第124話「俺は俺の存在理由を否定しない」
おいでませ。
☆――☆
時は五分前に戻り、私――涙月とプラエスティギアトレス。
私を包む射手座の真っ赤な矢の軍勢。
「射れ」
プラエスティギアトレスの宣告と同時に矢がこっちめがけて一斉に降り注ぐ。
「ジョーカー!」
「ムダだ、吸収できるようなエネルギーではない」
「私の同化状態のジョーカーが吸収だけだなんて言った覚えないよ」
「――⁉」
私を水色の宝玉が包んで、そこに当たった矢の全てがプラエスティギアトレスに向かって跳ね返った。プラエスティギアトレスは蟹座の甲羅でそれを防ぐも幾つかは甲羅を貫き体に突き刺さる。
「反射――だと」
シンプルでいてデタラメな力だ。
「ごめんね私怨はないけどここは退いて貰うよ」
「退く? 私怨がなければ倒すのに躊躇するか?」
「それが人間だし」
倒してしまう事に躊躇うのが。その気持ちを忘れてしまったらただの暴力者だ。
「違うな。それ『も』人間だ。俺の母を育てた人間は純粋な狂人だ。それもまた人間」
「でも私はそのタイプじゃないよ」
「そうか。ではこれでもその気になれないか?」
プラエスティギアトレスが右手を横に伸ばして人差し指で何かを指した。
「子供?」
指の先では逃げ遅れたのか少女が横たわっていて。
「先程パランに攻撃しようとした内の一人だ」
そう言って蠍座の紋章を輝かせ小さな針を少女に打ち出し刺した。
なにを!
「毒を打った。もって十分。お前はこれでも俺を倒す気になれないか?」
私は少女に駆け寄り体をスキャンする。確かに毒素が血管を駆け巡っていて、私は唇を噛む。
「……君を倒したらこの子は助かるの?」
「そうだ」
「なら、倒させてもら――」
「ちょ――っと待ったぁ!」
「「――⁉」」
プラエスティギアトレスに向けて空から砲弾が打ち込まれた。砲弾の幾つかを体に受けプラエスティギアトレスは舗装された歩道に転がる。
もうもうと上がる土煙。上空にそびえるのは――灰色の街『ルフトマハトゥ』。
「繭のお兄――」
「前野 誠司! だ! 助っ人に来た!」
「兄さんちょっと静かに」
近くの木の上に登っていた誠司さんの頭を繭の投げた小石が打った。
「痛い!」
頭を押さえた瞬間足を滑らせて誠司さん落下。
「繭」
「【覇―はたがしら―】があれば仮想災厄とも戦えるようです。涙月、敵を倒しますよ」
「ただし恨みではなく純然たる正義でだ!」
「兄さん、うるさい」
落ちたと言うのに元気な人だ。
「涙月、貴女は【紬―つむぎ―】を託されたんですよ。ならその意志と力の意味も考えなければ」
「力の意味……?」
「力を持つ人はそれを正しく振るう義務があると私は思います」
「正しく……ん」
私は頷くと改めてプラエスティギアトレスに向き直った。その頃プラエスティギアトレスは既に立ち上がっていて服についた砂を叩き落としているところだった。
「話し合いは済んだか?」
「うん」
「そうか」
プラエスティギアトレスが地面を強く踏む。アスファルトが砕ける程に強く。足には牡牛座の紋章が輝いていた。
「行くぞ」
「プラティ」
「――!」
プラエスティギアトレスのすぐ傍で光が輝いて。これは?
