第144話「……あ……なた……は……だれ……?」
おいでませ。
「――⁉ があ!」
リューズの体に電撃が落ちた。
これは――彼と同じ力⁉
「違うな」
焦げ付いた体をゆらりと起こすプラエスティギアトレス。煙を上げる体が痛々しいのに嗤いは解かれない。
「俺は、俺のアイテムは気象現象。お前のように雷撃だけではないんだよ」
「がっ!」
巨大なツララに体中を刺されるリューズ。
「おっと倒れると危ないぞ」
しかし体は倒れこむ。その体をズタズタに切り裂かれながら。
「周囲に風のカッターを作ってある。迂闊に触れると切れてしまう」
後ろに飛んで距離を取るプラエスティギアトレス。
「そしてぇ!」
リューズの体を風が持ち上げる。竜巻だ。風のカッターごと吹き荒れる風の豪流がリューズを高く高く持ち上げてぐるぐると回転させる。
「そしてぇ!」
雷が竜巻に落ちた。雷は風に回されリューズを襲う。
「そしてぇ!」
どこからともなく火が点る。火は風に回されリューズを襲う。
「あははははははあははは!」
リューズの悲鳴が聞こえてこない。意識が飛んだか、それとも――死?
竜巻が消えた。リューズは一瞬だけ宙に留まった後ゆっくりと落ちてきて、どんどんスピードを増して落下し地面にバウンドする。
既に獣人化は解けている。体中に傷を負い、目は白目。しかし胸はわずかに上下している。まだ生きている。
「存外にしぶといな。獣人の体が守ったか。
まぁ念の為に」
びちぶしぬちぬち! これまでに聞いた事のない音を立ててリューズの全身の神経が乱暴に引き千切られてしまい。
「さて、頂くか」
プラエスティギアトレスが手をリューズの胸に当てた。手が胸に沈んで、ゆっくりと引き抜かれるとそこには【紬―つむぎ―】が掴まれていた。
「ははははははは!」
「「『ウォーリアネーム』!」」
二人の姫の、ワタシとゾーイの叫びが響く。
「【嘆きのライオン】!」
ワタシの背中に幾重ものレースの翼が顕現し、
「【聖なる母は地に居まし】!」
ゾーイが巨大な翼を持つ髑髏と変化した。
「救世プログラム!」
もう遅いとばかりにプラエスティギアトレスの力がリューズに流れ込む。
「どきなさい!」
掟を作る。“自分の半径五メートルに入った敵対勢力は死ぬ”。
「無敵だと思うなよ!」
「――⁉」
飛来するワタシの腹に風の塊を打ち込まれる。
「あ――」
内臓を痛めて口から血を吐きワタシは急上昇。
「パペットの力である以上レベルの違いでそれを抑えられるんだよ」
しかしプラエスティギアトレスは気づいていない。ぶつかった瞬間ワタシの手が自分の手に触れていた事に。
「?」
プラエスティギアトレスの体が硬直した。
ワタシのジョーカー。体に直接掟を刻み威力を何倍にも跳ね上げる。
刻まれた掟は“自分を攻撃した者は自害せよ”。
自らの手を自らの首に持っていくプラエスティギアトレス。そのまま締め上げ、泡を吹き始める。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「え――」
吠えるプラエスティギアトレス。首を絞めていた手が勢い良く離され、鋭い眼光がワタシを睨む。
「残念だったなぁ!」
流動の力で自らの腕を離したのだ。それは次いでワタシを包み、ビルに叩きつける。黒い遮光ガラスが割れてフロアへと転がるワタシ。中にいた人は竜巻の時点で避難していたらしく無人だった。
「死霊医療団!」
ゾーイの、吟子のジョーカー。無数の人の、動物の、魚類の骨が顕現する。
「医者が骨を弄ぶか!」
「だから『ジョーカー』なのだよ」
「む⁉」
プラエスティギアトレスの体に影が差した。後ろからのものだ。振り返るとそこにはティラノサウルスの骨があった。
恐竜の王は牙を剥き出しにしてプラエスティギアトレスに噛み付く。
「ぐ!」
そこに前方にいた死霊たちが一斉に襲い掛かる。
「ムダぁ!」
「な⁉」
ティラノサウルスの体をプラエスティギアトレスは強引に持ち上げて死霊を薙ぎ払う。
「お前たちの護衛が敵わなかった時点で逃げるべきだった!」
「あ――!」
流動に飛ばされるゾーイ。背を車に打ち付け、ずるっと体を滑り落とす。
「ははははははははははははははは! ――⁉」
哄笑を上げていたプラエスティギアトレスの表情が固まった。ゆっくりと自分の体を見る。そこに、刃物が生えていた。
「な?」
巨大な死神の鎌が後ろから体を貫いていたのだ。誰も握っていない鎌が。
「なぜ……」
なぜか? それはワタシがゾーイのアイテムである死神の鎌に“ゾーイがやられた場合敵を殺せ”と掟を刻んでいたからだ。
プラエスティギアトレスが膝を折り、倒れ込んだ。
「なぜ……」
なぜか? それは死神の鎌には傷つけた相手を確実に殺す呪いがかかっているからだ。
「くそぉ!」
最後の力でプラエスティギアトレスは自らの胸を突く。そこから強引に核を取り出し、投げた。核は光に包まれ、流星となってどこかへと飛んでいった。
「はっ……ついでに教えてやるよ……この男……もう『救世』済みだ……」
リューズから取り出した【紬―つむぎ―】が手から落ちる。乾いた音をたてて横になるそれとは違い、プラエスティギアトレスの体は無音で崩れて逝った。
「リューズ……」
体を動かせる程度に回復したワタシ。ワタシはゾーイを肩に担いで己の護衛の傍へと寄って様子を見た。ひどい有様だ。抜かれた神経なんてどうやって回復させれば良いのだろう? 人工神経は存在するがそれでどうにかなるだろうか?
「ゾーイ、ゾーイの医術で何とか……」
「……やってみよう……吟子」
ゾーイもゾーイで車にぶつかった時に背骨を痛めていたがそれよりもリューズを治すのが先決だと何とか意識を保ってパペットを顕現する。
吟子はリューズの様子を診て、幾つかの動作を行った。首を振る場面もあったがそれでも治療を続ける。
ゆっくりとリューズの瞼が持ち上がった。それだけの動作にも一分近くかかったところを見るに今の彼には重労働なのだろう。
「リューズ、ワタシがわかる?」
「? ……」
リューズの唇が震えた。何か言葉にしようとしたのだ。けど出てくるのはヒュー、ヒューと言う頼りない空気だけ。
吟子は尚も治療を続け、
「……わ……たしは……」
ようやくリューズが言葉を発した。
「リューズ」
「……あ……なた……は……だれ……?」
『救世』――それは記憶を真っ白にリセットする事か。
これが! 『救世』⁉
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