第152話「よーたん⁉ なんで貴方光ってんの⁉」
おいでませ。
☆――☆
『一時中止を訴えましたよー私』
会場に着いてまず耳にしたのはそんなメイン実況お姉さんの呟きだった。会場がある都市で起こった様々な戦闘。その痕。それらを受けて運営本部には大会一時中止の要請と抗議が集まったらしい。実況さんも上に掛け合ったらしく、しかしそれは受け入れられずに続行の号令が出た。
運営はエレクトロンと綺羅星を始めとした数十に及ぶ企業と国。彼らがOKを出したのだ。
「そうまでしてこの大会を続けたい理由がある」
考えられるとしたらやはりユメ。遊びで出ているわけではないのだろう。……いやそれとも、オレたちにとっては大事でも運営側にとっては些事なのだろうか?
「せーの!」
「痛い!」
掛け声一発。涙月に思いっきりお尻をひっぱたかれた。
「何するの?」
「ん、表情がいつものよー君に戻ってないから気合を一つ」
表情……。
オレは自分の両手で頬をさする。
「ほれ、思考するも必要だけど今はそれどころじゃないぜ?」
と言いながら涙月が親指で指すのは、オレがいる位置とは真逆の選手用通路の出入り口。勿論そこにいるのはティアナである。コリスと談笑している彼女の表情には先にあった戦闘の面影はなく。
「向こうはウォーリアバトルモード。よー君も」
「……うん」
涙月の言葉を耳の奥に残してオレは余計な考えをトコロテンの如く頭から放り出す。
企業が何を考えていようと、ユメが何を考えていようとオレはこれに優勝する。大人の考えなんて吹っ飛ばす!
『ま! 始まったもんは仕方ない! 盛り上げて行きますよ皆さま!
バトル開始まで五分! 両選手入場お願いします!』
吹っ切った実況の叫びに似た大声を受けて観客のボルテージが上がる。
声援の中オレとティアナは通路から出て、控えサークルへ。
『では! バトルフィールドを選定します!』
もはや見慣れたルーレットが出現し、針がくるくると回りだす。あ、ちょっと豪華になってる。
『決定! 電子フィールド!』
ナノマシンが収斂し、フィールドを形作っていく。
フィールドは電子基板を巨大にしたもので、所々に黄緑色のガラスの塔が立っている。
『下手に壊すと電流に襲われますのでお気を付けを!』
プロレスか!
『さあ両選手フィールドへお上がりください!』
オレは一度向かいにいるティアナに目を向ける。あちらもこちらを見ていて視線があった。二人して一度笑い、頷き、フィールドへ。
『バトル開始まで!
10
9
3
2
1
0! GO!』
「アエル!」
「スエロ!」
「素エロ⁉」
「違――――――――――――――――――――――――――う!」
勿論冗談で言っただけですよ。
その間にアエルは上空に首を伸ばし地形を確認。情報が【覇―はたがしら―】を通してオレに送られてくる。
一直線でブレスを当てるのは無理、か。二・三の塔なら吹き飛ばせると思うけれどあいにく塔はもっと乱立している。接近戦しかないな。
「行くよアエル!」
『オウ!』
移動を開始しようと腰に力を入れた瞬間だった。
オレの影からティアナが出てきたのは。
「うわぁ!」
足を握られてオレは無様にすっ転んで。
「「痛い!」」
すっ転んだ先にティアナの頭が。
「なんでそこに頭出しとくかな⁉」
「女の子に頭突きするなんて!」
「オレのせい⁉」
転ばされたんですけど?
「こっちに入ってくださいな!」
「ええ⁉」
ティアナに両肩を掴まれてそのまま半身が影の中へin。
敵も影に入れられるのか!
「アエル!」
一つの牙で影を噛み砕く。しかしその隙にスエロはアエルの首を駆け上がり、オレは影の中へと全身を引きずり込まれた。
思わず閉じた目を開けると真っ暗で、一寸先も闇。自分の体すら見えない。黒いカーテンが遠くにあるのではなく霧に似た何かで埋め尽くされているのか。
手は――動く。足も――動く。呼吸も――できる。ひょっとして良くわからない黒いものも一緒に吸い込んでいるのだろうか?
