第14話「ウミガメ」
いらっしゃいませ。
「よーし揃ったな。
んじゃ見学行ってこいや」
投げやりですね、せんせー。貴女見回り役のはずなので気を抜いてたらダメだと思うのですが。
オレが所属する学校は全校生徒六百人強で、教師が各班について回るには人数が足りない。なので教師陣は常に研修エリアを歩き回って抜き打ちでチェックしにいらっしゃる。生徒は気が抜けないが教師だって気は抜けない。
幽化さんも当然参加するので見つかったらどうなるやら。
「んじゃ、私たちは雑貨屋さんだね」
涙月の言う通り、オレたちの研修先は雑貨屋さん。
研修に行くよ~と言う話は日本にいる時にリモートで話しているので迷わずに行くだけだ。
念の為デジタルガジェットで地図を表示し、案内に従って進む。とは言っても研修エリアはホテルとほど近くに固まっているので、五分と経たずに到着した。
絵画。
カバン。
帽子。
時計。
占い道具。
オーナメント。
ステッカー。
タペストリー。
フォトフレーム。
ライト。
収納。
鏡。
花瓶。
本。
クッション。
キャンドルホルダー。
キッチン&バス小物。
ティッシュケース。
小さいながらも様々な品が販売されているショップだった。
何と全てがここを運営しているご家族の手作りだと言う。
そこでオレたちは雑貨の作り方から販売に至るまでを丁寧に教わり、一つ作ってみるかい? と言う流れになった。
オレたちは雑貨屋さんの奥の部屋に案内され――こっちの方が広かった――そこでガラスアートにチャレンジだ。
透明なガラスをメインに色のついたガラスを結合させる。
これがまた難しい。そして熱い。
オレが作ったのはわずか三色のガラスアートだが、うん、不格好。けど愛着はあるな。
と満足していると少し離れたところで涙月が本物のお花をガラスに挟む難技に挑戦していて、成功していた。マジか。
どうだよー君燃えてないぞ綺麗でしょ、と散々自慢されて、本当に綺麗な出来だったから文句のつけようがなかった。いや、つけるつもりなんてないけどさ。
作ったガラスアートは持って帰るかここで販売するかどちらでも良いと言うのでオレは販売してもらう事にした。するとそれを涙月が購入。だもんで涙月作はオレが購入。ご家族に――と言うかほぼ旦那さん(店長)に仲の良さをからかわれた。
そこを幽化さんが通りかかって目が合って、スルーされた。
ハワイに来てまでこの扱い……。
恥ずかしい思いをして、研修は終わりだ。
「あ・と・は!」
「くぉら高良ー!」
「うわぁなんだいずっちー!」
「ずっちー呼びは別に良いが先生を付けろ担任だぞこっち!」
ずっちーで良いんだ……。
えっと、どう言う状況かと言うと、三時になったんで着ている服――ナノマシン衣料を水色のビキニにチェンジさせた涙月が海にダッシュして、ずっちー先生がそれを止めたのだ。
「準備運動しろと言ったろう。
波にさらわれても知らんぞ」
「えぇ、そこは助けに来てよ」
「どこぞの通りすがりの男にマウス・トゥ・マウスでもされろ」
「全力で準備運動します」
「よろしい」
どこぞの通りすがりの男に……マウス・トゥ・マウス……。うわぁ想像してしまった。
いくら涙月の命を救う為とは言え……お断りしたい。
「よー君」
「うぉう!」
よからぬ妄想をしていると涙月が目の前に。ちっか。近いです。唇がほんと目の前で息がかかってます。
「私が溺れた時はよー君でよろしく」
「……お、おお」
からかいではなく、真剣な表情の涙月。
オレが、マウス・トゥ・マウス……。
「想像してるー」
「してませんが」
したけど。
そして素晴らしいレベルのからかい顔ですね涙月さん?
ころころ表情の代わる子である。
「ほら、よー君も」
「え?」
「水着になれい!」
「キャー!」
涙月、いきなりオレのパンツ(ズボン)を下げる。
なので「キャー!」はオレのセリフです。
「オ、オレが下に水着履いてなかったらどうすんの!」
「男の子の水着と下着って大差ないし?」
「それ言ったらビキニと下着も大差ないだろう!」
「生地が違うんだよ、あとエロさ」
「男もだよ!」
「え~? もう、わがままだなぁ」
こ・の・子・は……。
「ほら、海行こ」
「……はぁ」
涙月がオレの手を取る。手を取って笑顔で海に向かって往く。
しようのない子だ。
オレ、ずっとこうしてからかわれながら遊ばれながら生きて行くんだろうか。
……ちょっと、悪くない、か?
