第162話『えーはじめまーす。――――――――ふっ』
おいでませ。
いよいよ。いよいよだ。
『いよいよ始まります! パペットウォーリア中学生の部決勝!』
心臓が早鐘の如く鳴っている。
緊張はある。けどそれに屈する事はない。
『まずは日本中学生代表天嬢 宵選手!』
控えサークルに入りバトルスタートを待つ。
『続いてフィリピン中学生代表レオン=サーテ選手!』
まっすぐ視線を向ける。そこにいたのは健康的に日焼けをした少年。にこやかに爽やかに顔全体で笑っている。
あちらさんは緊張もしていないみたいだ。
『バトルフィールドを選定します!』
ルーレットが表示され、針がくるくると回り始め――止まる。
『決定! 月面フィールド!』
ナノマシンが収斂し、まず月の大地ができた。浅い皿に似たクレーターがたくさんあって全体的に灰色。次いでその中央に月面基地ができた。黒いソーラー発電パネルでできた外壁。どこか塔を彷彿とさせるデザインの基地。本物は完成してもうすぐ五十年を迎えるはずだ。
更にフィールドが円柱形のエナジーシールドで包まれ黒い空が投影された。ただの黒ではない。青い宝石、赤い宝石、白い宝石、色とりどり且つ色鮮やかな宝石が散りばめられていて、すぐ傍には地球もあった。
『バトルスタートまで一分です! 両選手フィールドへお上がり下さい!』
人一人が通れるほどの穴がバリアに開いて、そこからオレとレオンは中へと足を進めた。
重力が軽い。二・三度跳ねてみたが慣れるには時間がかかりそうだ。バトル中に慣らしていくしかない。
「おーい! 宵ー!」
「ん?」
声に目を向けてみると対戦相手であるレオンが大きく手を振りながら口も大きく広げてオレを呼んでいた。
「聞こえるー⁉」
小声でもマイクが拾っていればモニターから聴こえるのだけど地声も聞こえてきた。かなりの声量だ。
「なにー⁉」
釣られてオレも大声で返した。それを聞き届けたレオンはニパッと笑う。
「良い勝負にしようねー!」
と言ってピースにした両手を振っている。オレもちょっと恥ずかしさを感じながら手を挙げて、ピースマーク。客席から笑いが漏れた。
やるんじゃなかった……。
『えーはじめまーす。――――――――ふっ』
笑った! 実況のお姉さんまで笑った!
『バトルスタートまで
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2
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0! スタートです!』
「アエル!」
「テレズマロット!」
八つの首を持つオロチが顕現し、レオンの手には鍵の形をした金色の杖が顕現した。
「いっくよー! テレズマロット・ジョーカー!」
いきなり⁉
テレズマロットに細い糸が巻きついて、そこに様々な形の『鍵』が顕現。
「まずは!」
鍵を二つ取って自分の足に触れさせる。鍵が消えて――レオンも消えた。
え?
「ばぁ!」
「――⁉」
目の前に顔が現れた。しかも逆さで変な顔で。
「――ふっ」
驚きもしたがそれ以上に面白くてつい吹き出してしまう。だから次の行動を許してしまった。
「いただき!」
オレの両目に鍵を当てられて、視界が真っ暗闇に。
なに――なんだ? 何をされた⁉
「この子のジョーカーはね」
耳元で囁かれる声。
「いろんなものを開錠・施錠できるんだ。
レオンの脚力を、人間の限界を解き放ったりもできるし宵の視力を閉じたりもね。バトルが終わったら元に戻して――あげる!」
「ぐっ⁉」
腹に蹴打を受ける。身体がくの字になったところにうなじに手刀を受けて足がふらつく。そこに背中から馬乗りになるレオン。倒れるオレの頭を月面に押し付ける。
「レオンの性格が最悪だったら何度も顔を叩きつけるとこだけどそれはしないでおくね!」
代わりに、とレオンは続ける。
「おっと!」
レオンを噛み砕こうとしたアエルの牙をかわして、その隙に鍵を投げつける。コツンと鍵の当たった首二つのアギトが閉ざされ封じられた。
「あひょいっと!」
バク転を一つ決めてオレの傍まで戻ってくるレオン。鍵を持った手をオレの左肩に押し付けもう一つと右肩を狙ってくるがそれの手をオレは残った右手で掴む。
「あ、もう動けるんだ。華奢な体に似合わず結構耐性あるんだね!」
学校教育に感謝だ。柔道と剣道が必須になっている日本の義務教育。おかげで自分の体を動かす術と気配を読む術は心得ている。
とは言え左肩が動かない。連動している左腕も。
「今度は左足を貰おうか――な!」
開放された膂力で月面を踏みつけるレオン。足場に新しいクレーターができ上がり同時に砂と土とが巻き上がる。
あれ?
