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AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~  作者: 紙木 一覇
前章 ~小さな蛇は夢を見る~
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第116話「人体機能を拡張する液体状コンピュータ【覇―はたがしら―】だ」

おいでませ。

「さてと」

「ん?」


 靴の底がプールサイドを叩く音。(スイ)さんがこちらに――涙月(ルツキ)に近づいてくる。彼は涙月の正面まで来ると、じっと彼女の顔を見学し始めた。


「三十センチ以内に近づくとセクハラです」

「マジか」


 そう涙月に言われて吹さんは顔を離し。


「ま、子供に興味はないし人の女に惚れるほど周りに良い女がいないわけでもねえから手なんか出さねぇけどよ」


 オレを横目で見て、安心しろと言った風に軽い笑みを浮かべる。大人の余裕だ。


「ちょいと待ってな」


 吹さんは後ろを向くと、手を素早く動かし始めた。【紬―つむぎ―】は着けていないからサイバーコンタクトを操作しているのだろう。彼は一分強ほど話すと満足そうに頷いて涙月に向き直った。


「ほらお嬢さん」

「え? わっ」


 吹さんが放ってきた何かを涙月は慌てて両手で挟んで止めた。見ると小瓶だ。赤い液体が入っていてコルクの栓がしてある。

 まさか――


「血じゃないっすよね?」


 どうやら涙月もオレと同じ想像をしたらしい。赤い液体に月の光を通しながら問うている。


「血だな」

「お返しするっす」


 小瓶を投げ返す涙月。


「冗談だよ」


 更に投げ返す吹さん。


「何なんっすかこれ?」

「【紬―つむぎ―】から取れたデータを元に開発改善改良された後継機。人体機能を拡張する液体状コンピュータ【覇―はたがしら―】だ」

「「――!」」


 液体状コンピュータ?

 小瓶を大切そうに両手で包んでオレのところに駆け寄ってくる涙月。


「こんなんだけど」

「うん」


 小瓶をオレの目の前に持ち上げて見せる。オレはそれを凝視するがどう見てもただの液体にしか見えない。血液をじっくり見た事はないがその液体は赤黒くてライトに当ててみると光が乱反射した。そうして見える色は赤黒から鮮やかに光る赤に変化して見える。


「普通はナノマシンあたりを血管に流すが、そいつは流体にコンピュータの性質を持たせたものだ。簡単に言うと新しい機能を持った血液ってところだな」


 血液にコンピュータの性質・機能を……考えなかったなそんな方法。


「これを……どうすれば?」


 おずおずと聞く涙月。


「飲めば良いのさ。ぐいっと」


 まさかとは思うが――


「毒だったり」


 ないとは思うが、一応聞いてみる。


「しねーよ。俺がお嬢さん殺してどんな得があるってんだ」


 それは、まあ確かに。

 オレは涙月に目配せする。「飲んで」と言う意味を込めて。

 そんなオレに涙月が目配せを投げ返してきた。「よー君女の子に良くわからないもん飲ませるのかい?」と言う意味を込めて。


「毒見しろと?」「うん」「オレが死んだらどうすんの?」「私が死んだらどうすんの?」

「オイオイ目だけて会話すんなよ仲良いな」

「あんさんにもそれを受け取る資格はあるんでっせ、(ヨイ)

「え?」


 いつの間にか那由多さんと母屋(オモヤ) (オミ)――臣が近づいてきていた。


「それは本戦第三戦でウォーリアに導入されるものなんでっせ」


 そうなのか。ん? それなら。


「あたしもらえるんじゃん⁉」

「うふふふふふやっとわかったでっか?」


 悪戯っ子の顔を見せる那由多さん。代表取締役会長のご令嬢で遊ぶとか勇気ある。

 と言うか今回のバトルの意味って……。


「あーでもー、臣ってば負けましたでっしゃなぁ」

「非公式バトルだし! 年上だったし! 欲しいし! 涙月姉! 頂戴!」

「ええ?」


 手を出してくる臣、しかしその手を那由他さんはぺしっと叩く。


「だ~めでっせ。あれは涙月のでっさ」

「そうだよ涙月、自分で飲まなきゃ」

「あっ! よー君都合の良いとこに食いついた!」


 味方にすべき人は味方にしないとね。


「早く飲まないと臣に飲まれるよ」

「そうだね!」

「んぐ!」


 小瓶のコルクを抜いて、オレの口の中に突っ込んできた。液体が口の中に流れ出てきてイチゴ味がした。成程、飲みやすい味にしているところはプラスポイント。

 だけどオレが飲むわけには行かず――ごめん涙月。


「ふ?」

「おお」

「わーお」

「きゃー!」


 オレは涙月に――――唇を重ねた。前に一度した事が(された事が)あるけど、柔らかく、思ったよりも小さい唇だった。

【覇―はたがしら―】がオレの口内から涙月のそれに移動して、


ゴクン


 と涙月の喉が鳴った。


「飲んじゃったー!」


 作戦通り。


「穢されちゃった……」


 前にしたのそっちからですけど?


