第132話「あんたのお祖父さんとあたしのパパ……顔が同じなんだけど」
おいでませ。
「なんだって?」
「だから――」
勝利者インタビューを終えたゼイルを捕まえて臣は彼の耳元に唇の厚い口を寄せた。
ぽそぽそと呟く臣。予想外のこそばゆさにか鼻先を朱くするゼイル。
「何感じてんのよ」
「誰が⁉」
勢い良く否定する。
「こんな近くで大声出さないでよ人が来るでしょ⁉」
「見られて困るならやるな!」
確かにその通りだが、
「先生か!」
今は小言を聞いている事態ではないようだ。
「「ん?」」
近づいてくる足音が聞こえた。本当に誰かの興味を引いてしまったらしい。
「こっち」
「え? ちょ――」
ゼイルに腕を引っ張られて臣はそこに入っていった。そことはどこかと言うと――
「ちょっと男子トイレじゃないの!」
「ついでに入れ」
「そこでかい方! い~や~~~~~~~~!」
ここか?
いやいませんよディレクター?
っち、優勝者の揉め事かと思ったのに
なんて声が外から聞こえてくる。その後に数人の男が入ってきて用を足し、音と匂いが臣に届く。
「臭い」
「「おおぅ⁉」」
小さく聞こえた少女の声に男たちはびくりと体を揺らし、きょろきょろと顔を巡らせてそっと大きい方を見てそそくさと出て行った。
「ちょっともう出て良いでしょ!」
「ダメに決まってんだろ話しにくいから囁こうとしたんだろ? 見つかったらどうすんだよ?」
臣に反してゼイルは小声で。
「う……」
「さっさと話せば良いんだよ。ボクのお祖父さんとお前の親父さんがなんだって?」
「…………」
臣は改めて黙考する。上目遣いにゼイルを見て、そらし、また見る。
「な、なんだよ?」
「……言うわよ?」
意を決して。
「おお」
「あんたのお祖父さんとあたしのパパ……顔が同じなんだけど」
「…………………………………………………………………は?」
「他人の空似じゃないか?」
数分の硬直時間を経てゼイルは冷静に応えた。よくよく考えてみれば似ているからなんだと? 世の中にはそっくりな人が三人いると言うではないか。ドッペルゲンガーを含めればもっといるだろう。
「いやあんたドッペルゲンガーって……」
「んじゃ忍者の分身の術を含めればもっと」
固まった。臣の思考が真実を伝えるべきか瞬時に判断し、
「…………忍者は術使えないわよ?」
伝える事にした。
「…………………………………………………………………バカな」
「うははははははは」
顔面蒼白のゼイルに笑いまくる臣。外国少年の夢は砕かれてしまった。
「ははは――は。あー笑った」
「お前……お前……」
「話戻すわよ」
目に溜まった涙を拭いて気を引き締めなおす臣。
「番号教えて。お祖父さんの。確かめる」
「……いや、了解なしで渡せるかよ」
家族とは言え了承なしで打ち明けて良いものではない。
「気にならないの?」
「ならボクが臣のお父さんに聞くっていったら良いのか?」
「あ、それもあるのか」
鳩が豆鉄砲食らったかのように目をパチクリさせる臣。その後口元に手を持ってきて暫し黙考。
「わかった、パパの教える」
「オイオイボクら二人揃って怒られるのがオチだろ」
「良いよ怒られるくらい」
「それよりもほんとを知りたいんだよ」、臣はそう続ける。だがゼイルは。
「ボクは良くない。って言うか周りも良くないだろ? エレクトロンと綺羅星のトップの家族なんだぞ? ボクが綺羅星の代表取締役会長に怒られたらエレクトロンが何言い出すかわからないさ」
「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~」
口を閉じて唸る臣。実に不服そうだ。
「あ、じゃああたしがパパと会ってる時木陰で見ててよ」
「今度は覗きかよ……」
項垂れる、ゼイル。
「まあ良いさ、それでいこう」
渋々と了承し、両手を挙げて降参を示す。一方で臣は声に笑顔を戻した。
「良し、今日の夜あたしの残念会って事でパパとママをレストランに呼ぶから、適当なとこに隠れてね」
「こっちの対応丸投げかよ」
「お二人さーん、話は終わったー?」
「「うわぁ⁉」」
ドアの向こうからオレに声をかけられ、二人は中で壁に頭を打ち付けた。
全く、女の子と男の子が男子トイレの個室に入ってるなんて他の人間に見つかったらどうする気だったんだか。見張ってたオレとトイレの外で掃除中をアピールしている女性陣がいなかったら危うかったと自覚してほしい。
「これは二人の問題だと思うのだけど」
