第164話「僕も優勝するよ。先で待っていて」
おいでませ。
三十分後目を覚ましたレオンと一緒にフィールドに並んでオレは賞状・トロフィー・賞金を受け取った。
「(ジュースで)かんぱーい!」
場面はオレの泊まるホテルに移り、涙月の音頭でオレたちは思い思いのジュースの入ったグラスを鳴らし合いぐびっと一口。
<ち――>
<ちっ――>
<<<ちっちぇ――!>>>
思えば嘲笑から始まったパペット・アエルとの生活。今ここでこうして喜んでくれているお姉ちゃんにLv100へと導かれ、幽化さんにいじめられ――もとい、しごかれ、仮想災厄と戦ってきて、とうとうここまで来た。
その傍には涙月が、皆がいてくれた。
「ん? よー君目が潤んでいるよ?」
「え? ほんとに?」
「んふふ」
どうやら泣きそうになっていたらしい。
困った。まだユメも倒してないし幽化さんに勝ってもいないのに。
「あ」
電子メールが届いた。幽化さんからだ。タップして開いてみると、
『足元を掬われるバカでない事を祈る』
とだけ書いてあった。
これはあの人なりの激励なんだろうか?
オレは思わず苦笑する。
本当に調子に乗って足元を掬われないようにしないと。
「そうだね」
「「「――⁉」」」
その声は窓際からだった。
皆同時に振り向くとそこには男女の二人組が。一人は嘘のように真っ白な髪、赤いラインの骸骨タトゥーを持つ男。もう一人は真っ黒な、いや、星が散りばめられた夜空の黒の長髪とデザインに凝った綺麗な黒い軍服を着た女。
ユメとピュアの二人だ。
「ああ、身構えないで。おめでとうを言いに来ただけだから」
「……本当に?」
「勿論。アマリリスの方にも手は出さない。
優勝おめでとう、宵」
「……ありがとう」
そう聞き終えるとユメは一人動じず座り続けているインフィデレスに目を向けた。
「元気かい?」
「うん」
「そう。なら良かった。
宵」
「ん?」
「僕も優勝するよ。先で待っていて」
子供のように笑って彼は言う。
「幽化への挑戦権は僕が貰うから。じゃあね」
それだけ言うと彼らは飛び降りて平気な顔で歩き去っていった。
ここ二十六階なんだけど?
「何しに来たんだろうねあの人」
「本当におめでとうを言いに来ただけだよ」
涙月の問いに応えたのはインフィデレス。オレンジジュースの入ったグラスを啜りながら。
「父さまはこの大会楽しんでるから。母さまは父さまに付き合ってるだけで」
「そうなん? 人間っぽいね。あ、ピュアは人間か」
「……ララ、良く我慢したね」
オレに目を向けられて、困った目を窓の外に投げていたララが振り向いた。
「ま……そうね、リューズの仇はもう討ててるわけだし。殴りたかったけど」
「うん。返り討ちに遭うだろうね」
「うっさいインフィデレス」
べ~と舌を出すインフィデレス。……仮想災厄の全員がこんな人間っぽかったら良かったのに。
「――⁉」
その時ただならぬ気配を感じてオレは窓際に寄った。
「よーちゃん?」
窓から見える景色の中に巨大な白光の柱があった。
あれは――星章? でもオレのそれとは桁違いの大きさで、より澄んでいる。
「父さまの星章だね」
「……あれがユメ……」
つまりこれは宣戦布告だ。
オレは喉をこくんと鳴らした。圧倒的な力を感じながら。
「まあそれはそれとしてこっちのお菓子も開けて良い?」
オレの緊張などお構いなしにのんびりペースを崩さないインフィデレスであった。
「……まいっか」
「良いのかい」
呆れるアトミック。
「うん。やれるだけやるつもりだし、それなら今更考える事は変わらないし」
「変に度胸あるねよー君」
「心折ってもしようがないしね。メンタルもずっと戦っていれば強くなるよ。
んじゃ、パーティーを続けると言う事で」
日を跨いで深夜一時。男性陣が雑魚寝をする中ベッドを確保している女性陣が寝静まっているのを見て、オレは部屋を抜け出した。
近くの静まり返っている駐車場に移動し、星章を全力で出してみる。
「……弱いな」
「ばぁ!」
「うわぁ⁉」
首筋に冷え切った手を当てられてオレは思わずジャンプした。
「はははよー君跳んだ」
「な、涙月? 寝てたんじゃ――って言うか随分手冷たいけど?」
「うん、冷水に当ててみた。手の感覚がない」
「何やってんの」
「んじゃここで温めさせてーな」
涙月はそう言うとオレの両頬に手を当てた。
近づいてきた涙月の顔に心臓が跳ねて早鐘を打ち続ける。
「よー君、内心ユメを怖がってるでしょ?」
「……わかる?」
「好きな人ですから」
そうはっきり言われると……。
オレは恥ずかしさに目をそらして。
「そこら辺にいる人たちも同じだと思うけどなぁ」
がさ! と草葉がなって、ごつ! と車がなって、がん! と電灯がなった。どうやら色々なところに色々な人が隠れているらしい。
「何か……オレ、結構心配かけてる?」
「かけてますなぁ」
「……ごめん」
「良いよ。友達じゃん。ん? 恋人?」
「えっと……ありがとうございます?」
ありがたい存在だと今更ながらに心に染みてくる。
「勝とうぜよー君」
「うん」
☆――☆
『では! これより! ほんとに! 本気で! 高校生の部開始となります!』
今日行われる第一試合は。
『日本代表 坂鳥 大数選手!』
そして。
『イギリス代表 ユメ・シュテアネ選手!
第一試合の選手です!』
両選手共に得体の知れない人のバトルだ。
大数さんは前に一度話したけれど礼儀の正しい人だった。ただ前述通り良くわからない人なのだけど。
ユメは言わずもがな。仮想災厄の父にして第一の仮想災厄。
『両選手既にサークル内にいらっしゃいますね! 緊張はしておられない! 何よりです!
では試合開始時間が迫ってきたところでフィールド選定に入ります!』
ルーレットが表示され、針がくるくると回転する。
『回って回って~はい止まる!
フィールド決定! 小人の島!』
ナノマシンが収斂し、島を象っていく。小人がいるわけではなくて大数さんとユメが小人役だ。つまり生い茂る樹木を始めとした植物群が異様に巨大な姿を持っているフィールドである。
「うん、夏にはちょうど良い影が多いね」
ユメは降り注ぐ陽光が目に入らないよう手で傘を作ってフィールドを眺める。
「仮想災厄ユメ・シュテアネ。
パペットは天空神アトラス――正式名称不明――。
アイテム、ジョーカーも共に不明」
データを覗いて再確認する大数さん。
『お二人共フィールドへお上がりください!』
小人の島へと歩を進める二人。
成程。二人が入ると尚の事島が巨大に見える。
「よー君、あっち」
「うん?」
涙月の指差す方向を見てみれば席にも着かず階段の最前線で腕組みをする男性が一人いた。前に見た大数さんのお父さんだ。大数さんを苗字である『坂鳥』と呼んでいたのを覚えている。
険しい表情でジッと大数さんを見ていて、その目には【覇―はたがしら―】起動中の印であるホログラムが浮かんでいた。息子の晴れ姿でも記録しているのだろうか? それとも観察?
『カウントダウンを始めます!
10
9
8
3
2
1
0! バトルスタート!』
お読みいただきありがとうございます。
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