第147話「人の言葉にだけ従う人生なんてダメよ」
おいでませ。
☆――☆
「ああ……非力……弱い、弱い弱い!」
クリミナトレス。人類殺傷プログラムは腐った死体を見る目で二人を見下ろす。
わたし――コリスとティアナ、倒れる二人を周囲を往く通行人が遠巻きに見ている。助けようにも三人の周囲を取り巻く衝撃波の壁が邪魔をして手を出せないみたい。
ならば上はどうか? それも不可能だった。なぜならクリミナトレスが――仮想災厄の中で唯一獣の体を持っているオスが上空を飛翔しているから。
ドラゴンとは違う金属質な翼を持つ岩の獣。数本折られた牙がむず痒いのか大きな口をもごもごと動かしている。
「くっ……」
ティアナは震える体にムチを打ってすぐ傍に倒れているわたしに手を伸ばす。
「コリス――コリスっ」
「う~ん……お腹が……空き申した……」
「バカな子!」
「んん?」
せっかく小声で話していたのに最後の叫びでクリミナトレスが二人のやりとりに気づいてしまう。
「驚き。あれだけの強打を受けてもまだ動くんか」
「尻尾で殴ってくるとかホント獣ちゃん」
「ちゃん⁉」
大きな口をあんぐりと開ける。
「ショック。思えばこのクリミナトレス、母上にすらちゃん付で呼ばれた経験などなし」
呆然とするクリミナトレスを見上げながらわたしとティアナは体を起こす。
「呼ばれたかったんですか撫でられたかったんですか頭をですか顎をですか?」
「まあ顎ってペットの極みね」
「怒り。ペットちが――――――う!」
怒っているからか悲しんでいるからか大きな目が更に大きく見開かれて涙の雫がほろりと落ちた。
「ぷわ⁉」
クリミナトレスにとっては小さな涙一滴も人間にとっては大きな水球。頭からまともにティアナが喰らってしまい。
「着替えなんて持ってきてないのに!」
「ティアナティアナ」
「なぁにコリス?」
ピッと傍にある建物を指さして。
「コインランドリーがあそこに」
「あらほんと。ちょっと失礼」
「呆れ。いやいやいやいや! 主らこのクリミナトレスとの勝負舐めておらんか⁉ そもそもナノマシン衣料は防水であろう!」
急降下してくるクリミナトレス。コインランドリーに向かっていたティアナの正面に着地する。
「あー道路に穴開けたいけないんだー」
「ぬお⁉」
ティアナにバカにされて足元を見る。すると敵を割く為の爪が道路に喰い込んでいるのが見えた。
「残念。不可抗力である!」
「不可抗力で済んだら警察いらないし!」
「な⁉ そ、そのくらいの融通は利くであろう⁉」
「「利かない!」」
社会、意外と厳しいよ。
「尻込み。なんと不便な社会!」
「悪いと思っているならそこどいて!」
「ううう」
すごすごと後退するクリミナトレス。尻尾も頭も情けなく垂れ下がっている。
「全くもう」
そんなクリミナトレスの前を堂々と横切ってティアナはコインランドリーに入っていった。
五分後――
「でねー、宵ったら涙月の通信コールにいつもスリーコールで出るんですよー。理由を聞いたら急いで出たら待ってたみたいだし遅く出たらウザがってそうでショック与えるかもだからって言うんですねー」
「呆ける。ふん。人間は余計な事に気を遣う。自分の好きにやって嫌われればその程度の縁だったのよ。
このクリミナトレス、未だかつて他人の為に気を使った覚えなどないわ」
すっかり座り込んで駄弁るわたしとクリミナトレス。ティーカップが二つ置かれていたりする。
「でもでもクリミナトレスさん親がいるんでしょう? ママやパパに気を使わないんですか?」
小首を傾げながら。
「首肯。しかし父と母は他人にあらず。このクリミナトレス、常に二人には敬意を持っているゆえ。このクリミナトレスが言う他人とは家族以外を言うのだ」
「あー、なる。でもぉ、お友達にも気使った方が良いですよ」
優しく諭すように。
「そうねぇ、じゃないと友達なくすわよ」
「びっくり。貴様いつ戻ってきた?」
「今」
休んで体力を回復させたティアナ。ちゃっかり傷の手当てもしていたりする。
「ちょっとー、下着どころか体まで濡れちゃってた(嘘)。タオルとランドリー代払ってよ」
「痛い。なぜこのクリミナトレスが」
八つ当たりだ、と抗議をいれるも。
「獣ちゃんの涙でしょ。こう言うとこしっかりケジメつけとかないと後々響くよ?」
「まじか。仕方ないの……指を出せい」
大きな足を持ち上げ、ティアナの親指にぴたりと付ける。
「コイン譲渡。ひゃ――」
「万」
「驚異。そんな大金のはずが!」
「万」
「呻く。くぅ……。コイン譲渡。一万……」
二人の指が一瞬だけ光って、
『受付完了。譲渡終了』
と電子音が鳴った。
「よっしゃ。コリス、ハンバーガー食べに行こう。ここの近くに新しいショップができたんだって」
「行きまーす!」
「大慌て。待て――――――――――い!」
本当に去ろうとするわたしたちに急ぎ声を上げる。
「「なに?」」
「良き響き。二人揃ってさもわからんと言う風に言うでない! 今はこのクリミナトレスとのバトル中である!」
「あのねぇ獣ちゃん」
腰に手を当てて目を閉じるティアナ。右腕を前に出し指を一本左右にふーりふり。
「人の言葉にだけ従う人生なんてダメよ。今はダイエットをするべきかせざるべきかって自分で判断するの」
「疑問。主のどこがダイエット必要なのだ?」
「え? んま。ナイスバディだなんてそんな」
「ため息。そこまでは言っていない」
良い体つきだとは思いますです。
「ん。とにかく。仮想災厄だからってそれだけで【紬―つむぎ―】狙ったりアマリリス狙ったりしちゃダメだぞ?」
「ときめき。このクリミナトレスを惚れさせるな」
「うわーティアナ惚れられたー」
「ふ、辛いわね」
「こ・の・ぼけ――――!」
「「「うお⁉」」」
突然の闖入者にど頭を蹴られるクリミナトレス。危うく地面に轢かれたカエルの如くへばりつきそうになった。
「不覚。何者だ⁉」
「何者だ⁉ じゃないでしょ! アタシよ!」
ゲシゲシとクリミナトレスの後頭部を蹴り続けるその少女は?
「マレフィキ! 人類制圧プログラム!」
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