第13話「私と離れて淋しいかい?」
いらっしゃいませ。
「ぬぅ」
「不機嫌だね涙月」
心の内が見てわかるほどに顔面が歪んでいらっしゃる。面白いな。
「ふふ」
「上機嫌だねよー君」
「勝ったから」
「チーム戦だと私たちの勝ちだったんですけど!」
「う」
痛いところを突かれた。そう、オレは涙月に(ほぼ引き分けとは言え)勝利したがチームは敗けてしまったのだ。母艦を落とされたから。
今回興じたゲーム『ギャラクシー・ドール』はロボットを全滅させるか敵艦を破壊するかしたら勝利となるので。
要するに一対一で勝ってもあんまり意味がなかったりする。まあチーム戦って基本そうだけど。
一対一にこだわって大局を見なかったの、反省しよう。
「そうだね、大いに反省したまえ」
「なぜ涙月が上から言うのか」
大局を無視ったの君もですよね?
「さて、もうすぐハワイに着くよ。正確に言うとハワイの端っこに作られた駅にだけど」
「あ、うん」
ごまかされたけど、まあ良いか。
アーミースワローの駅はハワイの島々には作られていない。理由は各島々が駅建設に立候補し取り合いになりかけたから。
だから駅はハワイ諸島の北側にフロートを用い建設されたのである。そこからはバスで各島に向かう。
「ハワイに着いたらまず海でしょ?
次にグルメでしょ?
次にショッピングでしょ?
あ、ゴルフもやってみたいな。
あ~火山も見てみたいなあ」
夢膨らむ、涙月。
オレはそうだな、海は必須としてそこでサーフィンやってみたいな。未経験だから。
それにだ。最重要なのは最終日に行われるアレだ。
「涙月、涙月も狙っているんでしょ? 代表」
「勿論。二人しか出られないんだからがんばろ」
「うん」
何を頑張るかと言うと。
「「パペットウォーリア前哨・学校別代表決定戦中学生の部」」
声が揃ってしまった。心地良いな。
パペットウォーリア前哨・学校別代表決定戦とは、あまりにも参加者の多いパペットウォーリアへの出場権をかけたまさに前哨戦。
学校別に予選の予選を行い、生き残った二名しかパペットウォーリア第一次予選に進めないのである。
非常に狭き門だ。
だがそれでも。
憧れている人がいる。目指すべき人がいる。超えたい人がいる。
だから必ず勝ち取ろう代表権。
「ん?」
視線を感じた。刺すようなと言う奴で、同時になんか粘っこかった。
背後からのそいつに振り返ってみると――
「……三条」
が、一人で二十メートルくらい後ろからオレを睨んでいて。
三条。三条 柚叉。オレに対してのいじめっ子。向こうはからかっていただけのつもりだろうけれど。
「よー君、気にすんな」
「いや、する」
「え~?」
ここは気にしない態度をとるのが大人かも知れない。オレ自身もスルーしたら良いと思う気持ちがある。
だけどこの視線……。この雰囲気。これは。
「あいつさ、怒っている気がする」
「何に?」
「わかんないけど、オレに向けられているのは確か」
「単に捌け口にされるようなら相手しちゃだめだよ。
同じ土俵に上がったら同じ立場になっちゃうから」
……ただのケンカなら、そうだろう。
でも。
「……涙月」
「ん?」
「あいつプライド壊されたんだ」
「へ?」
前野 誠司さんに敗けて。
オレはその時の流れを涙月に話して聞かせた。
三条がパペットバトルで敗けて、殴りかかって返り討ちにされてしまった事。
「あーそれで三条って急に大人しくなったんだ」
「うん」
自信満々だった三条。それがあんな形で惨敗した。その後三条は走り去った。つまり逃げたのだ。
落ち込んだだろう。ひょっとしたら泣いたかも。
彼のプライドはずたずたに引き裂かれ、砕かれてしまったのだ。
涙月の言うように大人しくなったのは無気力になったからで。
「それが怒りに転化したって言うなら、オレが止めるよ」
このままではオレ以外の誰かに向きかねない。涙月とか。
加えて三条の今後が関わっている。
止められる人間がオレならオレが止める。
「……わかった。
でもケンカはダメだよ?」
「うん、パペットバトルで決着だ。
三条!」
オレに名を呼ばれ、三条の肩が揺れた。揺れて、さっきよりも顔が紅潮した。ますます怒ったって感じだ。
当たり前か。見下していたオレに大声で呼び捨てられたのだから。
周りの人たちも一度こちらを見た。が、すぐに自分は関係ないかと楽しむ事に目を戻す。
「三条、学校別代表決定戦に出るんだろう?
