第135話『オレ(師)を倒すのはお前(弟子)の役目だ』
おいでませ。
☆――☆
暇を持て余した幽化は――オレは一人ニューヨークの大通りを散策していた。
はずだ。
なのにここはどこだろう? 決して道に迷ったわけではない。ただ景色が変わった。右を向けば紫色の海。左を向けば人の手が入っていないと思われる新緑の森。上を向けば赤い空。そこに土星のような輪を持つ巨大な星が見えて。その惑星の重力の影響を受けるはずのこの星はしかし地球と同じ重力で。
「釣れるのか、ここは?」
入江の沖の突き出た岩の一つに腰掛ける男にオレは適当に声をかける。
男は微笑したまま顔をこちらに向けて、
「釣れますよ。知らない魚だけど」
立ち上がってグッと腰に力を入れると一息に跳躍。浜に軽く着地した。
「初めまして幽化。
俺は人類淘汰プログラム、スピリトゥス・メンダキオルム。
パペットの名は『反地球』」
言って一礼。
「そうか。あの化け物どもはお前の子飼いか?」
ぴくんとスピリトゥスの眉が動いた。
「海の中の気配がわかるのですか」
「そうだな。お前がムカついたのもわかる」
子飼いではない。あれらはスピリトゥスにとって友達なのだろう。
「そうですか。ではその子飼いに喰われてしまうと良い」
海水を爆発させて海から化け物どもが現れる。
「――⁉」
だが、驚いたのはスピリトゥス。空間を超えてきたオレの手に掴まれてオレの後方に移動させられていたから。
「な⁉」
手足を革に似た何かに縛られて、突如出現した椅子に括られる。
オレに化け物どもが牙の並んだ口を開けて喰い殺そうと迫るも、オレは慌てず動じず手にナイフを出現させて目の前の空間を薙いだ。その軌跡上に衝撃波の壁が立ち上がって化け物どもを一掃。
「お前は状況を理解できていないのか?」
スピリトゥスに問う。
状況だって? 縛られて身動きできない事ぐらいわかっているし既に緊急コールも発した。仲間が来るのも時間の問題だ、そんな表情。
パチン、とオレは指を鳴らす。
途端スピリトゥスの心臓を光の細い杭が貫いた。
「ぐっ……!」
苦しげな表情を浮かべるスピリトゥス。しかしそこは核ではない。まだ死んではいない。オレはそんな彼に顔を向ける。
「戦ってみるか? オレと。だが――」
オレの周囲に古今東西の刃が顕現。上空にはあらゆる兵器・艦・機が顕現する。
「今のオレはパペットの枠を超えてあらゆる情報を顕現できる。
武器も、兵器も、精霊も、救世主も、天使も、神仏ですら」
「――……!」
絶句。言葉を失うスピリトゥス。
当然か。人の手に神が従う。そんな能力――その能力は。
「二千年前、ある男が救世を謳ったが、さしずめオレはその反対、破壊者と言うところか」
オレはゆっくりと左の人差し指をスピリトゥスに伸ばす。利き腕であるはずの右腕はパンツのポケットにしまわれたままで。
「短い付き合いだったな」
☆――☆
「うわ⁉」
ララに勝手な宣言をされた直後、オレの前に指輪が突然現れた。
どこから? どうやって?
そんな疑問を思い浮かべながらオレは指輪を両手で掴んだ。金色をしていて、ハートを羽が貫いているデザイン。
「なあにそれ?」
ララが覗き込んでくる。それに続く一同。同時に通話を知らせるコール音が鳴った。アドレスを見ると幽化さんから。こっちから連絡を取っても出なかったくせに。
「なんでしょう?」
『指輪が届いたな?』
オレは手元を見る。
「はい。幽化さんが?」
『そうだ。そいつは【COSMOS】と言う代物だ』
「【COSMOS】」
オウム返し。なんとなく無意識に。
『機能は【覇―はたがしら―】に及ばんが枢機アクセス権を持つ情報端末だ。がそれはまあ良い、使うなよ。
それには【魂―むすび―】と呼ばれるシステムがある』
「【魂―むすび―】」
いやて言うか使ってはいけないならなぜ寄越す。
『サイバー空間からあらゆるものを取り出すシステム――ダートマスとユメ、そしてアマリリスが持つシステムだ』
「――⁉」
もの凄いラインナップ。
『そいつはパランの持っていたシステムを切り離し人間用にしたものだ。勘違いはするな。無理にやったものではない。パランがアマリリスを守る役目を人間に託したからだ』
ん? 待て待て、それならこれは。
「それって――幽化さんが託されたんじゃ?」
『そうだ』
「なら貴方が持つべき――」
『オレには誰かを守ると言う意志が殆どない』
「それは――」
確かに。過去を思い浮かべて思わず納得。
『パランの了解は得ている。お前が使え。
それともう一つ言っておく。オレはパペットウォーリアから離脱する』
「は?」
なぜに今になって?
『決勝の日、やるべき事ができた。エキシビションまでには戻ってくるがな。
オレと戦いたければお前が勝ち残れ。決勝に進むは当然その先にも足を踏み入れろ』
「勿論そのつもりですけど……」
『適当にあしらったとは言えお前はオレが鍛えた経験がある』
適当にあしらった……。
『オレを倒すのはお前の役目だ』
意外な言葉。幽化さんにはその辺りの情はあまりないと思っていた。
『パペットウォーリアはただの遊びだった。一時やってすぐに本職に戻るつもりだった。お前に構ったのもその中の一つだ。
だが抜ける時はやはり納得して抜けたいものだ。
わかるな?』
誰かが自分を超えた時に。それなら、オレが迷う必要はない。
「――はい」
『良し。勝てよ、くそ弟子』
「はい!」
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