なぜか巻き込まれてちょっと豪華なレストランで母屋一家を待つオレたち。ドレスコードがあると言うからきちんと子供用のタキシードを着込んできたのだけど……恥ずかしい。タキシードなんて初めて着たよ。結婚式は制服だったし。オレの前に座っている涙月も白いドレスを着ていてやはり緊張しているらしく忙しなく目を動かしている。横に座るコリスは魔法処女会のシスターとしてお偉いさん方と会う時に正装をするらしく、真っ赤なミニスカドレスを着つつも落ち着いている。ちょー意外。
後ろのテーブルにはララとゾーイにゼイルがいる。こちらは言わずもがな。王室らしく大企業の孫らしく気品ある態度をとっている。
さて問題の母屋一家はと言うと――
オレは下の階を覗き見る。母屋一家が座るはずのテーブルはまだ空席で、即ち姿を見せていない。
「んまぁいです~」
いつもより声量を落として、出てきた料理を口にするコリス。ナイフとフォークの使い方も心得ている。
因みに料理代は臣とゼイル持ちである。年上の威厳として払おうとしたのだけど……無理。高すぎ。なにこのブルジョワ。お姫さま方は払えるのかと思ったら臣たちの方が恐縮してしまい結局臣とゼイル二人が払う事になった。
「ん?」
オレの座るテーブルに置かれたままになっているナイフが光っている。そう言う機能があるわけでもガラス張りになっている天井からの月の光の反射でもない。光源であるはずの後ろに目配せするとララが液体状コンピュータ【覇―はたがしら―】の機能の一つであるライトを限りなく細い線にしてこちらに照射していた。
ララと目が合って、彼女は階下に視線を落とす。見ると母屋一家――父と母、そして臣がテーブルに着くところだった。
「よー君」
涙月がデジタル写真を見せてくる。エレクトロンCEOの姿を写したものだ。写真と臣の父を見比べると――成程本当にそっくりだ。他人の空似なんてレベルではない。真っ白な髪と髪型、髭、眉毛、猛禽類を思わすつり上がった眼、しかしどこか優しげにも見える潤った目。身長も同じくらいに思う。
ゼイルの方を見ると彼もまた驚愕を表情に出していた。
双子――だろうか? 何か理由があって連絡を取らなくなった、とか。
暫く食事をする姿を見ていたが何も変わった様子はない。臣は常に笑っているし、母は優しげに目を細めているし、件の父も臣の話を余裕を失わないままに聞いている。
「ゼイル君からの伝言。サイン・セイン氏と連絡が取れないって」
密やかに声をかけてくるララ。エレクトロンCEOとは不通。まさかとは思うが……同一人物とか……どっちかが愛人の家系だったり? いやいやそれなら大事だ。――と、待てよ?
オレはある事を思い出しこのレストランのコンピュータにクラッキングをかけてみようと思い至った。この時代では物を買うのも食事代を払うのも全て基本バイオメトリクス認証だ。綺羅星代表取締役会長――臣の父は恐らくここの代金を払うだろう。その時録ったデータとエレクトロンCEOのデータを比べれば良いのだ。それで他人か双子かがわかる。
しかし顧客のデータは厳重に管理されているはずだから旨く行くかはわからないし見つかれば逮捕レベル。そこまでやる必要があるだろうか? とも思う。
とその時臣と目があった。臣は席を立って、お手洗いの方へと向かった。オレも席を立ち同じ方へと向かう。案の定臣はお手洗いの前で待っていて、
「どう思った宵兄?」
「そっくりだね」
「どうしよ~同じ人だったらさ~」
手の指を滅茶苦茶に動かし始める臣。なんか変態の手つきっぽい。
「確かめる方法はあるよ」
さっき思いついた認証機器のクラッキングの案を話してみると、
「ボクがやろうか?」
と言う声が他所からした。遅れてやってきたのはゼイルで、言葉も彼からのものだ。しかし年下に任せたりはできない。奢ってもらうし。
「オレがやるよ。バレるようなヘマはしないから。
臣、ここの支払いは父上だね?」
「いつも通りならね」
「そうなるようにもって行って」
「OK」
その後母屋一家が先に出るようにとオレたちはゆっくり食事をして、上手い事向こうが先に出た。オレたちの位置からは支払いの様子が見えなかったが臣からのメールで代表取締役会長が払ったのを知った。
オレはすぐにクラッキングを始めて、見事にデータを入手。痕跡も残していない。
「出ようか」
「はいよ」
「はぁ~い」
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