第131話『パペットウォーリア小学生の部表彰式を執り行います!』
おいでませ。
少しは迷いの晴れたゼイルだったがその翌日。
「く……そ……」
バトルフィールドに倒れこむゼイル。
懸命に上げた顔の目で見据えるのは今自分の首を押さえつけている女の子。人間ではない、パペットだ。頭から二本の角を生やしていて、手の甲に緑色の鱗がある。
パペット『竜人レートルシェ』――と言う名前だったはず。
『アイテムは使うな!』
レートルシェはゼイルではなく自分の背後に位置しているマスターユーザーに向かって叫んだ。そのマスターユーザーはと言うと。
「だ、だって……こいつ……」
気弱そうな男の子。体は軽く震えていて背中からは触手が生えていた。
「言う事聞かないんだから!」
計十本の触手が伸びてゼイルに襲いかかる。
『この――!』
しかしレートルシェの蹴撃で弾かれて、しかししかし触手は軌道を曲げてレートルシェに襲いかかる。
『すまん!』
「え? うわぁ⁉」
凄まじい膂力を持つレートルシェに投げつけられるゼイル。どこに? 触手に向かってだ。
たった今庇ったばかりなのにまさかの武器扱い。
触手はゼイルの体に当たってそのまま彼の体を拘束してしまう。そこにレートルシェが飛び込んできて触手を爪で断ち切る。
「お前な!」
『姿勢を直す時間が欲しかったんだ! 助けてやったんだから良しとしとけ!』
「そもそもお前のマスターが!」
『全くだ! ノーベ! 触手しまえ!』
「無理だよぉ……」
情けなくも涙声を上げるノーベ。しまいたくともしまえない。このアイテム――触手はノーベの意識とは逆の動きをするらしい。怯えていると逆に勇ましくなり、助けようとすると逆に攻撃する。それこそが弱虫のノーベをここまで勝ち上がらせてきた秘密である。弱気であればある程に触手は強力になるのだから。
勿論レートルシェの強さも勝利への動力の一つである。こちらが調べまくった情報によると、自分が弱かったノーベはとにかく強さに憧れた。強力なスポーツ選手のデータを集めては我流で真似し、また同時に好きな女の子の情報も記録させてきた。
結果得たパペットの姿はその女の子にそっくりな竜人になってしまった。それが本人にバレてしまって気持ち悪がられたわけだが、そうしてまた一段と気弱になってしまったノーベの代わりに触手は強くなった。その頃はまだパペットやアイテムに実体がなかったから良かったものの、触手が女の子に襲いかかってしまった事もある。そしてそれは強力になった理由の一つである。
そんなアイテムが――
「ごめんね……」
ノーベに代わってゼイルに襲いかかる。
「『ウォーリアネーム! 【浄霊されし雨は潮騒に】!』」
同化現象。ゴースト『ソル』と一体となり頭に輪が浮かび、背に悪魔の翼が生えた。
ゼイルは触手を掴むと悪魔の呪いを触手に流し込み始めた。ボロボロと崩れる触手。そのまま形勢逆転となる――と思われたのだが崩れる触手は裂けるチーズのように細かく分離して先端がゼイルを襲い続ける。
「くそ!」
空高く飛んでやり過ごそうとするゼイル。けれどもゼイルを追って来る触手。
「これならどうだ⁉」
空が暗くなった。ゼイルが呼び込んだ闇が太陽の光を遮り、更に黒い霧となって視界を封じた。
ゼイルは触手を避けて急降下しノーベに迫る。ゼイルの目には全てが見えているのか。
「悪く思うなよ!」
『さ・せ・る・か!』
「――⁉」
ノーベに向かって闇色の戦斧を降り下ろそうとしたのだがレートルシェに戦斧の腹を殴られてノーベの傍を掠って地面にめり込んだ。
『嘘でしょ⁉』
戦斧は縦五メートル、幅一メートル程の斬撃の跡を残した。余りにもな威力を見てレートルシェは冷や汗を流し、ノーベに視線を移した。
「うわぁぁぁぁぁ⁉」
斬圧に吹き飛ばされノーべは無様にログハウスにぶつかっていた。
森林都市がこのバトルのフィールドだ。
飛ばされたノーベとは対照的に触手が迫って来る。
「そいつはこれで!」
アイテム、巨大な逆さ十字架を獣道に突き立てるゼイル。十字架から黒い炎が広がって風景が幽霊都市へと変貌していく。
