えば限られてくるだろう。
『雪やんだ~』
十二時にはまだまだ時間がある。それまでの間あれやこれやと対ユメ策が動き続けるのだろう。では刻限までジッとしているか?
否。
「行こう!」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。