第119話「僕と活(い)きてくれる?」
おいでませ。
☆――☆
一年前
イギリス・ロンドンの郊外
「ピュア、目を開けなさい、ピュア」
彼方から聞こえるかのような声に少女は重い瞼を静かに、一ミリだけ開いて、また閉じた。
「ピュア、朝よ。起きて」
さっきよりもはっきりとした声。霞にかかっていた意識が再起動して少女は瞼を開いて瞬きをした。ライトが眩しいようだ。確かに寝起きには良くない気がする。
火薬の匂いに少女――星のある夜空に似た黒い長髪を持つピュアは鼻をひくつかせて周りを見た。
死体があった。
体中に穴を開けていて、流れる血は既に凝固している。知っている顔だ。昨日まで一緒のチームにいたはずだ。活躍も名前も――思い出せないが。
「おはよう、ピュア」
「……おはよう」
ピュアは死体にさして興味を引かれず、すぐに目を離して声をかけてきている女性を見た。
ブロンドの髪を適当に首のところで纏めていて、ゴムにも飾りっけがない。白衣は着ていないがここの副所長だ。
「ご飯よ」
副所長は盆を下におろす。乗っていたのはサンドイッチが五つとイチゴ、ミルク。
「ありがとう」
ピュアは無表情でそれを口に運び始めた。死体の横で。
「ピュア、戦場では常に眠りは浅く、すぐに物音と気配に反応できるように。食べ物は吐いてはダメよ」
「……うん」
そう言われてもなかなか眠りの深さは自分では調整できない。運動量が少なければ浅いし、多ければ深い。それだけだ。
サンドイッチはきちんと皿に盛り付けられていたがきっと買ってきた物を並べただけだろう。しかし彼女にとって特に動く感情もないようで、ピュアは最後の一口を口にした。
イチゴを食べて、ミルクを啜る。熱そうだ。
「……歯、磨いてくる」
部屋の隅に設けられている簡素な洗面台で歯を磨いて、顔も洗った。
「ピュア、今日は人間じゃなくて自動人形と訓練よ」
「……それは、戦争に役立つの?」
「ええ。戦争は無人機がメインよ。人は安全な場所から構えているだけ。その方が良いでしょう? 人が死ななくて」
ピュアは顔を拭いていたタオルを止めて転がる死体を見た。
だったらこの子は何の為に死んだのだろう?
「場所を移しましょう。おいで」
副所長の後に付き従ってピュアは部屋を出た。
ライト以外飾りのない冷たく白い通路を通って外に。朝日に瞼が少し落ちた。
「今日はここで訓練」
足が止まったのは、何もないアスファルトの床が広がるだけの広大な空間で。
「ナノマシンを散布するわ」
広場の数カ所に設置された機械からナノマシンが散布され、収斂。中世の街が再現された。
「自動人形を配置」
副所長はピュアにではなく口元のマイクに向かって言った。
程なくして機械でできた大小、姿形の違う自動殺戮人形が無音で現れて、副所長の合図でピュアに向かって、或いは自分にとって優位になるポイントへと移動を開始。
「やりなさい、ピュア」
「…………」
返事はなかった。既にピュアも殺戮モードに入っていて見ているのは自動殺戮人形だけだった。
副所長はすぐに安全圏へと退避する。
「どうかしら? ユメ」
「うん。彼女無表情だね」
ため息を一つ零す、僕――ユメ。
視線の先には自動殺戮人形をキルするピュアの姿がある。
「あら、反応があった方が良いの?」
「当然だよ。感情のない人間なんてつまらないじゃないか」
副所長は僕から視線を外す。
人間じゃない貴方が人間を語るなんて、とシラけている。
「……まあ、ピュアはエネルギー体ですから」
「それを人の体に入れたんだよね? 本当に僕と子供を作らせる気?」
「勿論。所長は父になる為に貴方を、母になる為にピュアを育てているのだから」
嫌味の篭った視線を僕に向ける。僕はそれに気づいたが無視。
「ちょっと、ピュアと話してくるよ」
「え? ちょっと待って、今あの子はキルモードよ」
「構わないよ。僕とパペット、それにアイテムもあるんだから。
それとも綺羅星とエレクトロンが作ったパペットシステムは女の子一人に負けるのかな?」
冷ややかな視線を副所長に向ける。
「……エレクトロンは兵器利用を考えてパペットシステムに手を貸したけれど綺羅星はゲーム利用しか考えていないわ。どこに欠陥があるか――」
「僕に欠陥があると疑うのかい?」
冷たいものが副所長の背中に流れただろう。
汗ではない。怖気の類が。
僕が殺気を放ったからだ。
「……わかったわ。ユメを入れてあげて」
「こんにちは、ピュア」
「…………」
ピュアはナイフを手に持つと僕の心臓に向けて突き立てた。あっさりと。けれども流れる血はない。
「?」
「僕はユメ。ユメ・シュテアネ。
君、その黒髪長く伸ばしているけど戦地じゃ邪魔じゃないの?」
「……気に入ってるから」
ナイフを抜き、今度は首に突き立てる。
「そう。確かに綺麗だ」
黒く腰まである髪は太陽光を当てられて紫にも見える。星に似た光があって、流れる宝石を彷彿とさせた。
僕はナイフを握るピュアの手を取って、握手。
「ピュア、君にこの質問を投げる。返事は今じゃなくて良いから。えっと、
僕と活きてくれる?」
半年後
ピュアは敵指揮官の男の胸に刺したナイフを抜き取って顔についた返り血を腕で拭う。
「お母さまーこっち終わりました」
「こっちもだ」
集まってくる十二人の仮想災厄。
「僕も終わったよ」
「お父さまの嘘つき。見学してたくせに」
「あ、バレた?」
その光景を見て、ピュアは笑んだ。
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