触手の動きが止まってだらんと垂れて落ちた。
「もうここじゃボク以外暴力を振るえない」
『本当にそうか⁉』
レートルシェが横からゼイルの頬を殴打する。だがゼイルはビクともせず。
『ホントに威力が⁉』
「そう言ったろ」
ゼイルはレートルシェを避けてノーベの元へと駆ける。
『ノーベ! 同化!』
「う……ん……」
崩れたログハウスから何とか脱出したノーベは弱々しく言葉を口にする。
「『ウォーリアネーム……【天と土に遍く竜の紋】』」
レートルシェが光球になってノーベへと向かい――
「させるか!」
『あ!』
ゼイルの悪魔の爪を受けて光球から竜人へと姿が解かれるレートルシェ。バランス悪く足を着いた為に倒れるレートルシェ。
その隙にゼイルはノーべの眼前に迫っていた。
「ハイ終了」
「痛い!」
ノーべの額にデコピンを一つ喰らわせて。
「勝敗は?」
「うう……敗けです」
『勝者! ゼイル選手! ゼイル選手小学生の部優勝です!』
歓声が会場を埋め尽くし、外にまで広がっていった。
『おお⁉』
観客の声に応えて手を振っていたゼイル。そんな中で実況が何かに驚いた声を上げた。観客は水を差されて戸惑い、実況席を見る。勿論オレたちもだ。実況のお姉さんは近くに有る観客席の出入り口を眺めていて、そこには数人のスーツを着た男性と貴族衣装に身を包んだ老人がいた。
誰だろう?
「お祖父さん」
ゼイルも姿を認め、老人を呼ぶ。
ゼイルのお祖父さん――あの人がエレクトロンCEOサイン・セイン氏⁉
『おおっと! これまで安全を考慮しマスコミに姿を見せなかったサイン氏がご登場だ!
因みに私は以前インタビューした事があるので知っておりました! 良いでしょう⁉』
ブー! とブーイング。実況のお姉さんは自慢げにふくよかな胸をそらしていた。
サイン氏は老体らしくゆったりとした動きで両手を動かすと、パチ・パチと数度拍手。それは当然ゼイルに向けられたもので。ゼイルは満足そうに笑って礼をした。
サイン氏は身を翻し、出入り口の中へと消えていく。その後をマスコミや野次馬が追走するも誰も彼を見つけ出せなかったのかすぐに戻って来て。
「ん?」
オレの近くの席に座っていた臣が汗をかいている。夏だしね。と言う理由ではないだろう。
それならオレたちだってそれなりの汗をかいているはずだ。
「臣、どうしたの?」
「え?」
オレの呼びかけに臣は弾かれたようにこちらを向いた。涙月たちも「どした?」と顔を向けてくる。
その間にゼイルはフィールドを降りて小学生の部優勝を称える表彰式を、用意された椅子に座って待ち始める。そんな彼に臣は視線を向けて、口元に手を当てた。
「どしたん臣? 考え事?」
「……うん……ちょっと……」
まだオレたちには話す気はないのか、それっきり口を開かなかった。
『パペットウォーリア小学生の部表彰式を執り行います! ゼイル選手こちらへ!』
フィールドに立った実況改め司会のお姉さんに呼ばれ、ゼイルは立ち上がり再びフィールドに立つ。
ゼイルに大会委員長から優勝旗と盾が送られ、賞金が彼の口座に振りこまれて、小学生の部はお開きとなった。
「あたしちょっとゼイルと話してくる!」
脚を動かしながら臣は今にも走り出しそうに。
「え? オレたちも祝いに行くけど」
「あーえー二十分遅れてきて! じゃないと嫌いになっちゃうよ!」
「はぁ」
わけがわからなかったから生返事をして浮きかけた腰を席に戻した。
「告白かい?」
駆け出した臣を見送って、ニンマリとした表情で涙月は目を輝かせる。
「まさか。小学生だよ?」
「あら、ワタシの国じゃ小学生も恋愛してるわよ?」
オレの脇をつつきながら、ララ。
「今時の日本人だってそうさね」
オレの逆の脇をつつきながら、涙月。
「――で、コリスは何そろ~と出ていこうとしてるの?」
「うっ……告白を覗きに行こうかと興味あります見た経験ないのです後学のタメですお勉強ですわたし熱心」
「だ・め」
「ふぇ~ん」
オレに首根っこを引っ張られて、コリスは笑い泣きだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。