第118話「レースの神さま」
おいでませ。
☆――☆
翌日 現地時間午前七時、世界戦の舞台ニューヨークに到着。
「着・い・たー!」
「ですー!」
ぴょーんとアーミースワローから飛び降りる涙月とコリス。スロープがあるのにそれを一気に飛び降りてしまった。慌ててオレも後を追う。
発着場から上を向くと自由の女神像が威風堂々と立っていて威光を放っている。
左右を見ると他の地域から来たアーミースワローが並んでいた。少しずつ色や形が変わっていて、それぞれの文化が伺える。
その一つの傍を通り過ぎた時――
「すみませんどいて下さい!」
「え?」
上から降ってきた言葉に顔を上げてみると、なんと女の人が降ってくるではないか。はい?
そこからの出来事はスローに見えた。
女の人がスカートを押さえていて、
着地する為に足を伸ばして、
オレの、頬を足で踏んで、
そのまま落下して、
オレは倒れた。
「…………」
「…………」
オレの見つめる先には、と言うかオレの胸に密着するそれは、白いレース。
「…………」
「…………」
女の人の顔が真っ赤になる。いや、頭の先から爪先まで。女の人は震えだして、オレの股間を鋭く殴打。
こう、ゴッ! と。
オレは一瞬で意識を持っていかれて、口から魂が出て行った。
顔を抑えてさっさと行ってしまう女の人。
あんぐりと口を開けていた涙月がオレの魂を口の中に押し込んだ。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
遅れて戻ってきた意識でオレは痛みを必死に堪える羽目になったのだった。
「これが! ラッキースケベ!」
写真を撮るなコリス。
「AHAHAHAHAHAHAHAHA!」
無遠慮な笑い声。誰だこっちの苦しみも知らずに!
オレは涙目を拭いながら声のした方を見て、「あ」と声を漏らした。
「アトミック・エナジー!」
「ハロ~」
金色の髪をかきあげて、少年は挨拶を口にする。
アトミック・エナジー。イギリス中学生トップ。オレより頭一つ分背が高い。
「君たちもハロ~」
涙月とコリスに向かって、アトミック。
「ハロ~」
コリスは親指と小指を立てた手をくるくると回しながら気楽に応じ、
「ふ、私ナンパ君には意外と厳しいよ」
涙月はニヤリと笑った。
「ニュース観たよ、アトミックがイギリス代表だって?」
「そうさ。そっちも無事に来たみたいだな。っつかいきなり美味しかったな?」
「あ、いや……」
思い出して顔に熱がこもった。
「彼女はスイスの高校生代表ウォーリアだぜ」
「え?」
ウォーリアだったのか。
そう言えば、良く考えれば普通なら先程の高さから飛び降りて足が無事と言う事はないだろう。オレと言うクッションがあったとしても。
振り返ってスイスのアーミースワローを見上げる。彼女は最低でも一階通路から飛び降りたはず。地上までは軽く二十メートルはある。無事だったのは【覇―はたがしら―】で膂力が上がっていたからだと思われた。
では、何を焦っていたのだろう? 単に落ち着きがないだけか、それとも何かから逃げていた?
……まあ良いか。あまり詮索するのも失礼だろうし。高校生代表ならお互い勝ち上がったとしても会うのは数日先――と思っていたのだが。
「あ」
「あ」
朝食を摂ろうと寄ったハンバーガーショップで再会してしまった。
よくよく見ると彼女の格好は妙だ。赤いミニスカートのドレスだが、一般人が着るには少々豪華な気がする。一般的な普段着データを【seal―シール―】にダウンロードしていないのだろうか?
目を止めて見ているとテーブルについていた彼女はニコッと微笑んで、
「全部忘れなさい」
と言ってきた。無理です。衝撃が走ったので。身にも心にも。
「ふ」
オレは不敵に笑んで、言った。
「レースの神さま」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっぁあっぁあぁっぁぁあぁぁぁ!」
とんでもない悲鳴。思わず仰け反った。
「ちょ! 声大きい!」
「忘れなさい! 忘れなさい! 忘れなさい!」
顔を朱くしてオレの首を自分の長すぎる銀髪で絞めてくる。蒼白一直線のオレの顔色。
「死ぬ! ほんとに死ぬ!」
「――はっ」
どうやら正気に戻ったらしい。銀髪を掴んでいた手を離すとわなわなと震えて、オレの股間を蹴るべく足を振り上げ――蹴った。だがしかしbut!
「いた――――――い!」
悲鳴を上げたのは彼女だった。
「な、なに仕込んで――――」
「ふ、同じテツは二度と踏みません。既に鎖パンツをダウンロードして履いています」
この時代【seal―シール―】を含む電子衣料はナノマシンでできていてモデルをダウンロードすれば画像をタップするだけですぐに変化させられる。
「誰がそんなもんアップしたの……そしてそれを履くとか貴方過剰防衛だわ」
「でも役に立ったし」
「ぐぅ」
蹴った足を抑えながら彼女はぐぅの音を上げた。ホントにぐぅって言うんだ……。
「まぁまぁお互いそこまで」
二人の間に入って仲介しようとするアトミック。涙月もオレの肩に手を置いて、コリスはレースの神さまの首に腕を回した。
「まさかプリンセスがこんなところで正体を明かされた挙句に暴行で捕まりたくはないでしょう? 膀胱への暴行で」
つまらないギャグまで飛び出した。――――って、アトミック今なんて言った?
「プリンセス?」
「そうさ宵。このお嬢さんは王政を取り出したスイスのプリンセスだよ」
「………………………………………………………………………そんなバカな」
「んん」
そのプリンセスは喉を鳴らして、スカートの端を持ち上げた。カーテシーと言う奴だ。
「レア・キーピングタッチです。以後お見知りおきを」
「……天嬢 宵――です。あの、ひょっとしてお付の人から逃げてます?」
今までただの元気良すぎる人かと思っていたが、お姫さまとなれば話が違って来る。
「挨拶以外で敬語はいらないわ。ええ、逃げてる」
「どうして?」
護ってくれているんだろうに。
「大会には身分を隠して出てるの。特例で参加者名簿には『ララ』の名前で登録してるの。なのにパパったらワタシに内緒でSPをつけてたから、逃げた」
「娘が心配なだけ――」
「いいえ。あの人にとってワタシは政治の道具って奴よ。そのワタシがバトルで傷物にならないか気にしているだけ。いずれどこかの男を婿に迎える為に」
「んじゃあさぁ」
割って入ってきたのは涙月。レア――ララの手を強く握って。
「もうその格好はバレてるんだよね? んじゃ変装しなきゃ」
と、楽しそうに笑うのだった。
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