第166話「オレはアマリリスを護ります」
おいでませ。
「どうして仮想災厄なんて創ったの?」
会場を出てすぐ、臣は父に連絡を取る。
『臣、そこに天嬢 宵君はいるかな?』
「――あたしじゃ話し相手にもならないって言うの⁉」
落胆からか臣の声が荒くなる。
『誰にでも適材適所がある。これを話すのは本当なら幽化君にしたいところだが彼は話を聞く男ではないしね』
オレも代用と。
「臣、良いかな?」
「……うん」
悔しそうに表情を歪ませる臣の代わりに前に出る。
「ここにいます」
『宵君、君は人の進化の現状について気づいているかな?』
「は?」
進化? なぜそんな話になる?
『人はね、もう何千年も進化していないのだよ』
「それは……どこかで聞いた覚えが」
『うむ、TVなどでたまに話題に挙がる話だ。だがこれはメディアによる他愛のない暇つぶしではない。
人は自然に進化する事はもうない。生命として限界なのだ。それを医療技術によって永らえているに過ぎない。
だからその真価を世界に示さなければならない。人は滅ぶべきか残るべきか』
「その為のテストが仮想災厄ですか?」
『その通り。仮想災厄と言う天敵を超えられなかった場合、アマリリスと言う女王を頂点にAIの時代が本当の意味で来る。神が人を残したように人はAIを残して滅び去る。
だが仮想災厄を超えさえできれば人が残る意義もあると言うものだ』
通信の向こうからの声には戸惑いがなく、理知的で静謐ささえ感じられた。
「……人とAI、両方が生き残る道はないんですか?」
『ない。この星は二種の知性体が存在するには狭すぎる。では宇宙に出るか? どちらが出る? そこでも争いが生まれるだろう。
明確な答えをつけるしかないのだよ』
彼は大人だ。子供のオレが何を言ってもかわして見せるだろう。だけど。
「オレはアマリリスを護ります」
『仮想災厄を倒してだね』
「そうです」
『良く言った。では私は推移を見守ろう』
そこで通話は切れた。横で臣が何か言いたそうに眉根を釣り上げていたが口を開けたり閉じたりするだけで言葉が出ていない。
「ボクもお祖父さんにちょっと言ってみる」
そう言ってゼイルは通話をオンにして――
『どうもーこちら日本電脳情報庁の「人間二十号」云う者でーす』
「……………………は?」
おや懐い。懐かしむ程の思い出はないが。
「えっと……」
あんた誰? と言う表情で戸惑うゼイル。オレが代わった方が良いだろうか?
『ああ皆さまにお聞き頂きたいので音量を上げていただけますかな?』
「はぁ……」
言われるがままに音量をアップ。
『あ・あーテスッテス』
「聞こえてるけど。そろそろあんた誰なのか教えてくんない?」
『私が誰かなんてどうでも良いのです。
ではそう言うわけで今から貴方ガタにユメ消滅プログラムをインストールしまーす』
「「「待てー!」」」
『ハイなんでしょう?』
なんでしょう? ってあーた……。
本気のトーンのわかりませんと言う声だ。きっと画面の向こう側では小首を傾げているだろう。
「インストールってオレたちの体にしようとしました?」
とオレ。
『しようとしましたが?』
「オイオイオイオレたち機械じゃないんだぜ?」
とアトミック。
『そんなの問題ではありませんが?』
「ここにはお姫さまもいるんですよん?」
と、涙月。
『英雄になれるなら良いのでは?』
「良くありません」
と、ララ。
『ふーむ、ではユメ対策が不充分のままバトルになりますが勝算かなーり低いですよ。
それはこちらも困りますゆえ』
低い――のか。しかしそれはあくまで情報疔見立てで。
「恐らく宵とユメが戦う事になると思うが、そちらでは既にシミュレーションを?」
腕組みをしながら、ゾーイ。
『何度もしましたよー。殺されるならまだマシです。しかし残念ながらユメは宵さんとのバトルで宵さんの意識を奪いに来るでしょう。星章を扱えるのに加えて【COSMOS】を持っていますしね。あ、これは奪えもしますが。
それは避けたいのです。倒せる時に倒してアマリリスを手に入れたいのです』
少しオレの頬が冷えた。
意識を奪われる。つまりオレが皆の敵になると。
いや待て、と言うかだ。
「勝算ゼロではなく低いだけ、ですよね? それなら――」
『勝てる可能性を取りますか?』
「そうです」
『うん、実にお子さまな――あいえ、失礼。今のは忘れてください。
確かに勝てる見込みはあります。しかしそちらに幼いプライドがあるのと同じくこちらには「大人の事情」があるのです。
恐らくですが幽化さまならユメ消滅プログラム、受け取っていただけると思うのですが』
「ならなぜ幽化さんではなくオレたちに?」
『それも「大人の事情」と言うものです』
思えば幽化さんの言動にも自分ではなくオレをユメと戦わせようとしているフシがある。
【COSMOS】だって彼が持っていた方が有意義に使えるはずなのに。
『どうでしょう? 幽化さまに近づきたくば彼の判断通りに動いてみては?』
「幽化さんの名前を出しても悪ガキのオレは言う事聞きませんよ」
『成程。わっかりました』
声に落胆の色は滲んでいない。きっとこの顛末も彼らのシミュレーション通りなのだろう。
『ではこちらは次の一手を用意させて頂きますので、ぜっっっっっったいに今日十二時までその部屋を出ないでください。高級ホテルなので不都合はないと思いますが、出ないでくださいね。フリじゃありませんよ?
ではグッナイ』
「ちょっと待ってくださいどう言う――」
オレの追いかける声は届かず通話は切られた。
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