第151話『まず、殺(ヤ)られたのは――』
おいでませ。
☆――☆
「二つ奪われた?」
『そうだ。二人殺されたと言い換えても良い』
皆と合流し、事の顛末を幽化さんに報告したところそんな台詞が返ってきた。
「殺されたって……」
『なんだ? 意味がわからないか?』
「いや言葉の意味は知っていますが」
問題はそこではない。問題は【紬―つむぎ―】を奪う為に人を殺す必要があったのか、と言う点だ。
「そこまでして【紬―つむぎ―】を集める必要が?」
ぼんやりと口をついて出た。殺されたと言われても今一つ実感がわかないからだ。バトルしたのは確かだし負傷者も出ているがオレは無事だった。それに加えてオレは今まで人が死ぬと言う場面に出くわした経験がないのだ。祖父母も老いてはいるが健在である。だから『この世からいなくなる』と言うのが良くわからない。
『【紬―つむぎ―】を集めるのは「確実かつ早い手段だから」にすぎない。目的はアマリリスにアクセスしその能力を得る事。
……アマリリスに気を使う必要があるな』
意外な一言を聞いた。幽化さんが誰かに気を使う。マジで?
『神巫、そこにいるな?』
「はいはい」
オレの横から顔を出しホロスクリーンを覗き込む神巫さん。いや、サウンドオンリーなのだから見る必要はないのだけど。
ふわりと漂ってくる爽やかな香りに鼻腔をくすぐられた。これは――香水? じゃないな、シャンプーかな?
「よ――――――――――――――――――――――――君」
「痛いよ涙月」
耳朶を引っ張られて、オレは涙目に。香りに感想を持っただけで惹かれたわけじゃないんですけど……。
神巫さんはそんなオレたちを見てクスリと笑い、スクリーンの前から顔を引っ込めた。
『アマリリスの現状は?』
「先程確認を取りました。一時――恐らく【紬―つむぎ―】を奪われた時――それまで正常だった感情が色を失ったように途切れ、暫く経って暴れたようですね。周囲の通信機器全般がヤられました。冷蔵庫やキッチンについているコンピュータもです。
仮想災厄の情報が流れてきたせいだと推測しています。今は自己強制スリープモードに入って寝ています」
『そうか』
「どうします?
今後、まず何を?」
『スリープを解く。【紬―つむぎ―】を取り戻すぞ。
まず、殺られたのはフォティスとアーマの二人だ』
フォティス? その人には一度会った。そうか、あの人が……。
『その二人を襲ったのは
「人類無法プログラム ウルトレス・スケロルム」
「人類背信プログラム アポスタタエ」
この二体だ』
「居場所は?」
『これからだ。
宵、いるな?』
「はい」
呼ばれて、返事。
『お前はウォーリアバトルに専念しろ』
「え?」
こんな事態なのに? オレも仮想災厄撃退に向かった方が良いのではないだろうか?
『ユメは大会を楽しんでいる。同時にお前とのバトルを楽しみにしているだろう』
「……なぜオレ?」
オレは戦う気だが向こうがこちらにこだわる理由はないと思うのだけど。
『それもこれからだ。
だが奴の方からコンタクトを取ってきたのはお前が唯一だと割れている。まあ奴なりに理由があるのだろう。
それなのに奴の楽しみがなくなってみろ』
「不機嫌に――なりますよね」
仮想災厄の長がそうなってしまったらどうなるか。
『そうだ。奴の希望通りにバトルしてやれ』
「はい」
『お前が負けてもオレが潰すが』
その一言が余計なんですが。
『最後に二つ確定情報を教える。【紬―つむぎ―】の所有者についてだ。一人はカーマイン。大会運営者の一人だ。
そしてもう一人が――仮想災厄「人類銀貨プログラム インフィデレス」』
「「「――⁉」」」
全員の目が見開かれた。オレを含めて誰も予想していなかったのだろう。
「仮想災厄が? 奪われたんですか?」
オレは当然の疑問を投げかける。
『いいや。最初からだ。
インフィデレスは仮想災厄の中のユダ。唯一ユメを裏切れるプログラムだ、が、ユダの裏切りは主への強すぎる信奉からだとオレは思っている。インフィデレスも恐らくな。
向こうが会いに来てもまともに話を聞くなよ』
「はい」
『ではな』
通信が切られ、暫し沈黙が降りてきた。
色々情報が齎されたわけだが、皆それを頭の中で整理しているのだろう。
「良し」
それが一番に終わったのは、
「わたしはお忍びに戻ります」
神巫さんだ。
「あ、『さん』はいらないから」
彼女はアメリカでも有名人。以前映画の主題歌を担当した事で名が広まったのだ。
「宵」
「え? あ、はい」
「それとティアナ」
「はい」
「観客席から観ているから、良いバトルを」
「「――はい」」
オレたちのバトルはすぐにでも始まるだろう。急ぎ会場に向かわなくては。でもその前に一つ。
「ララ、リューズさんは?」
記憶を失い重傷を負ったリューズさん。あの後再び意識を失った彼の傷は現代の医療技術でも治すのは難しいはずで。
「……魔法処女会に預ける事にしたわ」
沈んだ表情のララ。その顔を神巫に向けて。
「よろしくお願いします」
頭を下げた。
「ええ」
最後に一度魔法処女会教皇の顔になって、神巫は巫として場を後にした。あ、因みにここは騒動の後始末に巻き込まれないよう充分に距離をとった公園です。
と、その時メールの着信音が鳴った。メールを開いてみるとオレのバトルが三十分後に迫っているので会場に来るようにとの連絡メールだった。
「良し」
オレは立ち上がってティアナを見る。彼女も同じく立ち上がってオレを見て、
「「行こう」」
二人同時にそう言った。
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