第139話「「「今日で【紬―つむぎ―】所有者は全滅だ」」」
おいでませ。
「なっとくいか―――――――――ん!」
「え? 美味しいよこのクレープ」
「そっちじゃないってわかってるよな宵⁉」
「声大きいからアトミック」
バトル終了から三十分。動き回ったからか小腹が空いてきたので会場周辺にある出店――アメリカでは何と言うのだろう?――でクレープを一つ注文した。いや正確にはオレの分が一つで涙月・コリス・ララ・ゾーイ・臣・ゼイルの分までオレが払ったのだけど。お姫さまや企業トップ一族の方がお金何倍も持ってるよね? 良いけど……良いけど……良いけど……。
若干勝利の余韻を削られながらオレはクレープを一つ齧った。クリームと苺とチョコレートの組み合わせが絶妙に美味しい。因みにオレはバナナより苺派だ。
で、そんなところに無事帰還を果たしたアトミックが現れた。
「場外は別に失格じゃないよな⁉」
「そうだねテンカウント制だね。フィールドの内側で倒れる人が殆どだからあまり使われないけど」
「ならあのバトルはまだ終わってない!」
いやぁ十秒で戻ってこれなかったじゃんアトミック。
「男らしくないな」
そう言ったのは男じゃないゾーイだった。男装はしているが。
「これは――」
オレを指さしながら。これって……。
「ルールに従って戦い君を戦闘不能に追い込み審判を兼ねている実況が勝利者宣言をした。その時点で勝敗は決したのだ。心残りはあるだろう。だがそれは君だけか? 負けた全てのものがすっきりしていると思うか? そう言ったものたちが矛を収めていると言うのに君は文句を言うのか? それが男のする事かな?」
「…………」
気圧されたのか、アトミックは無言のまま一歩後ずさった。しかし責められてぽかんと口を開けているのかと思いきや。
「……あんた名前は?」
「ゾーイ」
「アトミック・エナジー」
「知っている」
「オレと――付き合ってくれ」
「「「……………………………………………………………………………………は?」」」
「そうか……あんたもお姫さまか……」
衝撃の告白から十分後。運良く見つけられた飲食用の椅子に女性陣だけ腰掛けて(椅子が足らなかった)、ゾーイの身の上話が終了した。勿論ララとの結婚の話も含めてだ。
アトミックは腕組みをしながら唇についたチョコレートを器用に舌でとって口内へと運ぶ。
「諦めてくれ。身分の違いは何とも思っていないが君に恋はしていないのだから」
「オレはしている」
「私はしていない」
「「…………」」
組んでいた腕を離し、グッと身を乗り出すアトミック。
「ならお友達からでどうだろう?」
「私に利点があるのか?」
「一般市民と交友を深めるのは良い事だと」
「――成程」
今度はゾーイが腕組みした。意外。言いくるめられそうだ。
「それなら良いだろう」
言いくるめられた。
二人の関係がどうなるかはともかく、ゾーイが一般的な楽しみを知るのはきっと彼女のこれからに役立つだろう。
その会話の終了を待っていたかのように――
「ん?」
会場の方から大きな歓声が上がった。
顔をバトル中継している大型ホロスクリーンに向ける。映っていたのはオレとアトミックの次に行われているバトル模様。それが決着したところだった。
勝利したのはオーストリア代表ティアナ=ファラ。銀の髪を耳元で一度、腰の辺りで二度切って揃えている、卵姫さんと話していたシスターだ。シスター衣装が今一つ馴染んでおらずコスプレをしている風に見える。
目は黄緑で大きく、無邪気な笑みが顔に貼り付いていた。
彼女が勝ったと言う事は明日、オレとバトルになる。
「ティアナが来ましたかー」
「知ってるんコリス?」
「はいです涙月。彼女【紬―つむぎ―】持ちでしたよ」
「「「え?」」」
「どうでしょ凄いでしょティアナはヨーロッパで行われたVRゲームバトルで優勝したんですよ一昨年の話です」
