第141話「は! 殺し合いに卑怯もクソもあるかよ!」
おいでませ。
「――⁉」
タダでさえ【覇―はたがしら―】で強化されている動体視力。そこに同化現象で更に強化している目でも追いきれなかったウァサがオレの真後ろに現れた。
「体中に気合い入れな!」
上から振るわれた拳をかろうじて避け、その拳が道路を叩いた。そこは陥没し、先程見た隕石によるクレーターよりも巨大なクレーターができた。
吹き飛ぶカラスになった人たち。
――!
オレの体は圧力だけで吹き飛び、一緒に吹き飛んだ街路樹へと叩きつけられてごろごろと転がる。途中でランスを近くのビルの壁に突き立てた涙月に手を掴まれた。
「涙月! ありがと!」
「怪我は⁉」
まずこちらの心配をしてくれる。良い子だ。
「あちこち痛いけど動けないほどじゃない! 涙月は⁉」
「めくれた土に当たっただけ!」
「そうかよ!」
「「――!」」
まだ収まらない暴風の中ウァサが再び背後に現れる。
「当たれば胴体真っ二つだぜ!」
そんな拳をオレの背中に打ち付ける。
「咆哮!」
「――⁉」
だが拳が背を打つ直前に炎のブレスが掌から背後に向けて放出されウァサを包んだ。
「決まった瞬間ってホっとするよね?」
油断。一瞬の隙を突いていつの間にか同化の翼を纏ったフリアエがオレの腹に手を当てていた。
「おっと!」
フリアエが何かする前に涙月のランスが彼を突こうとするが空振って。
「これでも女の子を攻撃するのは趣味じゃないんだ」
こん、と涙月の額を指で弾く。そしてすぐにフリアエは距離を取る。クレーターを挟んで向かい合うオレたち。
なんだ? 趣味じゃないからデコピンで済ませたのか?
「涙月、異変は?」
「ん~」
額をさする涙月。痛がっている様子は微塵もない。
「何もないね。よー君は何かされた?」
「いや……」
腹に手を当ててみるが特に痛みはなく、服の中を見ても変色を始めとした異変はない。
顔を上げてフリアエを見ると彼はヘラヘラと笑っていた。
……殴りたい……。
――と、彼に集中していると、
「ガアアアアアアアア!」
吠えるウァサ。気づけば咆哮で焼けた体ですぐ後ろに。
こいつ!
「咬牙!」
「一刺し必中!」
間近で牙とランスの二撃を受けてウァサの腹が揺れた。
「が――!」
吹き飛ぶウァサ。だがその途中でウァサは両腕を掲げ、振り下ろす。
「上だ涙月!」
「お任せ!」
降りてくる力の塊にランスを突き出す。ランスに力が反射され、
「よいしょー!」
反射する角度を調整し、ウァサにぶち当てた。
自身の力に圧迫されるウァサ。だがそれでも。
「ガア!」
今度は下から上へと腕を振る。
「「――!」」
オレと涙月の立つ地面が盛り上がり、爆発。
「上から落とすだけなんて言ってねぇぜ!」
「オレも盾の役目が防御だけなんて言ってない!」
「――⁉」
黒鱗の盾で力の爆発を防ぎ、その上にサーファーの如く乗って空高く飛ぶ。
「うぉー」
オレの体にしがみついて妙な声を発する涙月。
「鱗に乗ってて!」
「え?」
オレは黒鱗を空中に固定したままそこから飛び降り、ウァサの腹めがけて牙の力を纏った右腕を打ち付けた。
「ガ――アアアアアア!」
ウァサはそれでも腕を引いてオレの左肩に力の塊を叩きつける。
まだ動くのか!
