第138話「化物っぽいから使いたくなかったんだけどさ!」
おいでませ。
「いてぇ!」
呻くアトミック。頭部を――サメに噛み付かれたから。
アトミックがここに現れた時すぐに海上に移動しようと上を向いたのだがその時ちょうど落ちてくるサメが見えたのだ。これは使わない手はないと思いアトミックを移動させぬようこの場にとどまり、そしてご覧の通りの結果となった。オレ、賢い。
アトミックはサメに噛まれたままオロオロとしていて何とかサメを剥がそうともがいている。
チャンス到来。オレは青銅の剣を握り締めて試していた事を実践する。集中して剣に咆哮の炎を纏わせ、その炎を更に収斂。炎は光としか認識できないエネルギーになって、短剣だった剣に光の刃を生んだ。
「え」
こちらの状況にアトミックが気づいた。オレは足に力を入れて、一気に駆ける。
「刹火!」
「――!」
振り下ろされた剣がアトミックに接触、爆炎の刃が彼の体を斬った。
「――⁉」
斬った――確かに斬った。水になったアトミックの体を。
「海水⁉」
「化物っぽいから使いたくなかったんだけどさ!」
水になった体から発せられるアトミックの声。どこから声出してるんだろう?
「これがオレの【覇―はたがしら―】版常識外れのジョーカーさ!」
水の腕が伸びる。水腕は左右に大きく迂回してオレを背中から抱きしめる。同時にオレの顔が水になった胴体に沈んでいき、呼吸を封じられた。
竜巻状になっていた海水の姿が解けて周囲を包む。
「――っ」
アトミックがオレの顔を出した。口と鼻に水を残したまま。しかもその水が凍っていくではないか。
「降参しな!」
じょ、冗談!
「――――っ! っ!」
オレが外に届かない声で叫ぶ。光の剣が炎を吹き出して周りの海水がぶくぶくと空気の泡を吐き始める。オレはその剣で氷を溶かし、水にし、それでも纏わりつくそれを蒸発させようとした。
「いやそれはちょっと待て!」
慌てるアトミックの声。顔から水を引き離し彼の胴体にそれを吸収。
そうか。自分の体から出した水だから失われると怪我をするのか。それならば。
「――アアアアア!」
剣に更に咆哮の炎をくべる。海水の蒸発が進みその状態でアトミックを斬りつける。
「おおおおおお!」
吠えるアトミック。水だった体が氷に変わってオレの剣を左肩で受け止めた。
炎と氷。二つの両端な力は拮抗し重なった地点から閃光が発せられる。
き・り・さ・け!
剣を握る腕に力がこもる。
「さ・せ・る・か!」
アトミックがオレの腕を掴む。ひんやりとした冷気が腕を這い、握られた手首から氷が広がっていく。
「アアアアアアアアア!」
「おおおおおおおおお!」
剣が、わずかに食い込み――
「咆哮!」
更に剣に炎をくべる。しかし剣の方がそれを吸収しきれずに炎が溢れ、オレの腕に絡み付いてくる。その過程で凍った腕が元に戻るも逆に熱気によって焼けていく。
だけど!
「アアアアアアアアアアアア!」
「――!」
剣が遂に振り下ろされ、アトミックの体を蒸発させた。
…………蒸発?
