第149話「サンダ――――――――キ――――――――ク!」
おいでませ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
クリミナトレスの咆哮。
獣の正面にある空間が歪んで、例えるなら扇風機に飛ばされる紙のように空間がへしゃげる。
「ガア!」
歪んだ空間がわたしとティアナに迫る。
「触れてはダメよコリス!」
「OK了解ラジャです!」
歪みは対峙するふた組みの間にあった街路樹や標識を飲み込んで分子から崩壊させて尚も進む。速度が遅いのだけが唯一の救いか。わたしは上に、ティアナは下にと避けてそれをかわす。これまでのバトルでわかったがこの攻撃は連発できない。凡その感覚で三分に一発と言ったところだ。
だから。
「ツィオーネ!」
パペット魔術師を顕現し、
「スエロ!」
ティアナがパペット・影『スエロ』を顕現して両側から攻撃を仕掛けるのにもってこいの時間だ。
ツィオーネが閃光を放ち、スエロは定形を持たない影の体を巨剣に変えてクリミナトレスを狙う。
ここまではこれまでもうまくいくのだ。問題は。
「来るわよコリス!」
クリミナトレスの体の周囲にゴマに似た黒く小さな粒が幾つも浮かぶ。クリミナトレスのパペット『ノイズ』。これに触れた閃光とスエロが叩き落とされ強力な重力に圧し潰される。消える閃光、ばらばらになるスエロ。
しかし定形を持たないスエロはそのまま地中に潜る。
「何度も同じパターンでやられないって!」
地中を往くスエロは途上で他の影を吸収し絶対量を増やしていく。そして影に潜り、
「――⁉」
クリミナトレスの巨躯の小さな影から出現した。そう、ノイズの内側にだ。スエロはテープ状になった体をくねらせ曲げてクリミナトレスの眼球を狙う。
「ぬお!」
咄嗟に岩石の瞼を閉じるクリミナトレス。
「甘い!」
ティアナの叫びが届いたかどうかはわからないがスエロは瞼の影に侵入し、眼球と瞼の間にできた影から出現。その真っ青な眼球を貫いた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおお⁉」
「『槍』!」
すかさずわたしが銀色の精霊を召喚し上空から渦巻く空気の槍を雨の如くクリミナトレスに降り落とす。だけどそれだけでは岩石の体に弾かれてしまう。だからスエロは槍を飲み込んでクリミナトレスの体の内側に侵入、体内に槍を出現させた。内臓があるのかどうかは知らないがクリミナトレスは体を傷つけられて巨躯を地上に横たわらせる。
「ぬぅ――――うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「「――⁉」」
傷だらけになったであろう体をおして叫ぶクリミナトレス。わたしとティアナをノイズの霧が閉じ込め、
「「わ⁉」」
強力な重力増加で二人を地に縫い付ける。
「こ――れは……」
「……死にそうですぅ……」
重力はどんどん圧力を増していて長時間は耐えられそうにない。
「『ウォーリアネーム! 【術に魅せられ奇跡を視る】!』」
わたしとツィオーネの同化。
「『ウォーリアネーム! 【半なり身とさよなら憧らす】!』」
続くティアナとスエロの同化。
二人背には輝く翼。
「たわけ。させぬ!」
重力が更に倍加する。その中でティアナは真っ黒になった体の腕を振り上げ、周囲の影全てを拳に纏わせた。
「どっこい力技でどうだ!」
地面を殴りつけるティアナ。舗装され敷き詰められていた茶色のブロックが吹き飛び、ノイズを蹴散らす。
「驚異。お前女ならもっとお淑やかにせんか!」
「わたし男女平等公平派なの!」
世界に吹き荒れる考え方だ。
「驚愕。どうせ不必要なところでレディーファーストを口にするのだろう!」
「え? 当たり前でしょ」
「惚け。女は卑怯である!」
平等公平はドコ行ったと猛抗議。
「男はいつも女の子にエロイ目向けてんだからそれくらい必要なのよ! コリス!」
「あいあいさ!」
ティアナによって消し飛んだ重力の圧。その隙にわたしはもう駆け出していて足に雷撃を纏わせていた。
「サンダ――――――――キ――――――――ク!」
「びっくり。名前ダサいぞ! ぐあ!」
ツッコミを入れている間になにかして防げば良かったものをまともに眉間に喰らってしまうクリミナトレス。
「おぉぉ⁉」
眉間の岩石にヒビが入り、巨躯全体に電気を流す。
「痛感。ならばこれよ! 『ウォーリアネーム! 【難々軽々二度目は無し】!』」
パペットと同化。クリミナトレスの体が透き通って翼持つ重力の巨躯になった。
「慌て。二度目はないぞ!」
体を丸めるクリミナトレス。周囲空間を破壊しながら膨れ上がってわたしたちに突撃する。
「二度目はないって避ければ良いだけ――」
二人は左右に展開し間をクリミナトレスが通り抜け――ると言う所でクリミナトレスが急速に小さくなった。
「まさか! コリスガードして!」
対応が先か或いは――クリミナトレスが爆発した。それは強力な爆弾の如き威力を持っていて神巫とマレフィキにも戦闘の中断を余儀なくさせた。重力爆発は直径二キロメートルにも及び、街を一つ滅ぼす破壊力だった。
「解放。くっふふふふふふふふふ!」
同化を解くクリミナトレス。実は二度目がないのはこの獣も同じなようだった。同化を維持できていない。一撃で持っている体力精神力を大量消費したみたい。だがそれで充分なのだろう。なぜなら敵は一撃で消し飛ぶのだから。
事実、わたしとティアナの姿は彼に見渡せる範囲にはなかった。
「勝利。すまぬ少女二人よ」
疲れから体を小刻みに揺らすクリミナトレス。もう立っているのもやっとの状態。だから。
「あーら良いって事よ?」
「――⁉」
ティアナの声に自分でも予想外な程に動揺するクリミナトレス。
「絶句。どこに⁉」
「ここよ!」
「!」
ティアナが潜んでいたのは――クリミナトレスの巨躯が造る影の中。わたしと共に飛び出してきたティアナはアイテムである針をクリミナトレスの影に突き刺し巨躯の動きを止める。
「コリス宜しく!」
「いえっさー!」
巨大なピンクの鯨が空を泳ぐ。ツィオーネのジョーカー『ペット』。クリミナトレスの体よりも大きな大巨躯をそのまま落とし、
「なんと。うおおおおおおおおおお⁉」
クリミナトレスを押し潰す。
更にわたしはアイテムであるマントをクリミナトレスに被せて消失の力を流し、もう一つのアイテム鬼の角を生やし、
「うっりゃ!」
潰されてヒビだらけになっているクリミナトレスを殴りつけた。
「ぐああああああああああ⁉」
体を構成する岩石のほぼ全てを粉微塵に打ち砕かれ、獣は断末魔を上げて沈黙した。
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