「ティアナ! ここ呼吸しても大丈夫⁉」
「平気平気!」
「そっちか!」
「あ! ずるい!」
声のした方がティアナの居場所。まさかこんな簡単に引っかかってくれるとは思わなかった。
オレは八つの人魂を青銅の剣に変えて咆哮の力を――ダメだ。同化してないから咆哮が使えない。
「アエル! 聞こえる⁉ 同化を――」
「無・理・よ」
ティアナの声がさっきとは別方向からした。当然と言えば当然かも知れないがどうやら移動したらしい。
「ここと外は完全に隔絶されてるから無・理!」
アエル! 返事!
【覇―はたがしら―】の量子テレポ通信機能で呼びかけてみるがやはり応答はなく。本当に隔てられているみたいだ。
となるとオレの武器は人魂のみ。向こうのアイテムはなんだろう? 仮想災厄と戦った時の話は聞いたがどんな能力を使ったのかは教えてくれなかった。大会も影の操作だけで勝ち上がってきていたし、不利か?
「不利に決まってるでしょ」
「――⁉」
予想以上に近くからした声。直後に真後ろから腕が伸びてきてオレの首を締め上げた。
「ぐっ――!」
「降参して! 首マジで絞めてるから!」
「……や・だ!」
「あ痛!」
オレは頭を後ろに勢い良く反らし、ティアナの額とごっつんこ。腕が緩んだ隙に体を回転させてティアナの足を払い横にする。……しまった、床ないんだった。ティアナの体は本来止まるべきところで止まらず上下が逆さまになって止まってしまい。
「…………」
「…………」
「えっち」
きっと今スカートを抑えているのだろうが、あいにくこちらには光がない。
「いや暗いから見えないしそもそもなんでミニスカで参加したの」
「つえい!」
「うわ!」
ティアナの脚がオレの胴を挟み込む。彼女は強引に上半身を持ち上げると、
「せい!」
みぞおちに拳打を決めてきた。
「っつ!」
「次は顔面いくよ!」
いかれてたまるか! と顔を横にずらすとその瞬間拳が通っていった。ぶおぉ! と言う風の音がする。
この子、格闘技の経験があるのか! けどオレだって剣を顕現できるようになってからちゃんと扱えるように訓練したんだからな!
青銅の剣でティアナの眉間を狙う。勿論刃のない柄頭の方でだ。しかし腕が掴まれてしまう。
「甘いね!」
掌底が顎に来た。オレはまともに喰らってしまって力が一瞬抜ける。その間にティアナは足を離して、
「かなり痛いよ!」
「――っ!」
胴に殴打乱発。
緩んでいた腹に何発も受け、体を折った。次いで合わせられた拳が後頭部に落ちてきて、更に首を蹴られる。
「ト・ド・メ!」
掌底が胸を、心臓を撃った。
「がっ……」
息ができない。心臓を直接握られたみたいだ。
オレのライフも減っているだろう。このままじゃ負ける。ここから出ないと。
そんな事を倒れ込みながら思っていた。非常にゆっくりと時間が流れた気がした。
だから、こんな事も考えられた。
太陽昇らないかな?
なんて。
「――⁉」
ティアナが目を瞠った。急に強烈な光を浴びて閉じなければいけない瞼を開いてしまい、すぐにそれに気づいて目を細める。
「何⁉」
「――?」
驚くティアナの声に脱力していた体に鞭を打ち顔を上げる。
あれ? 周りが見える? 視界を塞いでいたものが消えたのか?
影にヒビが入る。幾筋も幾筋もヒビが走って、割れて、陽光が降り注いでくる。
「よーたん⁉ なんで貴方光ってんの⁉」
……光って?
手を見る。おお? 例の桜色の光だ。
「ダメ! 影が壊れ――」
パン! 予想よりも軽く高い音がして影空間が崩れた。
『おおっとようやく出てきました! 一体影の中で何があったのか⁉ うん? 天嬢選手が光っているぞ⁉』
影から放り出された二人を認めて実況が叫んだ。
出られたのか……なら!
オレは自身の顔を殴った。戻ってくる意識。クリアになる視界。目に飛び込んできたスエロを咥えたアエル。
「スエロ! 全身を針山にしなさい!」
ティアナに言われた通りに影を針にするスエロ。アエルは思わずスエロを落とし、しかし追ってブレスを放つ。
「『ウォーリアネーム! 【半なり身とさよなら憧らす】!』」
ブレスが届くより早くスエロの体がティアナの元へと飛んでいき、同化を許した。
「『ウォーリアネーム! 【小さな蛇は夢を見る】!』」
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