「準備運動!」
「「すんませ!」」
「とぉっと!」
準備運動をきちんと済ませ、オレたちは海へと入った。
常夏のハワイの海である。日本人の生きたい旅行先トップに輝き続けるハワイの海である。
オレのテンションも自然と上がり、サーフィンにチャレンジしてみました。
そして海に没しました。
意外と難しんだなこれ。運動神経には自信があったのだけどボードに立てた時間はわずか六秒。
「一回目で六秒立てるのは凄いらしいよ」
「涙月」
浮き上がり、ボードにしがみついていると浮き輪に乗った涙月が。
「涙月はやんないの、サーフィン」
「よー君のサーファー姿を目に焼きつけたらやるよ」
「……ああ、そう」
これはからかいの言葉ではない。だって彼女の目がもの凄く優しい。
君になら出来るよと言ってくれているのだ。
「……波に乗れるまでやって来るよ」
「あいよ~」
それから先、オレは何度も海に沈んだけれど決して諦めなかった。ボードに乗る事も、楽しむ事も。
だって涙月が見ている。見てくれている。
安心するんだよな、なんか。
そんな中で練習を繰り返し、とうとう波にしっかりと乗れた。
と言ってもトンネルが出来るほどの大波ではなく一メートルちょいと言った感じの波だけれど。
でも乗れた。うっわ……嬉しいなこれ。
この後も挑戦を続け、何とか同じレベルの波にはためらいも失敗もなく乗れるようになった。
上達しているのがたまらない。パペットもそうだけれど成長を実感出来るのは本当に楽しい。
日本に帰っても続けよう。サーフィンも、他の事も勿論。
「よっし、私もやるよ!」
「水着が取れないように気をつけなね」
「……それはいざとなったら自分の背中で胸を隠してやるぜと?」
「言った覚えないんだけど?」
アニメでよくあるけどねそのシチュエーション。
「……アエル」
『うん?』
アエルを小さなモードで顕現、肩に乗せる。
「涙月のサーファー姿を記録しといて」
「おおっと私もクラウンに言っとけば良かった!」
本当はもっと早くに思いついていたんだけど、すっ転ぶ姿を記録されるのが嫌だったので言わなかったオレである。
「……不条理だ」
「何がかな?」
涙月の運動神経の良さを侮っていた。
彼女がすっ転んだのはわずか三回。それだけでオレと同じくらいには乗れるようになって。
努力型の秀才なんだよなあ涙月って。
「よー君も努力型の秀才でしょ」
「そう?」
「スポーツマンの家系的に私は才能も凄い」
「うん?」
「頭脳派の家系のよー君が運動で私と追いつけ追い越せ出来ているって事はそれだけよー君が努力しているからだよ。
ちゃんと見てるよ、私」
「……」
見ている、か。
頑張るのは楽しいのだと、成長するのは楽しいのだとついさっき実感したのだけれど、うん、認めてくれる人がいるってのも……嬉しいもんだな。
「そっか」
「うん。ず~~~~~~~~~~~~~~~~~と見てるからねぇ」
「どうしてホラー口調で言うのか!」
「「オ~」」
サーフィンを終えてオレと涙月は海中へ。
宇宙服の頭部みたいに大きなヘルメットの中に頭を突っ込み呼吸を確保し、海の底を歩いているのだ。
海の中で呼吸が出来ているのも、海の底を歩いているのも不思議な感覚だが、それ以上に海中の様子が美しい。
アーミースワローで見た以上の感触だ。
加えて。
「涙月、あそこ」
「うん?」
「ウミガメ」
一メートルくらいの大きさのウミガメがこっちにやって来てくれた。
ハワイと言ったらウミガメだ。
ゆっくりゆったり泳ぐその姿は何となく神秘的。
このまま竜宮城に連れて行ってくれないものか。
……いや、この光景がもう『絵には描けない美しさ』ってものだろうか。
オレはきっとこの自然を一生忘れないだろう。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。