第157話「うん。面白かった。アメリカのお笑いは――言葉がわからない」
おいでませ。
さて、準決勝と決勝は明日行われる。なので今日は早くホテルに帰ってのんびりと休息を――なんて思いが叶うはずもなく。
「へっくち」
ひとしきり涙月たちが騒いで帰った夜0時。現れた来訪者は口を開いたかと思うと一言も発さずまずくしゃみをした。
彼は手についたつばを「あ~」と眺めると、
「洗面台どこ?」
とか言ってきた。
手を随分な時間洗って帰ってくると――五分くらいだ――ソファについていたお菓子のカスをポケットティッシュで拾ってゴミ箱に捨てた。
「……綺麗好きなんだ?」
「うん。困った事に生まれた頃からこうなんだ。生きるのが辛い。……一緒に死んでくれる?」
「くれません」
「ちぇ。あ、準決勝進出おめでとう」
「このタイミングで⁉」
オレのそんな驚きは無視して彼はソファに腰掛け部屋に備え付けられているクリアガラステレビをつけた。ぽちりぽちりとリモコンのボタンを押してお笑い番組を映すとそこで手を止める。
お笑いが好きなんだろうかと暫く眺めていたけれど彼はクスリとも笑わない。
「……面白くないの?」
「え? さっきから笑ってるじゃん?」
どこが?
オレは一度頭をかくと気を取り直して彼から二・三人分距離を取ってソファに腰掛けた。
うん。肝心な質問をするタイミングを失ってるね。
しかし聞かなければならない。お笑いに夢中になってる(多分)ところに失礼だけど、聞く。
「仮想災厄がオレに何の用?」
そう。着ている物、醸し出す雰囲気、それらは間違いなく仮想災厄のそれで。
「ん~、待って。今良いところだから。もう少しで――大爆笑できそう」
それは今のこの状況より優先すべき事なのだろうか? 事なんだろうね。
「うん。面白かった。アメリカのお笑いは――言葉がわからない」
「じゃなんで観てた⁉ どこで笑えてた⁉ 最近のテレビには翻訳機能付いてるのになんで使わなかった⁉」
浮かんだ疑問を全てぶつけてみる。夜だからか変なテンションである。
「……すごいな、テレビ」
「知らなかったの⁉」
「お笑いは感覚で観るものかと。実際大爆笑できたし」
してなかった。絶対してなかった!
「うん、笑顔が固い、とは言われる」
固いなんてレベルじゃなかった!
「あ、自分はインフィデレス。仮想災厄『人類銀貨プログラム』」
「ここで自己紹介入るんだ」
マイペースな子である。
インフィデレス――人類銀貨プログラム。
見た目はオレと同年代の子供に見える。髪の毛はユメに近い白で薄い水色の氷の結晶が描かれているけれど。男の子――である(間違っていなければ)。
「宵」
「うん?」
「今時間ある?」
「随分のんびりしておいて今更⁉」
テレビ観る前に切り出せなかったのか。
「気をつけて聞いてね」
「やばい話?」
「裏切ってきたんだよね」
「やばい話!」
しまった。幽化さんからまともに話を聞くなと言われていたんだった。
幽化さんはこの子をユダだと言っていた。確かに主を裏切ったと言う面では一緒だがユダの裏切りは主を救世主にするのに必要だった事だ。
となるとインフィデレスの裏切りも回り回ってユメの為になる?
「宵」
「うん?」
「お腹すいた」
「…………」
「神ですか?」
オレの故郷である西京のとある菓子屋の名物『太陽で拾った卵』をあげてみたのだが――自分用にとっておいた――思った以上の高評価。
「宵」
「うん?」
「飲み物が欲しい」
「君、何しに来た?」
調子が狂う。この子は本当に仮想災厄なのだろうか?
「自分が来たのはね」
「え? あ、ああ、うん」
急に知りたかった内容に言及を始めたからちょっとキョドってしまった。
「アマリリスに会いたいからなんだ」
「…………」
「…………」
「…………」
翌日、オレのバトルまで二時間と言うところ――朝八時――で公園にて皆と合流。インフィデレスについて話したのだけどやはりと言うか何と言うか重い空気になってしまった。特にララ辺りが。
「よ~い~」
小声でオレを呼びながらジト目を向けてくるララ。悪いのはオレではない。と思う。うん。
「え~と、自分が恨まれる筋合いはないと思うんだよね」
何言っちゃってんのこの子。
インフィデレスの一言にララが睨む相手を変えた。無論インフィデレスが相手である。とうのインフィデレスはふにゃけた視線で睨みを押し返している。
「だってさ、人間が誰かを傷つけたら人間全部を恨むの?」
「ん……」
口を噤むララ。確かに人間全部を恨んだりはないと思うけど、それでもララの気持ちが晴れるとは思えない。
せめてリューズが回復してくれれば良いのだけど……。
「んで、君はアマリリスに会って何するのかな?」
と、涙月。笑顔で聞いているがそれはいつもオレが見ている自然なものとは違って多分作り笑顔。
「アマリリスについている標識を全部切ろうと思って」
「「「――!」」」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
 