「アッハッハッハッやるじゃねーか坊主!」


 顔が朱くなっているのがわかる。熱が集中しているから。涙月も先のようにふざけながらも耳から首元まで朱くしていて汗をかいていた。

 ……ひょっとしてとんでもない事しただろうか?

 どう謝ろうかと思っていると涙月の耳にある【紬―つむぎ―】が赤く輝いて、粒子になって彼女の耳の中へと侵入していくではないか。


「涙月? 今のなんの異常もない?」

「え? いや、異常はあるよ……心臓が壊れたみたいに動いてる……」

「あ、いや……そこではなく……」


 どうやら【紬―つむぎ―】には気づいていないようである。


「【紬―つむぎ―】は心配ないでっせ。【覇―はたがしら―】はサイバーコンタクトや【紬―つむぎ―】を取り込んでデータを吸収するんでっしゃ」

「え? 何が起こったの?」


 まだ理解していなかった。


「涙月の【紬―つむぎ―】が消えたの」

「え」


【紬―つむぎ―】を着けていた左耳に触れる涙月。手が何もない空間を二度三度と撫でる。


「あ、ないや」

「ただこれでお嬢さんは現状一番狙われやすくなったわけだが」

「……仮想災厄ヴァーチャル・カラミティ


 言葉を零す、オレ。笑顔を引っ込めた上で。


「そうだ坊主、察しが良いな。

【覇―はたがしら―】はスペックの一つに対仮想災厄ヴァーチャル・カラミティ機能がある。【紬―つむぎ―】の所有者、【覇―はたがしら―】の所有者は優先的に狙われる」

「それは【覇―はたがしら―】を作ってる綺羅星(キラボシ)も同様では?」

「その通りだ。だからこっちはバトルに慣れている奴を雇う予定だ」


 左右の手で二本の人差し指を立てて剣を表し五度ぶつけ合わせる。


「その中の五人が聖剣・地衣(チイ) 氷柱(ツララ)(ハレ) (カスミ)、前野兄妹にお前の姉天嬢(テンジョウ) (ユウ)だ」

「え⁉」


 お姉ちゃんまで?


「彼らにも【覇―はたがしら―】を渡す予定でしてな、ひょっとすると――」


 那由多さんの目が細められた。


(ヨイ)より強うなるかもでっしゃ」

「む」


 何となく心が緊張した。そうか、あの五人が今より強くなるのか……。


「良いぜ坊主、そこで笑えるなら立派なウォーリア――戦士だ」

「え?」


 オレは自分の口元に手を当てる。唇の形を確かめると確かに弓の形になっていた。

 喜んでるのか、オレは。


「ちっこくても男だな坊主も」


 ちっこいは余計です。否定はできないけど……。


「あの~」

「ん?」


 申しわけなさそうに涙月が手を挙げた。


「それで【覇―はたがしら―】ってどうやって扱えば?」

「今までと同じさ。頭で考えるだけで良い」

「ふむ」


 涙月は自分の前を手でサッと撫でてみる。すると左目に起動を示す光と体の前面に幾つかのディスプレイが出現した。


「自分だけが観れるモードとパス共有者だけが観れるモード、全体で観られるモードの三種類があるって。XR機能、web閲覧、TV、量子テレポ通信、体調管理と補正、体温調整、記憶域拡大、計算能力拡大……うん? ブラックボックスが七割占めてる?」


 首を傾けて、涙月。


「そうですな。そいつの機能はアマリリスの能力と合わさって初めて解放されまする」


 そうなのか。それではアマリリスを護るだけではなく協力して貰う必要もあると。


「ああ言い忘れていたが起動時には身体能力に影響があると思うから気ぃつけな」

「ええ?」


 どう言う方面の影響が?


「んじゃ俺らは帰るぜ」


 しかし詳しい事情は教えてくれずに。自分で見極めろと。


「臣も行きますえ」

「はーい。涙月姉!」

「うん?」

「いつか勝ってやるからね!」


 指でピストルを作って撃つポーズ。


「いつでもおいで」






「涙月、体に異常は?」


 ホテルへの帰路に着いてその道すがら。


「ん~?」


 腕を上げて下ろして、涙月は首を捻る。


「特に異常は――」


 言いながら軽く跳ねて――上にあった木の枝に頭をぶつけた。


「い、いった~うん? 痛くない……あれ? 私そんなに飛んでないよ?」


 いや……凄く飛んでましたが。


「涙月、ちょっと思いっきり木殴ってみて」

「うん。せーの」


 腕を引いて、伸ばす。

 鋭く思ったよりも大きな音が出て、殴られた街路樹の幹が折れた。


「あ! やばい道路側に!」


 幸い車の姿は見えないが、涙月は軽々と街路樹を持ち上げて改めて地面に刺した。


「これで良し」


 ……良いのこれで?


「ま、まあともかく、影響ってこう言う」

「え~? 私マッスル?」

「体はそのままだし」


 キ〇肉マンにはなっていない。


「力の使い方覚えないと」

「うん」


 今の状態では効果的には使えない。


「じゃ、よー君に人間サンドバッグになってもらうと言う事で」

「謹んでお断りします」


 断ったのに、結局0時を回るまで付き合わされたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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