第133話「世界最古のAI」
おいでませ。
「宵兄! 皆! こっちこっち!」
外に出て十分くらい歩いたところで手を振る臣。
「データは?」
「盗った盗った。後は――」
「ボクのデータと比べれば良いんだね?」
あ、そうか。エレクトロンCEOと血が繋がっているのだからゼイルので良いのか。
「うんそう」
オレは努めて冷静に、最初からそう言うつもりだったよと言わんばかりの態度をとった。
う・そ・つ・き、と涙月とララの口が動いた気がしたが気のせいだろう。うん。
「じゃ、ここに手を置いて」
言ってオレは指紋・血管・骨のデータを取るプログラムを展開する。ゼイルは言われたままにホログラムスキャン機に手を置いて、スキャン開始。そして終了。
「比べてみるよ」
先に盗った臣の父親のデータと照会し――――――データは血の繋がりを確認した。
「他人じゃないってわけか」
ゼイルはさして驚いた様子を見せない。
「え~?」
けれど臣は困り顔。
「嫌そうな顔するなよ」
「今更親戚増えてもさぁ」
「それよりエレクトロンと綺羅星が肉親なのに争ってるってなるんだぜ? そっちの方が問題だろ」
寧ろ肉親の方がいがみ合い易い気もするが。
「ボク、お祖父さんを問い質す」
「あたしも」
「喧嘩中だったら二人はどうする?」
んでもう何年も連絡とってないとか。
「仲直りさせようとは思わない。ボクは事実を知りたいだけさ」
「臣は?」
「ん~、兄弟で争ってるってなんか嫌なんだけど……」
そもそも兄弟以前に同一人物の可能性もあるのだけど。
「どうよゼイル、いつか両家族でお茶しよ」
「……仲が戻ったらな。んじゃ、ボクもう行くよ」
ゼイルが去ったのをきっかけに皆バイバイを言い合い方々に散っていった。
☆――☆
「お帰り臣。お前に見せたいものがある」
「へ?」
あたし――臣はホテルに着いて早々パパに出迎えられた。意外だったが何となく嬉しい。
手招きされて、後についていく。
「これはお前の母も知らない事実だ」
「? そんなのあたしに見せて良いの?」
「知りたがっているのだろう? 私としてもお前や【紬―つむぎ―】を預けた宵君を騙し続けるのは忍びない」
「――!」
ばれてーら……。と舌を出すあたし。
「ごめんごめん」
「いや良いさ」
躍けて誤魔化すあたしだったがパパは気を悪くした様子なし。懐が大きい。
「ママは今シャワーだ。その間に済ませよう」
シャワールームから充分に距離を取って、パパは見た事もない大きなカプセルを取り出した。
今どこから出した? 急に手に現れたけど……ヴァーチャルかな? 頭を捻るも、あたしは深くは考えずに。
「ヴァーチャルではない。今の転移は【覇―はたがしら―】のプログラムの一つだがそれについてはまた話そう。
この中を良く見てご覧」
言われてあたしはカプセルを覗き込む。大人の拳大のカプセルの中には水色の液体が満たされていて、そこには小さな機械が固定されていた。
「チップ?」
「AIだよ」
「AI? これが?」
もの凄く小さい。せいぜいイヤホン程度の大きさだ。
「そう。世界最古のAI。これが私とエレクトロンCEOの正体。私とサインはね、このAI『ダートマス』の生体端末なんだ」
「――⁉」
☆――☆
「生体端末……」
その事実を聞かされてゼイル――ボクはただぼんやりと繰り返し口にした。
「そうだ、ゼイル。だが安心しろ。お前は私の孫とは言え間違いなく人の受精卵から生まれた人間だ」
お祖父さんは飛行船から街を覗き込み、孫であるボクの顔を見ずにそう続けた。眼下に広がる人の生きている証である灯りはある種の星空にも見える。
「でもお祖父さんの体は『ダートマス』が作ったんだね?」
「そうだ。極めて優秀に」
「じゃあボクは――」
自分の体もそうなのか?
「知っているはずだ。今はもう精子も卵子も選べる。改良できる。その技術に頼っている人口は半数にも迫る。
ゼイル、お前だけが特別なわけではない。気にせず生きろ」
「できない!」
聞いてしまったのに何の戸惑いも見せずに生きるなんて。
「できる。お前は私の孫なのだから」
「利口に生きろって? 人って足掻きながら生きるもんじゃないの?」
「前時代的な思考だ。捨てろ。
その為にもう一つ教えておこう」
腕を、指を伸ばすお祖父さん。目に見えないその遥か先には真っ白な塔が一つ。
「301,655,722人の天使が掘られた白亜の宇宙タワー。エレクトロン本社『白金時代』」
今度は別の方向へと手を伸ばす。その遥か先には花の形を模した塔が一つ。
「天頂に神道神社、教会、仏寺三つの本山を掲げる宇宙タワー。綺羅星本社『ゴールドティア』。
『ダートマス』の設計によって作られた二つの塔に存在する二つの永久機関。
『星粒子』発生永久機関『天球炉』――
光合成エネルギー『タキオン』発生永久装置『チャーム』――
発表されたのはごく最近だが既にこれらのエネルギーは人間社会に絶対的に必要なものとなるほどに供給されている。
わかるかゼイル? 世界最古のAI『ダートマス』が作られてから人がAIを利用する時代はとうに終わっているのだ。人はAIによって生活を保証される。
では聞こう。事実を市民が知ったとして、市民は『ダートマス』を処分する為に動くだろうか?」
「動くよ!」
「いいや」
即座に否定しゆっくりと首を横に振る。
「動くのはフィクションの中の人間だ。市民は市民としての権利さえ享受できれば誰が上にいようと気にしない。例えば政治家の頂点に無用の長物が居座ったとしてどれだけの市民が動く? 活動家は動くだろう。敵国の人間も国民を装い動くだろう。
だがそれだけだ。文句を言いつつ動かず政治家を選びもしない者の方が多いのは人の歴史が証明している。
ならば人より優秀なAIが上に立とうとも市民はそれを受け入れる。
違うか?」
「それは――そ、それじゃ何で綺羅星と喧嘩して?」
対立しているのではないのか? その問いかけにお祖父さんはまたも首を横に振る。
「喧嘩? それは違う。私たちは互いを高め合っているだけなのだから。その道の一つとしてパペットウォーリアがある。ユメの性能を試すにも丁度良い。
お前の中でAIは悪のようだな。
なぜだ?」
「悪……あ、いや……そう言うわけじゃ……」
ただ、人の上に何者かがいる、この状況を受け入れるにはプライドが高かった。高すぎるのだろう。
「ならば問題なかろう。
良いかゼイル? 感情に任せて動く者はこの時代に不要。すぐに仮想災厄が排除するだろう。
お前はそうなるな。私の孫のお前は『ダートマス』の誇る市民となるのだ。
良いな?」
「……はい」
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