ミシミシと骨の軋む音がする。折れてはいない。けどこれは――骨が外れた。
オレは残った右手をウァサの胸に当て、
「咆哮!」
「――!」
二度目の炎を浴びせた。
「お前は――卑怯だ!」
全身を炙られてくすんだ煙を上げるウァサの体。目は今だギラギラと輝いていて、その目を見据えながらオレは言葉をぶつける。
「ほとんどの攻撃が背後から! そんなのは卑怯だ!」
「は! 殺し合いに卑怯もクソもあるかよ!」
「――⁉」
ウァサがオレの右手に噛み付いて首を左に回した。バランスを崩すオレ。ウァサの体に密着するように倒れこみ、そして、
「一緒に逝こうぜ!」
これまでで最大最高の力の塊が二人を包み潰し――
「せーの!」
「「――⁉」」
黒鱗から飛び降りた涙月のランスが力を吸収し、オレが邪魔になってウァサを貫けないと見るや空中で体を回転させてフリアエに向けて力を解放した。しかしその力はフリアエの右横を掠めただけで。
外した? 涙月がミスするなんて珍しい。
「痛いだろうねぇ? 左肩」
そう言うのはフリアエだ。
「え?」
オレに言ったのではなく涙月に言ったのだろうが、オレの方が反応してしまった。
「え? じゃねー!」
「――!」
オレの首を掴むウァサ。力任せに絞められて息ができないどころか骨が折られるかと思った。
オレは無事な右腕を突き出しウァサの喉に当て、
「咬牙! 旋!」
アエルが首を回す要領で牙の力を回転させた。
「――ガ……」
白い光の血を吹きながら倒れたウァサ。首を掴む力が緩む。と思ったら。
「ガアア!」
気力を振り絞ってオレの首を再度締め上げる。
それに加えて堕天してカラスになった人たちの手までもがオレの首を絞めに来る。
「咆哮!」
ウァサの腕を掴み、炎を吐く。それでも手は首から離れず、オレは更に咆哮を重ねる。
「――!」
けれどそこでオレは気づいた。首を絞める力は変わらない。しかし、カラスたちの体が力なく倒れる。
ウァサの意識は、もうなかった。
首を絞める右腕の肘から先だけを残してウァサの体が横たわる。倒れた衝撃でボロボロだった体が割れて、核が顕になった。
オレは首に残った手を外すと核に手を伸ばし――細い光の十字架が核の周囲を囲んだ。
この力!
撃たれたと思しき方向に向くがそこにはフリアエがいて、その手にかの女性の銃を持っていた。
「母さまから借りてきたんだけど、ワタシには似合わないな」
銃を両手で持って、大事そうに懐にしまう。
「核は狙わなくて良いよ。ただの心臓だから。再生もしないしね。ワタシたちに頂戴」
その言葉が真実かどうかはわからない。けどオレは――気づけば核を拾っていた。
あれ?
体が勝手に動く。意識はちゃんと働いている。のに、オレは核をフリアエに向けて放った。
「よー君」
「涙月……異変ない?」
「あるっぽい。核を取ろうとしたんだけど動かなかった」
「これがワタシの仮想災厄としての力さ」
受け取った核も懐にしまうフリアエ。
「涙月、左肩の骨が外れたね? だから痛みで一撃を外した。ワタシの力で君と宵の体を共鳴させて、ワタシとも今共鳴させた」
触れられた時だ。あの瞬間に共鳴したのか。
「だから――」
フリアエの手に軍用ナイフが握られた。アイテムなのかリアルの物なのか。
彼はナイフを逆手に持つと――自分の胸を刺した。オレたちと共鳴している心臓を。
「【COSMOS】!」
激痛走る中オレはこれまでにない程急ぎ【COSMOS】を起動させる。
「――⁉」
目を瞠るフリアエ。共鳴の力を壊し、オレは少し後悔した。【COSMOS】を使えば一方的な殺戮になると思ったから使わなかった。けれど使わされてしまった。だから少し悔しかった。
そう感傷に浸っていると涙月がいつの間にか消えていて、
「一刺し必中!」
既に攻撃に転じていた。
「――⁉」
今度は涙月が目を瞠る。なぜなら、涙月のランスを同じランスが止めていたからだ。
「なん?」
ランスの針ほどの先端に同じランスがぴったりと付いていて押し進めない。
「ワタシのパペット、だよ」
「コピー?」
「ちょっと違うね。ワタシはもう一つ別の極小宇宙を持っていてそこから全く同じものを取り出せるのさ。
パペット『デイヴィド・ルイス』」
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