そこでオレは息を呑んだ。まさか殺――? と。
「――っつ」
しかし悩んでいる内に息が限界になり海上目指してまず泳ぐ。遠い。いや――重い。なんだこの体の重さは? アエルの飛行能力も使っているのに。オレは不思議に思いながら体を見やるが別段異常はない。水圧がかかってきているのだろうか? 確かにこんなにも深く――現在二十五メートルと言ったところ――まで潜った経験はないから体への負担は想像できないが。
思いながらも手足を動かし続け、
「――っはっ!」
ようやく海上に出た。空気を大きく吸って、吐いて、また吸う。人が生きている証はとても心地良かった。
「アトミック……」
オレは立ち泳ぎを続けながら海中に顔をつける。【覇―はたがしら―】の視力強化が働いて海中の様子がクリアに見える。
アトミックの姿は見つからない。
「――⁉」
そんな時いきなり体が持ち上がった。
「何――」
体が宙を舞って、海上約五十メートルほど上がったところで急降下。海面に背中から叩きつけられた。
「っつうう!」
きつい……。コンクリートに叩きつけられたらこんな感じだろうか。
背に激痛を覚えながらも体は再び持ち上がる。
「アトミック! 君、気体にもなれるんだね!」
「その通りさ!」
そう言っている間にも急降下をはじめ、もう一度海面に叩きつけられた。
「ぐっ――う」
そしてまたまた体が持ち上げられる。
体に纏わりついているアトミックを何とかしなければこの繰り返しでライフが削られ負けてしまう。ならあえて。
「ん?」
オレは落下スピードを上げて何とか姿勢を正す。腕を伸ばして海水に頭から飛び込んで。
「そうくるかい!」
沈むオレとは対照的に気体になったアトミックは浮かんでいく。だけど彼はすぐに水に変わって姿を消した。見えなくなった。オレはそれなら気にしても仕方ないと一気に海上に飛び出した。
それを追撃してくる海水。
ここにアトミックはいる! けどどうする? 剣は通じず炎も通じない。倒せるとしたら何がある?
飛翔しながら追ってくる海水を避け続ける。
「考えてもムダさ! 宵はもう出せるだけの技を出したはず! その全てがオレに通じない! 降参するんだ! さもないと!」
海水が尖った氷を持ち上げてオレを攻め立てる。ある水流はそのままオレを追い、或いは分裂してオレを追い、或いはバラバラになって針状の氷になったり粒状の氷になってやはりオレを追ってくる。
オレは剣と炎を操りそれらを撃破しつつ、アトミックを倒す方法を模索する。
【COSMOS】を使う? オレは自分の左手人差し指にはまっている指輪を見る。いやこれは対仮想災厄用にぎりぎりまで秘密にしておきたい。それに反則と言う気もするし。
ならばならば⁉
「くそ!」
オレは答えの出ない問題を頭に抱えたまま手を重ね合わせ、
「咬牙!」
「――⁉」
牙の力で迫る水を砕く。しかしその中の一つの水球は遠ざかる事で牙を避けていた。
あれがアトミック!
……あ、あった。倒す方法が。
再び海水が持ち上がって様々な形でオレを攻め立てる。いやそれだけではない。海水から魚雷とレーザーが撃たれてくる。
オレはそれも体を移動させ盾を移動させとかわしつつ、上空に、フィールドの中心に移動する。そして精一杯の力を両手に込め、
「咬牙!」
最大の牙で以て海上に出ている水を全て砕く。その中に唯一牙の効果範囲から逃げる水があった。
「逃がさない!」
「げ⁉」
その水を――アトミックを炎で包む。ボール状になったそれをオレは――蹴った。
「おおおおおおおお⁉」
叫ぶアトミックとどよつくギャラリー。
【覇―はたがしら―】で強化された蹴打を受けた炎の球は海上を超えて街を超えて、ずっとずっと遠くまで飛んで行って姿が見えなくなった。
静まる会場。止まる実況。
「お姉さーん」
オレは実況に呼びかけ、それに実況のお姉さんはハッと意識を取り戻した。
『え……えっと、アトミック選手戦闘不能とみなし、天嬢選手の勝利です!』
「見たかしら?」
「おっけ。ばっちり」
会場の片隅で。卵姫さんと見知らぬ銀髪少女が話しているのが見えた。シスター衣装を着ているその子はシスターと言うよりコスプレをしている風に見えるほど大きく向日葵のような笑顔を見せていて。
「貴女が勝てば次は彼よ。オーストリア支部長」
「ぬふふ。よーたんの攻撃法はもう見たし、負ける要素はないね! 多分!」
彼女はオレを指鉄砲で指し、バンッ、と一つ撃つのだった。
お読みいただきありがとうございます。
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