第120話「……匿って」
おいでませ。
☆――☆
「はぁ……」
「……ふぅ」
ベンチに座り込むオレとアトミック。横には紙袋が大量に。二人共歩き疲れてぐったりと背をベンチに預けている。汗が服と肌を密着させていて気持ちが悪い。
「女三人寄れば姦しいって日本では言うけれど……」
「凄まじいパワーだな……」
総距離にして二十キロメートルは歩き回っただろうか。涙月とコリスにララ、女の子三人の買い物と食事につき合わされてもう日が傾いていた。
しかも――
「まだお腹に入るんだね……」
その三人はと言うと今も移動アイスクリーム屋の前であれにしようこれにしようと絶賛お悩み中。
「オレ今何か食ったら吐く自信ある」
「こっちに向かって吐くのは勘弁してね」
暫くして三人はこちらに戻ってきて、二段のアイスを差し出す。オレとアトミックは視線を交わして苦笑しつつそれを受け取った。
あれ?
「数多くない?」
一人一つだとすると、二つほど多い。
「あ~これはね~」
と言いつつララが少し離れて行った。様子を見守っていると一見普通の地元民に見える男性二人に話しかけて、アイス二つを手渡していた。
あ、ひょっとして。
「SP?」
「そ」
戻ってきたララに尋ねてみた。つまりSP――シークレットサービスの分も買ったと。
「なによジロジロ見て」
「いや……」
きっと彼女は周りに好かれているだろうなと思った。お父さんにしても誤解を持っているかも知れない。良く知らないから口には出せないけれど。
「さてお嬢さん方、もうショッピングは終わりで良いのかな?」
「そだね、軍資金も尽きそうだし」
投影されたディスプレイに残金を表示させて、涙月。
「涙月、上陸初日だって言うのにこれからどうすんのさ」
「そこはほれ、旦那の甲斐性次第?」
「あ、オレがお金出すんだ」
こっちもこっちで出せるお金少ないんですが。
「へぇ、二人はそう言う関係なんだ?」
「お二人はラブラブなのです」
「将来的には『そう』なってるつもり?」
疑問をオレにぶつけてくる涙月。だからオレは潔く、目をそらした。
「良いな~ワタシはどうなるだろ」
そう呟いてララは早く流れる雲を見上げる。
「ではオレはどうでしょう?」
ララの前に跪いて、アトミック。おお……これが英国紳士か。
「あっはっは。住む世界違いすぎ?」
「あはは。昔から身分違いの恋は皆の憧れですよ」
「考えとく。あと」
ララはオレを見る。楽しそうに目元と口元を歪めて言う。
「『あれ』の責任はとってもらうから」
あれ? あれとは――あれか。
「オレのせいになんのレースの神さま?」
「言うなー!」
アイスが顔面にぶち当たった。食べ物を粗末にするとは。
「ワタシのアイス!」
自分でぶつけておいて何を言うか。
オレはため息を吐きつつティッシュを出して、もう片方の手に握っているアイスを差し出した。
「ほら、オレのあげるから」
「…………」
目を瞬かせるララ。光を浴びて綺麗なグリーンに見える目を右に左にと動かして鼻先を朱くして、
「……貰う」
アイスを受け取った。
「……ん?」
涙月が笑顔で固まっていた。どこか複雑そうな表情にも見える。
「間接キスだからだろ?」
「あ」
「言うな!」
「痛い!」
ララに紙袋をぶつけられるアトミック。
そう言えば差し出したアイスは食べかけだった。
「あっと……」
「返さないからねっ。もうワタシも口つけちゃったしっ」
アイスを掌で隠して。
「やれやれ、皆子供だな」
「「「やかましい!」」」
「痛い!」
「はぁ、ドッと疲れた」
代表ウォーリアにはホテルが用意されていて、ここはオレの部屋だ。疲れた体を横にしたベッドから窓の外を見ると一回り程小さなホテルがあって、涙月とコリスはそちらに泊まっている。
二人が泊まっているはずの部屋あたりを眺めてみると、カーテンがかかっていて中までは見えなかった。覗けたら一大事だが。
そう思って空に目を向けてみると、星が欠けた。
「え?」
「よっと」
なんと暗闇から、ララがルーフバルコニーに現れて。
「…………」
「ん? どこ見て――あ!」
ララは片膝を立てた格好で着地していて。つまり。
「また見たわね⁉」
「見せたんだろ⁉ レースの神さま!」
「きゃ――――きゃ――――きゃ――――!」
「ちょっとご近所迷惑! まず入って!」
窓を開けて強引にララを引きずり込む。勢い余って二人してベッドに倒れ込んで。
「…………」
「…………」
あと一ミリで唇が重なり合うと言うところで二人の顔が止まっていた。
沈黙。静寂。まずララの顔が朱く染まっていって、それに釣られてオレの顔も朱くなってしまい。
「……なにワタシに欲情してんの」
「してない! あと! なんだ――」
「なによ?」
「顔と……胸を離してください」
「胸……」
自分の胸を覗き込むララ。
そのそこそこ大きく人を篭絡させる程のとても柔らかなものがぺちゃんこになっていて、しかも、襟元からはっきりと下着が見えていて。
「……上もレースなんですね」
「きゃ――――きゃ――――きゃ――――!」
「だから騒いじゃダメだってば!」
ララの顔に枕を押し当てて叫びを封じる。そのままララが落ち着くのを待って枕を離した。
「貴方と出逢ってワタシ、散々よ」
「オレだって」
いじけるララと、いじけるオレ。
「おいしい思いしたくせに! ワタシの! 純白の体で!」
「誤解招く発言ストップ!」
ベッドの上に立ち上がって、一つの枕を投げつけ合う。
「はぁ……はぁ、やめよう。意味なさそうだし」
「さ……賛成するわ」
二人一緒にベッドから降りて、冷蔵庫からコークの瓶を二つ取り出し一つをララにあげた。
ぐびっと一口飲んで。
「で、どうしてオレのところに?」
「え? あ、ああ、そうだった。ふぅ……匿って」
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