第145話「「貴女にも無心の幸福を」」
おいでませ。
☆――☆
「オイオイオイオイ」
「……痛いわ」
嘘つけ! オレは苦い顔をしたまま心でツッコミを入れる。
オレの、アトミックのパペット『ドレッドノート』の放った魚雷を女――仮想災厄プセウドテイは両の手で全て捌ききり、彼女の周辺にある公園の土にぶつけて爆発させた。魚雷は特殊合金でできていてプセウドテイは素手でその軌道を曲げたのだ。叩きつけた手は本来なら最低でも骨にヒビくらい入るだろうに……自らの手を撫でる様子を見るに大した痛みもなさそうだ。
ただ、その胸には見慣れないバッヂが一つある。
「殺傷自殺!」
臣のパペット『至宝の果実』のジョーカー。
プセウドテイは手を持ち上げると手刀の形に整え、自分の胸を突いた。
「お? 勝った?」
「やるじゃねぇかオチビ」
「だぁれがオチビだ!」
「まだみたいだけど!」
「「え?」」
臣のプライドの問題について話が脱線しかけていたところにゼイルの叫び。その声にオレと臣はプセウドテイに視線を戻す。そこには胸から白い血を流すプセウドテイがやる気なさそうに立っていて。
「痛がる素振りもないね」
「でもあたしのジョーカーは効いてる――よね?」
出血しているならばそれで良いはずだ。
「どうも臣の力は普通の生物の自殺方法に限られるみたいだね。仮想災厄には心臓なんて関係ないんじゃない?」
「ゼイル、お祖父さんからあれについてなんか聞いてないの?」
「言うと思うの? エレクトロンが仮想災厄を造ったんなら弱点なんて言いふらさないだろ?」
「アイテム」
ぽそりとした呟き。プセウドテイのものだ。彼女は両手を胸の位置まで上げて掌を上に向けている。その手から風船――或いはシャボン玉に似た球体が膨らみ出てきた。色も大きさもバラバラなそれはぷかりぷかりと宙に浮く。
「ドレッドノート!」
土に潜っていた潜水艦ドレッドノートからレーザーが放たれる。空高く昇って行った風船を一掃した後に残されたのは――
「うぉう⁉」
「うきゃああああ!」
「ちょっちょっちょっ」
風船の中から飛び出してきた星型の手裏剣。それらは避けたオレたち三人を追尾する為空中で素早く軌道を修正する。
「自動追尾とか!」
「アトミック! レーザーで薙ぎ払ってよ!」
「呼び捨て! まあ良いけど! ドレッドノート!」
「パペット――『星神大系』」
再びのぽそりとした呟き。プセウドテイの周囲に黒い石版が幾つも、幾つも浮かぶ。一つ一つに白い文字が刻まれているが?
ドレッドノートからレーザーが放たれ、石版から現れた星の神がそれを防ぐ。
「星の神話の顕現か! ドレッドノート!
『ウォーリアネーム! 【眺め楽しみ鯨の唄】!』」
ドレッドノートの武装を身に纏うオレ。
「宵との再戦の為に色々とっておきたかったんだけど!
レーザータイプ1!」
オレの武装からレーザーが放たれる。通常のレーザーだ。これはやはり星神に防がれて、
「タイプ2!」
追って放たれたレーザーは直線ではなく曲線を描いてプセウドテイ本体に飛来する。しかしそれもプセウドテイの小さな両手に弾かれる。
「――ははぁん。ドレッドノートのセンサーでわかったけど、あんた両手に妙な力纏わせてんのな」
「…………」
プセウドテイは応えない。ただ気怠げな視線をオレに向ける。
「力って何だアトミック?」
「さぁな。けどあの両手をどうにかして体の――核に当てたいもんだ。
タイプ3!」
円環のレーザー。それらは星神を拘束し、プセウドテイを目指すがやはり手に弾かれる。
「そこだ!」
地面に潜っていた円環レーザーがプセウドテイの足元から浮上。足と腕と胴体を拘束した。
「とったぜ! タイプ4!」
巨大なレーザーがプセウドテイを包み、その全てをかき消した。
「や、やったの?」
「ちょ――それ妙なフラグ!」
「――?」
突然、がくんとゼイルが膝を折った。
「うん? どったのゼイル?」
「……なんか……あったかい」
「あったかいと何で膝つくの?」
「なんでって……」
温かさと同時に体の力が抜けていった感じだ。ゼイルもそう伝えようと思ったのに口がうまく動かない模様。口だけではない。視界もぼやけているのか焦点が怪しく、音も滲んでいるのか? ゼイルの全身の力が抜けていって、ゆらりと気怠げに立ち上がる。
「ちょっと、ほんとに大丈夫?」
「ちょいまち臣」
ゼイルの元に駆け寄ろうとした臣を制すオレ。センサーに映るものは――ゼイルから感じる熱の変化。
「随分冷たくなってるな……ゼイル」
それは人が持つはずのない冷たい体。
「プセウドテイと同じ熱のない体だぜ?」
身構えるオレ。
ゆらりと体を動かすゼイル。
「――⁉」
気づけばゼイルの体がオレの真正面に。その手がそっとオレの胸に張り付いていた。
膝を折るオレ。
「ちょっとちょっと何が起こってんの?」
「オレたちから離れろオチビ!」
「オチビって言う――」
言葉途中でオレに突き飛ばされる臣。思わず尻餅をつきながら触れたオレの手の温度の異常に気づいたようだ。ひんやりとしていて氷に触れた感じの手の温度に。
「イルミネイト!」
黄金の果実から光が放たれてオレとゼイルの視力を奪う。その隙に臣は充分な距離を取って、
「『ウォーリアネーム! 【産めよ増せよ万葉の光】!』」
『至宝の果実』と同化した。
ゆっくりと臣に向き直るオレとゼイルの二人。体の動かし方、視線。それは間違いなくプセウドテイのものだった。
そうか……。
プセウドテイ――人類抱擁プログラム。
彼女は自らの魂を切り分けて様々な体に憑依する。こうして意識はあるのに考える事すら否定させ、ただのんびりと余生を送る。それこそが彼女の考える幸福であり、抱擁であると!
「『ウォーリアネーム――【浄霊されし雨は潮騒に】』」
ゼイルとソルの同化。
そしてオレとゼイルは同時に口を開く。
「「貴女にも無心の幸福を」」
瞬間オレの姿が臣の視界を覆う程近くにあって、一方でゼイルは――逃げた。
「え?」
どっちにも意識を奪われて臣は二人を何度も交互に見やる。その内にオレの手が臣の胸元に触れて、ゼイルが何かに弾き飛ばされていた。
体温が落ちていく臣の体。臣がとった行動は?
「断首刑!」
アイテムである処刑具顕現。臣の首がギロチンに固定されて、巨大なカッターが落ちてくる。
「ふっはー!」
カッターが通り過ぎたのを確認して思わず止めていた呼吸と閉じていた目をカッと見開く。
彼女のアイテムである処刑具はそれを自身に仕掛ける事でそれに準ずる死を無効化すると同時に臣以外の人間を刑に処す。これによって臣に侵入したプセウドテイの欠片は死んだ。
「ごめんねアトミック!」
自分に伸びていたオレの手を掴んで、投げる。一本背負いだ。
「だ!」
背中をアスファルトに叩きつけられてオレは痛打に呼吸を乱される。
「これでも柔道経験者なので!」
呻くオレはひとまず置いといて、臣はゼイルを追う。
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