オレも出るよ。
そこで決着つけよう」
「はっ!
こないだまで縮こまってた奴が偉そうに言うんじゃねーよくそチビ!」
嗤っていた。
嗤ってそう言った三条はすぐに背を向けた。
背を向けてあっさりと去ってしまう。
これで良い。今の言い方と返答なら三条は間違いなく学校別代表決定戦に出てくる。
怒りの捌け口を与えられて、それに飛びついたのだ。
腐っていた心に火をつけて。
「さて、後は」
勝つだけだ。
「三条とぶつかるまで勝ち残らなきゃね、よー君」
「うん」
それから数秒後、担任の教師から集合の合図が出された。
オレたち学生は皆揃ってバスに乗り込み、いよいよハワイ・オアフ島に上陸だ。
「きゃっふー!」
オアフ島に辿り着き、オレたちはまずホテルへと案内された。案内って言うかバスに乗ってただけなんだけど。
でだ。バスから降りた途端 きゃっふー! 言ったのは涙月である。
バスに乗っている間ずっとそわそわしながら車窓の向こう側を見ていたからとうとう限界を迎えたのだろう。テンション爆上がり。
ハイテンションなのは涙月だけではない。
主に女子たちがキャッキャうふふしている。
ホテルがただのホテルではなくリゾートホテルだったからだ。プールあり、ショップあり、公園あり、音楽ホールあり、バーあり、なんとカジノまで。バーとカジノは年齢に引っかかっているからいけないのだが。
男子も男子で四十階あるホテルを見上げていたり。
こちらは大人しいが、陽キャな施設に放り出されてどうして良いのかわからないって感じ。オレみたいに。
こう言う時女子の力強さを実感する。
「よーし今から部屋の鍵配るからなー。
絶対に女子の部屋に男子入るなよー。
絶対に男子の部屋に女子入るなよー」
担任教師から簡単な注意があって、鍵の配布が始まった。
ここでは四人が一つの部屋だ。班はすでに決まっていて、しかしそれは男女混合の八人組。ホテルでは男女が別れて泊まるわけだ。
事前にわかっていた事だけれど、
「くぅ! やっぱ○○とは違う部屋か!」
「遊びにも行けないんだぁ」
何て声が聞こえてきていたり。
「よー君はどうなん?」
因みに、オレと涙月は同じ班である。自由に決めて良かったから。離れる理由もなかったし。
「私と離れて淋しいかい?」
「……まあ、少しは?」
「強がっちゃってー」
「強がってませんけど⁉」
そして担任教師さんが睨んでますけど。あの教師、器量は結構良いんだよな。性格に難ありってわけでもないし、結婚に強い憧れを持っているあの人がどうしてできないのだろう?
……ま良いや。
「よーし鍵は行き渡ったな?
それぞれ部屋に荷物置いて三十分後にここに集合な。
忘れていないな? これは研修旅行だ。
まずは事前に決めていた通りに班に分かれて職場見学だ。
自由時間は昼の三時からだからな。
んじゃ部屋に行ってこーい」
「「「お~」」」
声を揃えて、オレたち。
オレと他の三人が部屋について第一声がこれであった。
「ベッドでか!」
「なんか良い匂いする」
「ってか高いなぁ落ちたら死ねる」
「冷蔵庫ジュース入ってる」
「ベランダ? バルコニー? 違いわかんないけどここも広いなあ」
などなど部屋の感想を言いあう。
ベースは白の部屋だ。清潔感溢れるって奴。
良くわかんない観葉植物もあり、良くわかんない絵もあり、お菓子もテーブルに置かれていて、バストイレ別。
贅沢なもんである。
地方都市の姉妹校がここまで豪華なホテルに泊まれているのはひとえに地区長の頑張りがあったからだ。頑張って国から教育費を受けとって小学から大学までの費用を無料にし、オレたちの親はその分のお金を学校に寄付できるようになった。
おかげでこう言った行事で贅沢ができるのだ。感謝。
さて。
ベッドもじゃんけんで決まったし、パスポート等貴重品は金庫にしまったし、トイレにも行ったし、非常階段も確認したし、時間は――十分残っているが良い頃合いか。先程までいたエントランスに集合だ。
お読みいただきありがとうございます。
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