第127話「何かなくても電話するかもだけど」
おいでませ。
断ります――そう言おうとしたら別の声がそれを遮った。聞いた覚えのない声だ。女性の声だが少し低く重みがあって、それでいて嗄れていない。ただ優しくはない。
目を向けてみるとそこには黒衣に身を包んだ女性が一人。
年の頃なら二十前半。紫の髪はウェーブがかかっていて目は真紅。黒衣で胸元と腰周りは隠れているが全体的に白い肌を惜しげもなく出している。
そして問題なのは――鋼鉄の茨が巻かれた巨大な大鎌を持っている点だ。デジタルの鎌ではなく本物の大鎌。黒から紫に変わる刃で黒く焦げたシミが付いている。
まるで絶世の死神。
姿を見ても覚えはない。ただオレの中の【紬―つむぎ―】が彼女も【紬―つむぎ―】の所有者だった事を報せている。
「誰かの知り合い?」
ララが皆の疑問を口にする。オレたちは首を横に振って否定を表すが、幽化さんだけは振らなかった。代わりに口を開き、言う。
「久しぶりだな、サングイス・レーギーナ」
「そうね幽化。首切っても良い?」
物騒!
「ダメだ」
「半分で良いから」
「ダメだ」
「……ケチ」
どう言うやり取りだろうこれは……。
「こいつは統一政府の死刑執行人だ」
――!
幽化さんの言葉にオレたちは目を瞠った。
死刑――。一時は世界各国政府が終身刑制定を条件として停止命令を出し人間社会から根絶された制度。二十一世紀の初めになくなったはずのそれは二十一世紀半ばに再び最後の独裁国と呼ばれた国が実行し始め、そこから逃げ出した国家犯罪者を裁く為に統一政府の下で行われる事となった、今も残る制度である。
その執行人が――この女性? てっきりお偉方がボタン一つで行っているものとばかり思っていたが……。
となると、彼女の持つ大鎌。黒く焦げたシミ――それは、血が凝結したものに違いないだろう。
ん? そう言えばエレクトロンのCEOは元処刑人ではなかったか? 処刑人と死刑執行人――言葉は違うがどんな差があるのだろう?
『サングイス・レーギーナさま、私たちの行動は与党の直接命令です。御下がり下さ――』
「去らんとその首落とすわよ」
『しかし』
「くどい」
サングイス・レーギーナの腕がぶれた。一瞬消えたと言っても良いだろう。一方で軍用機が真っ二つになっていて、コックピットを覆う強化ガラスは血に染まっていた。
……こうも簡単に人を……。
息を呑むオレと、口笛を吹く名も知らぬ青年、何を考えているのか良くわからない幽化さん。
「さてと」
サングイス・レーギーナはアマリリスを見やる。小さなアマリリスはエルエルと火球二人の手を強く握って弱々しい視線をサングイス・レーギーナに向けている。
「妾の情報は毒だったかしら?」
そう言うと片目を瞑ってウィンクを投げる。アマリリスは少しの間をおいて首を横に振るった。
「それは良かった。では、これを」
サングイス・レーギーナは手を振ると小さな何かをアマリリスに向けて放った。狙いは確かだったが代わりにエルエルがそれをキャッチ。それはゴルフボールくらいの赤い球体で、デジタルのものだった。
「妾のジョーカーをコピーして封じたものよ。それをどこかにぶつけて壊せば一度だけ効果を発揮できるわ。
妾は統一政府と異なって動いているのだけど協力できるのはここまで。これでも結構ギリなのよ。悪く思わないでね」
そこまで言うと今度は幽化さんを見た。
「じゃあね幽化。それとお若いウォーリアたち。いつの日にか首を切らせてね」
「「「嫌です」」」
「あん、意地悪」
さして残念そうな感じを出さずに。彼女は大きな鎌を自分の前で回転させると、それに合わせて姿を消した。
沈黙の時間が続く。下の方では落ちた軍用機が轟々と火を上げていて黒い煙がここまで昇ってきていた。
「お前たちの名を聞いていないな」
沈黙を破ったのは幽化さん。言葉が投げられた先は仮想災厄の作った空間に飛び込んできた男性二人だ。
「フォティス。ギリシャ社会人の部代表」
「ペマ。チベット高校生の部代表だ」
皆も合わせて自己紹介して、アマリリスの処遇を話し始めた。
「わたしが――魔法処女会が預かりたいんだけど」
「それが良いだろうな。オレたちは世界を背負うには小さすぎる」
「……貴方は違うでしょう、幽化さま?」
「それ以上言ったら口を縫うぞ」
慌てて両手で口を覆うララ。やはりこの二人は知り合いらしい。プリンセスがさまをつけて呼ぶとは……幽化さんは一体何者なのだろう? 聞いてみたい気持ちもあるが口を縫われるのは嫌なので聞けないのだけど。
「ではオレは戻る」
そう言って幽化さんは地上に降りて、歩いて街へと消えていった。
オレたちは耳に聞こえてきた『バトル再開のお報せです!』と言う実況のお姉さんの言葉で急いで会場へと走り出す。
「アマリリスの状態について何かあれば連絡するね、何かなくても電話するかもだけど」
と最後に神巫は涙月に言葉を投げていた。
☆――☆
ニューヨークのとあるホテルで――
「正せ!」
ホテルの大ホールに集まった全員が片膝をついて短刀を前方に置く。
次の瞬間、オレは姿を見せた。
「裏天皇幽化さまに魂を!」
登壇するオレ。ホール全面を一瞥してオレは玉座に腰を下ろした。
「話がある。仮想災厄の親について」
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