ティアナに代わって胸を張るコリス。仲間の功績を誇る気持ちはわかる。コリスの説明を聞いてララたちが「アー」と今になって思い出した声を上げた。
「あれ? でもワタシの記憶だと優勝した子ってくすんだ茶髪に地味な子だった気がするんだけど?」
顎に人差し指を当てて空を見るララ。ひょっとしたら見ているのは空ではなく霞む記憶だろうか。
「ですね。それを神巫が大変身させたのです!」
神巫に変わって胸を張るコリス。
ふむ、地味は地味なりに良さと言うものがあると思うのだけど。
オレはスクリーンを見る。そこに映っている少女は向日葵のように笑っていて。
まあ、今の彼女にも良さはあるよね。
「よー君」
耳朶を引っ張ってくる涙月とララ。痛い。福耳にでもする気ですか。
「負けたら承知しないぜ?」
「わかってるよ」
勿論だ。オレ自身の夢と、幽化さんとの約束の為にも。
「じゃ、これからどうする?」
オレのその問いに、
「ワタシ、ゾーイと所用があるからそっち行くわ」
「あ、オレついて行って良い?」
「「ダメ」」
「ちぇ」
唇を尖らせて、アトミック。
ふむ、男の子がやっても可愛くは見えない。
「アトミック、臣とゼイルについててやってくれない?」
「え? 保護者いらないよ?」
「念の為だよ。オレは涙月と散策」
「デート」
言い直せと圧力、涙月。
「……デート」
ぴくんとララの耳が動いたが、今はスルー。代わりにオレは、
「今日もう一度合流する?」
と聞いた。それにララが即座に応える。
「んじゃ宵の泊まってるとこに」
「……オレの部屋ドンチャン騒ぎ用じゃないからね?」
言い合いながら皆それぞれ目的の場所へと散っていった。
「――で、さっきからオレたちに視線を送ってる君は誰?」
オレの背後に向けた声に、つけていた足音がぴたりと止んだ。
「フリアエ。人類共鳴プログラム」
☆――☆
「出てきなさいよ」
ワタシ――ララの背後に向けた声に、つけていた足音がぴたりと止んだ。
「君は誰だ?」
「プラエスティギアトレス。人類救世プログラム」
☆――☆
「さて、オレたちを追ってるお前は誰かな?」
アトミックの――オレの背後に向けた声に、つけていた足音がぴたりと止んだ。
「プセウドテイ。人類抱擁プログラム」
☆――☆
「コリスーこっちこっち」
「ティアナー!」
走り寄るスピードそのままにわたしコリスはティアナの胸に飛び込んだ。
「めんどくさいの連れてきたね~」
「ティアナの助っ人をするようにとの宵からの指示です」
「んま。ん~、ま、その行為ありがたく受け止めておこうかな? で、あんた誰?」
ティアナの背後に向けた声に、つけていた足音がぴたりと止んだ。
「クリミナトレス。人類殺傷プログラム」
☆――☆
「「「今日で【紬―つむぎ―】所有者は全滅だ」」」
☆――☆
「出てきました幽化さん」
全員の様子が見えるとあるビルの屋上で。宵の姉がオレに向かって報告を一つ入れた。
『そうか。
お姫さまのところにも現れたんだな?』
「はい。でも【紬―つむぎ―】所有者ではないはずです」
『わかっている。お姫さまは別の【紬―つむぎ―】を誘い出す為の餌として狙われているんだろう』
「別?」
女を餌として使うのに眉が動いた気配がしたが、今はまあ、抗議している場合ではないと口を噤んだようだ。する相手もオレではないしな。
『リューズと言うレア・キーピングタッチの護衛の男だ』
「?」
宵の姉は首ごと顔を巡らせる。
「どこにもいませんが?」
『前に追い払われているからな。なに、お姫さまが危機に瀕せば出てくるさ。
で、前野兄妹は?』
「貴方のお使いに行ったきりです」
『帰ってはいないか。まあ良い。バトルになったら加勢しろと言っておけ』
「はい」
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