第165話「生き残るのは僕(仮想災厄)か人間か、決めようじゃないか」
おいでませ。
「先手必勝。皆、オレを運んで」
『『『よっしゃ乗れ乗れー!』』』
おお?
大数さんのパペットが顕現され、大きい部類に入るであろう大数さんの体をひょいと持ち上げた。
そのパペットとは――妖怪。
「百鬼夜行『暮夜』」
『行くで皆ー!』
『おー!』
『仕切んなー!』
『邪魔な木やな! うりゃぁ!』
大数さんと百鬼夜行の行く手を塞ぐ巨木――小人から見たら――がスパスパと切れていく。カマイタチによる攻撃だ。
『『『よっしゃよっしゃよっしゃ!』』』
ドカドカと大きな足音を立てながら妖怪たちが往く。
一方でユメはと言うと素知らぬ顔で悠々と大数さんに向かって歩いている。
程なくして二人は邂逅して、
『押し潰せー!』
『やったらこらー!』
天狗が扇子を振るって風を巻き起こし、河童が水の激流を生み、狸が茶釜に化けて上から落下し、狐火がユメを燃やす。
ユメの澄んだ顔が――笑んだ。
「『天つ空』」
パペット顕現。
頭半分の金の長髪、編みこまれたもう半分の髪の毛。真っ白の皮膚と腰布。全長は巨大で、肩には天球が担がれていた。圧倒的な圧力。『神』の放つ神威。
『『『ぬぉ⁉』』』
神威に圧されて妖怪たちの力がユメは勿論天つ空にすら届かない。
「暮夜、妖気解放」
『『『おっしゃあ!』』』
百鬼夜行から立ち昇る神威とは別の圧力。どちらが上位なのかはわからないがその総量では神威にヒケを取っていない。
「天つ空」
「――!」
天つ空の肩に担がれている天球にヒビが入った。そこから虹色の粉を含んだ白い光が溢れ出る。
星章に似ている。けれどそれとは違う光。
なんだ? あの光。
星章以上の神々しき光。見てはいけない、けれど目をそらせない。そんな不思議な光の奔流。
「――世界誕生の火――」
それは光量を増していき、さながら小型の太陽の如く世界を照らす。その光が――消えた。
「?」
目を開けた大数さんの視界に入ってきたのは、人型AIロボットの群れ。小人サイズではなく島に見合う大きさだ。
AIロボットを産んだ?
「潰しな」
『『『ぬぉぉぉぉ⁉』』』
巨大なAIロボットの足が妖怪たちを踏み潰していく。
「『ウォーリアネーム【カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリ】』」
大数さんの同化現象。長いしその言葉は確か百鬼夜行の害を退けるものだった気がしないでもない。
「ジョーカー」
AIロボットが大数さんも踏み潰さんと足を下ろす。しかし何かに阻まれてそれができない。
妖気? いや違う。
「成程。害を退けるジョーカーだね?」
「そうだ。そして妖気の届くところなら――」
妖気が膨らむ。巨大な火柱になったそれに触れているAIロボットたちが切り裂かれ、焼かれ、溶けて、蒸発していく。
「暮夜の力に無条件に犯される」
「そうかな?」
天つ空の神威がAIロボットを覆っていく。それに伴って暮夜の力が届かなくなって。
大数さんが下唇を噛み締めた。
「ふふ、大変だね」
「いや?」
「仕事のバトルでも悔しいんだよね? 大丈夫。敗北もデータを取ると言う意味では有意義なものだよ」
データ。大数さんを実験動物であると言う。
「……お前」
「知っているよ。坂鳥 大数――初めてゼロから生まれた人工人間」
モニターを通じて聴こえてくるユメの声にギャラリーがざわめいた。
「科学的に作られた精子と卵子。記憶と人格。生身の体を持った人工物。
おっと、嫌な思いをさせているかな?」
「……いや」
そう言う大数さんの表情は完全な無。無表情。
「そう。それは良かった。でもそれは機械としての受け答えだよ」
「機械……」
「或いはそれこそが仮想災厄に求められる生き方か……」
ユメの目が細められる。
そうだ、作られたと言う点では仮想災厄も同じなはずだ。ならば今のユメの言葉は全て自分に投げつけているみたいなものではないだろうか。
「けど僕は君とは違うな」
「どこがだ?」
「僕は誰かのものになった覚えはない」
「…………」
「君は『お父さん』のものかな?」
「……彼がそう言うなら」
一瞬、ほんの一瞬ユメの表情が怒りに染まった気がした。しかし瞬きした瞬間にはもう消えていて、オレの勘違いだったのだろうか。
「そうかい。君がそう言うならまず今の君にかけられている期待を粉微塵に砕いてあげようか」
「……させない」
「無理だね」
全AIロボットが大数さんを取り囲む。その内の一体が腕を振り上げ、降ろす。
速い!
「ぐ!」
殴られ飛ばされる大数さん。彼は中空で体勢を立て直して――しかし別の拳が大数さんを殴打し、また体勢を直し、また殴られ、体勢を直す。すぐに拳の方が押し始め大数さんが木や地面に叩きつけられ始めた。
「――『ベル』!」
――!
大数さんがいつしか貰ったアイテムをここに来て使用する。
アイテム『ベル』。パペットのパワーを倍加するアイテムだが、まだ使っていなかったのか。因みにオレたちは直後の試合で使用した。
倍増する妖気。膂力を上げる効果があるのか大数さんは無理やりだが大地に両の足で立つ事に成功し、ギッとAIロボットを睨め上げる。
「――『彼岸花』」
大地に、木々に、AIロボットに真っ赤な彼岸花が一輪ずつ花開いた。これこそが大数さんのアイテムだ。現世にあって怪しいほどの妖気を放つその花を刈り取った時生命なら必ず絶命し、物であったなら必ず錆びて崩れ去る。
「――オオオ!」
だが大数さんはAIロボットを無視してユメの胸に咲く彼岸花目掛けて駆けた。姿が消える程の超速度。姿を見失った彼はユメの彼岸花を一瞬で引き千切り――ユメが嗤った。
「世界誕生の火は僕とてこの世に産み落とす」
「――⁉」
天球に二度目のヒビが入った。先程と同じ光が溢れて――
「――世界消滅の火――」
ボ―――――――――――――――――――――――――――――――――――!
フィールドが、AIロボットが、大数さんが、灰になった。
なっ⁉
『ユ――ユメ選手! 殺人は失格どころの話ではな――』
「実況、勝利宣言をするんだ。そしたら戻してあげるよ」
『え? あ』
戸惑う実況。悲鳴を上げ、動揺しざわつくギャラリー。
「早く」
『ユ、ユメ選手の勝利です!』
「――世界誕生の火――」
光が溢れ、大数さんの体が元の真っ白な平面へと戻ったフィールドに転がった。急ぎ駆け寄る救護班。胸元と口に耳を寄せて呼吸を確認し、大数さんを担架に乗せて医療室へと運んでいく。
「……宵」
いきなりユメに名を呼ばれて肩が揺れた。
「僕のところまでおいで。
生き残るのは僕(仮想災厄)か人間か、決めようじゃないか」
ユメが勝てばAIの世界が続き、オレが勝てば人間の世界が始まる。その時気づいた。ユメの左手人差し指に【COSMOS】があるのに。
ユメの力はまだあんなものじゃない。その事実にオレの背を冷や汗が伝った。
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