第160話「うふふふ。女ってミステリーなの」
おいでませ。
なんてアイテムだ。そんなアイテムが作られるなんて彼女コンピュータにどんなファイルを入れているんだ。
「黒鱗! 八叫!」
八つの黒鱗。全方位をガードしてナイフを防ぐ。がこれがいつまでも保たないのは自明の理。
オレは黒鱗に少しだけ隙間を空けて腕を突き出す。地面に向けてだ。
「咆哮!」
荒れ果てた大地が爆発する。吹き飛ばされた岩が、石が、土がナイフを弾き逃げられるだけの隙間ができる。オレは迷わずそこに飛び込み氷の大山まで逃れた。
残ったナイフが追撃してくる。オレは氷山に背を預け前を向く。これで後ろからは攻撃できないはずだ。しかしナイフは一方向の進入路を失っただけで前から上から右から左からと襲って来る。
「アエル!」
八つの首全てを顕現し、鞭の如く首をしならせてナイフを折っては弾く。ナイフの動きが止まった瞬間にアエルはブレスを吐きナイフを溶かし壊す。
「あらあらあらあらあらあらあらあらあら。『刃子』で倒せないなんてやるー」
「そりゃどうも!」
攻撃だ。レティー本体のライフを0にする!
オレはアエルの鱗の上を駆け、頭に達したところでジャンプ。グラス型巨木の上に着地してフィールドの端から一歩も動いていないレティーに向けて右腕をかざす。
「ほう――」
「凶刃――ジョーカー」
「――⁉」
突如、オレの全身から血が噴き出した。
「な――」
肌を出しているところは勿論バトル用電衣である【seal―シール―】の上からも切り裂かれて。
凶刃のジョーカー。見えない剣撃?
急いで凶刃との間に岩を挟む。傷は浅い。【seal―シール―】は確かにオレの体を護ってくれている。岩の厚みは三メートルといったところ。充分に防げるはずだ。
「残念ねぇ。剣撃じゃないのよ」
「?」
「斬ったと言う結果だけを残す――の」
「な――」
なんだそれは……。
「凶刃、宵ちゃんの首を」
「待っ――」
ぶっ――、首から血が吹き出た。
反射的に手で傷口を抑える。大量の赤い体液があっと言う間に手を染めて腕を伝って肘で落ちる。
ちょっと待て……これはダメだ……。
「あらららら? 首を落としたつもりだったのだけど?」
目が霞む……。体が自然と倒れていく。
……オレを呼ぶ声が聞こえる……。
微かに届く声に震える目を動かす。先にいるのは――ユメが見えた。観客席の最上段にいるユメ、倒れていく視線。今度は最下段、つまり一番前にいる涙月たちが見えた。
不安そうな顔をしている。必死にオレを呼んでいる。皆が、涙月が。
ダメだ……あんな表情をさせるのは――ダメだ。
「……咆哮」
「あら」
できる限り力を抑えた炎を首に当て、傷口を焼く。
「あらら」
倒れる体に鞭を打って足を踏ん張る。
倒れない。倒れてたまるか。
「……ふぅ……」
傷が塞がり出血は止まった。
「でもでも、出た血は戻らないわよねぇ」
その通りだ。現にフラフラしてるし体……。
でも――勝つんだ。
「『ウォーリアネーム! 【小さな蛇は夢を見る】!』」
「ん~~~~~~~~~ん?」
オレとアエルが同化するその一方でレティーは顎に指を当てて、何かに気づいたらしい。彼女の視線があさっての方角に向いている。
「あらまあ。警察来ちゃった」
「え?」
目を向けると――まだ警察の姿は見えない。ただパトカーのサイレンは聞こえる。
「レティー……本当に人を?」
「ん~、だってぇ、拒んだのに覆いかぶさってきたからぶすっと」
ぶすっとって……。いやそれなら正当防衛か?
「だから牢に入る前に子供作っとこうかなーって」
……成程。
「ってのは冗談で」
「冗談⁉」
「うちロシアのスパイなの」
「……………………は?」
思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「うふふふふ」
「そっちが冗談――だよね?」
「あらあらどうして? 子供のスパイは信じられない?」
「いや……だって……」
スパイなんてものはオレにとってはドラマの中の話だ。
「うふふふ。女ってミステリーなの」
「……そのようで」
「だけど、この決着は付けておきたいなぁ。
『ウォーリアネーム、【滅多刺し】』」
なんてネームだ……。
「うふふふ。ではでは」
「え?」
彼女の踏みつける僅かな土と周囲の尖った岩が切れ味良くみじん切りにされる。
「斬撃の鎧よ。加えて」
ジョーカーが来る!
「あら?」
オレの周囲で何かが消し飛んだ。恐らく彼女の放ったジョーカーの力が。
防げた? なんで?
「さっきもだけど宵ちゃん不思議な力持ってる? 例の光」
光――確かに何かの力が働いた事はあったけど意図的に操れた過去はない。
あの光を操れたなら――
「ん~無意識かしら? それなら、今のうちに殺した方が良いかもねん」
「こ――」
「い・く」
瞬間レティーの姿が消えた。
後ろだ!
「あら?」
反射的に飛び退いて彼女の腕を――斬撃を纏った腕を避ける。
「どうしてわかったの?」
「本当に殺す気なら死角から来ると思って」
つまり本気で殺しに来たわけだ。
「そう。なら今度は正面から行くわね」
にっこりと微笑んでそう言った。彼女は微笑みながら人を殺せる。あながちスパイと言うのは嘘ではないかも。
正面。罠――か?
「罠じゃないわ、安心して」
「……安心して死ねと」
「そうそう」
殺されない。オレが死んだら悲しむ人がいる。だからオレは殺されない。
八つの人魂を重ね合わせて青銅の剣を顕現。そこに咆哮を重ねて炎の細い刀身を作り、更に牙の力を上乗せする。
「――っつ」
思った以上に力を抑えるのが難しい。気を抜いたら拡散してしまいそうだ。しかしその感覚はこれまでにない程の力が集まっている証拠でもある。
「オレも、正面から斬りに行く」
「あらまぁ紳士的。いいえサムライ的と言うのかしら?
それじゃ、これが合図ね」
クロスの付いたピアスを外すレティー。それを上に放り投げ――
それはゆっくりと、落ちてくる。
3
2
1
0
「「――!」」
「良い事を教えてあげる」
担架に横になったままでレティーは口を開いた。左肩から胸の中央に至るまで血を流しながら、それでも少しも苦しそうではない。
「宵ちゃんの『光』についてファイルを送っておいたから読んでね」
「……知っていたんだ?」
「ふふふ、なぜでしょうね?
うちを倒した賞品よ。読みたくなかったら消して。嘘かも知れないし」
「……ありがたく貰っておくよ」
この子の性格なら、多分本当に送っていそうだ。
「そう。ああそうそう、ユメとピュアも同じ力を持っているから気をつけてね」
「え――」
「bye-bye」
それっきりレティーは口を閉じて大人しく救急車に運ばれていった。
その日のニュースで米国国防総長が殺されたと言うニュースが流れ犯人は警察病院に運ばれたと報じられたが、報道では銃撃戦の末と言われていた。レティーとの関係は不明だ。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。