「母上」
「戻って。アエリアエを葬にかけるから」
「……やられましたか」
「そう」
「……わかりました」
光の中へと入っていくプラエスティギアトレス。
「ちょっと! あの子治すまで逃がさないよ!」
「――ああ、そうだったな」
水瓶座の紋章が輝き、少女を水が包み込む。
「睨むな。あれは聖水。治療をしただけだ」
「……根っからの悪人ってわけでもなさそうですね?」
ゆえに戸惑う、こちら――人間。
「悪人? 俺たちは作られた時に与えられた命令に従っているだけだ。お前たちが法に従って生きているのと同じ。それともお前たちは法に従う人間を悪と言うのか?」
「人間の社会で生きていくなら人間の常識でお願いする!」
「断る」
「そんなあっさり⁉」
「俺は俺の存在理由を否定しない。俺は仮想災厄。だがその存在は悪ではない。それでも俺を悪と言うのなら俺たちを作った人間を裁くんだな」
そう言ってプラエスティギアトレスは光へと姿を消した。
☆――☆
「おやや?」
自由の女神像の足元までたどり着いたコリス、ララ、ゾーイ。同じくそこまでたどり着いていた他のマスターユーザーたちと同様に上を見て止まる。大半のユーザーはパペットを攻撃され見学しているだけだが無事な人は攻撃のタイミングを伺っている。
それを実行に移せないのは――
「どっかで見たかな?」
自由の女神像の周りを旋回する獣を見てコリスは小首を傾げた。
「『聖剣』じゃない」
「あ!」
剣の聖獣『シンボルスォード』の背に乗る氷柱さん。間違いなく彼だった。攻撃をせずただ飛び続けているようで。
「オイいい加減降りろ!」
「幾ら前回中学生トップでも攻撃すんぞ!」
等といったヤジを浴びせられている。
「今どう言う状況だ?」
辺りにいた一人を捕まえてゾーイは状況説明を求めた。相手は軽く舌打ちをして憎々しげに口を開く。
「あいつ、あのパペットを攻撃したらそれぞれのパペットを殺すってんだよ。だから皆見てんの。けどもうどいつもこいつも限界だろ。じきに攻撃されて落っこちるさ」
「成程。
そこの! 地衣 氷柱!」
「ん?」
声に気づいた氷柱さんは聖獣の背から下を覗き込む。
「そのパペットを守る理由を聞こうか!」
氷柱さんは少し考えて聖獣から飛び降りた。着地にアスファルトが砕けたが足の方は無事らしくすぐに立ち上がる。
「別に降りて貰う必要はなかったのだが」
「女性に対し上から語るほど偉くなったつもりはないよ。
君たちもあのパペットとアマリリスを捕獲しに来たのかな?」
「違いますよー。わたしたち歌詠鳥からアマリリスを頼まれたようなもんですし助けるつもりで来たんです」
「歌詠鳥?」
「ん~? アマリリスの子供、みたいな? とにかく大丈夫です」
「貴方はどうしてあの子たちを守ってるの?」
「……あ、そうか、プリンセスですね?」
「わーわー! シーシー!」
慌てて人差し指を自分の口元に持っていくララ。
「その辺の事情は内緒で」
「? ……ああ、そうですね、お忍びですか。
ぼくは綺羅星からの要請でアマリリスを保護しに来ました。
貴女方は?」
「宵のお友達はお友達なのでご挨拶に」
まずはコリスが。
「特に敵対する理由はない。金にも困っていないのでね」
次にゾーイ。
「ワタシは――そうね、宵たちが守りたがってるから――」
最後にララ。
「宵とララさんはある意味一線を超えた仲です!」
「違うから! 全部事故だから!」
自分の身に起こった事を鮮明に思い出して顔を朱くするララ。コリスの口を手で塞ぐも氷柱さんには伝わったようで、
「事故で……捧げましたか」
「捧げてない!」
伝わったのは歪んだ答えだった。
「とにかく! 早くアマリリスを保護しましょ! さ! ほら! 行った行った!」
三人の背中を押すララ。
「ああ、女神の内部から行く必要はありませんよプリンセス。
シンボルスォード!」
パペットを呼ぶ氷柱さん。それに気づいたシンボルスォードが首をこちらに向けて降下し始めた。
「さ、お三方。この子の背に」
「ありがとう」
一人一人の手を取って紳士的にエスコートする氷柱さん。
『お前また恋人に逃げられるぞ』
「何か言ったかなシンボルスォード?」
輝くエネルギーソードの鋒をパペットの首にちょんと当てる。
『己のパペットを脅すなバカ者』
と文句を口にしながらもシンボルスォードは翼を羽ばたかせる。シンボルスォードは自由の女神像を旋回しながらアマリリスのいる位置まで上昇し、到達すると止まった。
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