レオンの気配は土煙に巻かれて捉えられないはずだ。けど何と言うか……何となくレオンのいる方角がわかった。それをアエルに思念で伝え、
「――⁉」
アエルはレオンの正面から巨大なアギトで襲いかかる。
「わっわっ!」
慌ててブレーキをかけるレオン。アエルのアギトをテレズマロットで閉じないよう固定し、
「――!」
しかし左右からの更なるアギトの攻撃で撤退を余儀なくされた。
「危な……でも! まだまだ!」
鍵を両手首に当てる。既に強化されている脚力で特攻を仕掛けアエルの首をアッパーで殴打する。
『ぐっ!』
八つの首全てを退けてオレに迫るレオン。
「いっただき!」
唇を舌で舐める。まだ自分が優勢だと思っている。その油断はこっちの格好の餌食だ。
「お?」
八方からレオンに迫るものがあった。オレのアイテムである人魂だ。
レオンは軽く手で払いのけようとするも人魂は素早く動いてそれをかわし、剣に化けて逆に手を狙う。
「アイテムがあるのは宵だけじゃないよ!」
門が――扉が顕現した。一つではない。二つ・三つと数が増えて、最終的に百近くにのぼった。
その扉が開き中から――
「うわ⁉」
半透明な手が伸びてきた。
さながらホラー。伸びてくる青白い手が剣を掴むと、
『かっはぁ!』
掌に浮かび上がった口が剣に噛み付いた。喰いだしたのだ。
オレは急ぎ人魂を呼び寄せて顕現を解く。半分近くは齧られた。修復までは時間がかかる。
「この子らが喰べられるのはアイテムだけじゃないよ!」
「――!」
レオン本人と一緒に無数の手が迫って来る。と思ったらレオンの気配がまた消えた。超速移動だ。
「だけど!」
「――⁉」
オレの伸ばした右腕――掌底を顎に受けるレオン。
「いったーい!」
「動きは速くても不意打ちが通じるのは一度だけだよ!」
「そ、それじゃこれはどうかな⁉」
扉から伸びる手が追ってくる。
これは避けるしかない。ヘタに捕まれば肉を噛みちぎられる。
「――え」
と、オレは驚愕した。月面の地中から手が伸びてきたのだ。
「あいた!」
手に足首を掴まれてつんのめる。足首に走る激痛。喰われた!
「追い打ち!」
鍵が投げられてオレの両足首に当たる。
しまった――
足が動かず立ち上がれない。
まずいまずい。いやジョーカーはジョーカーで打ち破れるはずだ。
「『闇王』!」
黒い炎が上がって数秒の時間を奪う。鍵が当たったと言う時間を。
オレは治ったと感じるやいなや素早く立ち上がり、
「アエル! 扉を砕いて!」
『――ォア!』
炎のブレス。幾つかの扉を燃やし尽くし、オレは倒れた。
あれ?
足首に力が入らない。
「ジョーカーはジョーカーで破れる! レオンにだってそれは通じるよ!」
お読みいただきありがとうございます。
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