第126話「オレはアマリリスを護るよ。この新しい関係を護るよ」
おいでませ。
風景が一変した。肌で感じる空気から現実世界ではない。世界の全てがグラフィックでできていてとてもクリアに視える。
澄んだ空気の広がるそこは綺麗な川があって動植物が溢れている。ジャングルと言うには整っていて森と言うには賑やかで。
川の間の中州にはアマリリスとパランが。
川の向こう岸には、十一の人影と一匹のドラゴンがいた。
「――ユメ」
それに、先程姿を見せた黒髪の女も。となるとここにいるのは全員――
「久しぶりだね、宵」
彼が浮かべる笑みが、どこか人間離れして見えた。
仮想災厄――その頂点にして父、ユメ・シュテアネ。
「今日はアマリリスの奪取と、人間への宣戦布告に来たよ」
そう言った途端。
「――!」
何かが弾ける音がした。電流のそれに似た物音はユメが払った手から。幽化さんが銃弾を放ったのだ。そしてそれをユメが払った。余りにも突然で一瞬だったから全く反応ができなかった。
「ボーとするな、宵。向こうは既にオレたちを殺す気でいるぞ」
「殺す――」
「宣戦布告に来たと言ったよ」
ユメの声。それが想像以上に近くでして――彼の声が彼のパペットを通して発せられたのだと気づいたのはパペットの顔が間近に現れた時だった。
頭半分の金の長髪、編みこまれたもう半分の髪の毛。真っ白の皮膚と腰布。全長はつい先ほどまで見ていた自由の女神像よりも巨大で、肩には天球が担がれている。
疾い。そして圧倒的な圧力。『神』の放つ神威。
天空神アトラス――
その手に皆――いや幽化さんを除いた皆が払われてしまう。
「うぁ⁉」
「きゃあ!」
地面を転がり、木に叩きつけられ。動物たちが一斉に逃げていく。
【――!】
「アマリリス」
こちらに駆け寄る仕草を見せたアマリリスを言葉だけで制すユメ。アマリリスは金縛りにあったかの如く震えて体を硬直させる。
「皆」
ユメの一言で仮想災厄が動きアマリリスを捕まえようとして――歌が流れた。幻想的な歌で、人を魅了する声。これは――巫。
仮想世界が揺らいで壊れ始めた。歌が構成を邪魔している。
空にヒビが入って、
「よっしゃ――!」
「オオオ!」
二人の男が飛び込んできた。
体が――体の中にある【紬―つむぎ―】が呼応する。あの二人は【紬―つむぎ―】の所有者だ。
「まずは『ジャブ』!」
一人が獣に変化した拳を打ち、もう一人が溶けた金を仮想災厄の上方に出現させた。
「――!」
だが獣の拳は飛び出した仮想災厄の一人に受け止められ、金は凝縮・凝固され剣となって男に逆流する。
「――っち!」
二人はそのまま中州に着地してアマリリスの前に陣取った。
ユメは二人を見て、口角を持ち上げる。笑んだのだ。
「OK。わかった」
アトラスを消して、ユメは両手を力なく挙げる。
「アマリリス、手厚く可愛がってもらいなよ。行こう皆」
そう言うと眩い光を発生させて仮想災厄はその中へと順番に消えていく。
「待ったユメ!」
最後に残った仮想災厄、ユメに向かってオレは声を上げた。
「?」
ユメは静かに振り返る。
彼に言っておく言葉があった。宣言と言っても良い。
「アマリリスに逢ってわかったよ。
オレはこの子に逢えて凄く嬉しい。じゃあその嬉しさはどこから来るのか?
この気持ちは、新しい教室に初めて入った時に似ているんだ」
「……教室?」
「オレは幽化さんを目標にしてきたし今もそれは変わらないけど、正直アマリリスや仮想災厄に関しては『巻き込まれた』と感じていた。実際そうな気もするし。
でもわかった。
始まりなんてそれで良かったんだ」
「放り込まれた教室でも?」
「ほとんどの学生はやりたくない受験をするものだよ。
でもね、新しい教室に一番に行くと思うんだ。
次に来る人はどんな人だろう? うまくやっていけるだろうか? ちゃんと友達になれるだろうか?
きっとオレは、アマリリスのパペットと初めて逢った時からこんな気持ちでいたんだ。
そしてずっと一人だった教室にアマリリスがやって来た。
嬉しさがこみ上げた。アマリリスとどんな交友が持てるのかって。
不安もあるよ?
でも新しい関係に、オレの心は跳ね上がっている。
だからユメ。
オレはアマリリスを護るよ。この新しい関係を護るよ。
ユメがこれを壊そうとするなら、オレは君たちを倒す。
オレの意志で」
こんな事をユメに言ってもムダかも知れない。そもそも彼が学校に行ったかわからないし。
でもこれは言葉にする必要があった。オレ自身に誓う為に。
「……わかった。宵、君の宣戦布告は受け取った。
期待しているよ、色々とね」
ユメは動じない。彼の自信は揺るがない。
微笑すら残して彼は家族の元へと消えて行った。
同時に世界は完全に崩壊して、オレたちは元のジメジメと熱の籠った世界へと帰還した。
「ふぅ。皆戻ったね」
軽やかな声に振り向いてみると巫が――神巫がシスターたちと一緒に空に立っていた。
「それに――アマリリス」
優しく、母性で微笑む神巫。視線の先にいるアマリリスはパランに抱かれて不安そうに目を揺らしている。
けれど。
【宵】
オレを呼んだ。呼んで、
【――ありがとう】
と言った。
相変わらずの不安そうな表情だったが、それでも精一杯微笑んで。
だからオレも不安を取っ払うように笑んだ。
側に寄るエルエルと火球に手を引かれて立ち上がるアマリリス。
オレはアマリリスに駆け寄ろうとして、脚を止めた。『彼ら』が現れたからだ。
「――?」
空を往く軍用機。が、旋回してオレたちを取り囲む。
まさか。
『こちらは統一政府軍です。AIアマリリスを回収します。速やかに離れて下さい』
機械的な声。スピーカーを通しているとは言え余りにも単調。きっと何を言うかはあらかじめ決められていたのだろう。
統一政府が出てきたとなると逆らったら捕まるのは自明の理。だけれど。
誓ったばかりだ。宣言したばかりだ。
オレの心は変わらない。
逆らったら捕まる――だから何だ。どう動くべきかなんてもう決まっている。
「断――」
「軍はすぐに下がれ」
「え?」
お読みいただきありがとうございます。
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