第110話「『ウォーリアネーム! 【小さな蛇は夢を見る】!』」
おいでませ。
☆――☆
本戦第二戦当日
「うわぁ、人多い……」
超速新幹線通称『アーミースワロー』、その発着場。前に旅行で来た時よりも人がごった返していて、右に行っても左に行っても一メートル先には人がいる。
「暑い……熱い……人の汗がァ」
隣で涙月も根を上げていた。元気娘の涙月がこれなのだ。オレみたいな華奢な人間の疲れはそれはもう推して知るべし。
「涙月、離さないで。強引にスワローに入るから」
「え? あ、はい」
涙月の手を取って、オレは人の波をかき分けながら足を踏ん張って進む。ちょっと涙月の顔が朱くなっていた気がするけど今は置いといて。単に熱気に当てられただけだったら指摘後恥かくし。
「……よー君、ポジティブに考えてくれて良いよ」
「……そうですか」
周りのオレたちを見る目が厳しくなった気がした。勘違いでありますように。
「すみませ~んお疲れさまです本戦参加者でーす!」
スワローの近くまで行ったところで運営スタッフの姿が見えたから声をかけた。ウォーリアだとわかれば入れてくれるはずだ。
「バイオメトリスクをチェックします。こちらに手を置いてください」
運営スタッフはボード状のチェック機器を前に出しそう言った。オレはそこに言われた通りに手を置く。その手をスキャンする光が流れて、
「はい、天嬢 宵さん、確認しました。お連れの方ですか?」
涙月に視線を向ける。
「はい。彼女も控え室に入れますか?」
「二名までならOKです。お連れの方のバイオメトリスクを登録して関係者カードをお貸ししますので、こちらに手を」
「はい」
先程のオレと同じくボードに手を置く涙月。すぐにスキャンの光が走り。
「はい、OKです。ではこのカードを首に下げていてください」
紐のついたカードを受け取り、涙月はそれを首にかけた。
「ではこちらの扉からどうぞ。正面出入り口は混んでいますので」
オレたちは関係者用通路に案内され、中へと足を進める。
「お~涼し~い」
関係者用通路は幅こそ狭いが綺麗に整理されていて、尚且つ空調もしっかりと効いていた。スワロー全体を涼やかにする冷風が頬を撫でて髪を揺らす。ひんやりとして火照った体にとても気持ちが良い。
涙月も伸びをしていて、少し汗の臭いが漂ってきた。……いやそれで興奮なんてしないけど?
「ショッピングとか美味しいものとか食べたかったけど無理っぽいねぇ。私お菓子持ってきたけど食べる?」
「うん。控え室でゆっくり貰うよ」
「…………」
急に涙月が体をくねらせ始めた。荷物を持った手を後ろに回して組んで、表情を困り顔にしている。どことなく顔が朱く見える。
「涙月?」
「……お昼さ」
ぽつりと。
「うん」
「お弁当作ってきたんだけど、食べる?」
「……うん」
ここに誰もいなくて良かった。こんな雰囲気誰にどう説明したら良いものやら。
暫く黙って歩いていると少し開けた休憩スペースに出て、近くに控え室の入口があった。
「お~涙月~宵~!」
休憩スペースでペットボトルを咥えていたコリスがオレたちを見つけ涙月の胸に飛び込んできた。あ、そう言えば『よーさん』から呼び捨てになってる。少し距離が縮まったのかな?
「むぅ相変わらず巨乳への成長の予感!」
「何言うとるか!」
「ふや~~~」
涙月に両頬をつねられて意味不明の声をコリスは上げた。
……そうか、涙月は将来巨――何でもない。
「宵!」
「うん?」
標的が突然オレに移って声が裏返った。忙しない子だ。
「今日はよろしくお願いします!」
「う、うん」
しかも元気溢れる子である。
「わたしは女の子です!」
「知ってる」
男の子には見えない。
「か弱いのです!」
「……どこ――」
どこが?
「貧弱です!」
「だからどこが――」
「紳士的対応を期待します!」
「うわひどい作戦!」
女の子ってズルい……。
オレは一人逃げるように控え室に入って、数回深呼吸して中にあった椅子に腰掛けた。あ、革の冷たさが気持ち良い。冬だと少し震えが走るそれも夏場ではちょうど良く感じられた。人間ってゲンキン。
「いやーコリスは元気ですなぁ」
遅れて入ってきた涙月。コリスに抱きつかれて汗が重なったのか幾筋か腕から垂れていた。
「タオルあったよ。冷えてる」
「さんきゅ」
冷たいタオルを受け取って涙月は汗を拭く。
「……もうすぐだね」
「うん。あと二十分だ」
バトルの始まりは午前十時。現在九時四十分ちょっと。きっと皆緊張している。オレも含めてだ。
「頑張って」
「……うん」
他愛もない雑談を十分程度繰り広げて、
『参加ウォーリアの皆さま。本戦第二戦開始まで十分です。会場へお集まりください!』
アナウンスが流れた。
「行ってくる」
「がんばれ」
アーミースワロー内特設ステージ。
今日はここで西京チームでのバトルロイヤルが行われる。八時から行われた小学生代表決定戦は既に終了。名も知らぬ女の子が勝ち残った。十時から中学生代表決定戦が行われ、翌日午前八時から高校生、午前十時から社会人と移っていく。
『さぁ皆さま輝く五人のウォーリアのお出ましです!』
恥ずかしいセリフで出迎えられてしまった。
オレは視線を右に左にと動かしながらフィールドの控えサークルで開始時刻を待っているところだ。実況さん、ムダに心臓を打たないでください。
『ウォーリアを紹介します!
天嬢 宵 ユーザーLv92、パペットLv100!
コリス・冥・ロストファイア ユーザーLv84、パペットLv92!
晴 霞 ユーザーLv94、パペットLv90!
可愛 村子 ユーザーLv95、パペットLv95!
ソリイス・卵姫 ユーザーLv99、パペットLv100!
レベルではウォーリア ソリイス・卵姫が一歩優位! しかしレベルだけでは決まらないのがパペットウォーリア!
そんなバトルまで残り五分です!』
オレは客席に涙月を見つけ、お姉ちゃんと妹を見つけ、繭と誠司さんを見つけた。自然と心臓の高鳴りが収まっていく。
『フィールドを選定します!』
これまでのルーレットより幾分か豪華になったそれが浮かび、針がくるくると回り始める。じっくり回って――止まる。
『決定! 水晶の森!
ナノマシン【逢―あい―】散布! は、されていますので収斂開始!』
フィールドに蒼い光の粒が溢れた。ナノマシンが活性化しているのだ。光は広いフィールドを素早く形成していって巨大な水晶が縦に斜めに横にと伸びる森が形作られる。
『では全ウォーリア、フィールドへお上がりください!』
オレはちょうど十歩で水晶の森に足を入れる。水晶のひんやりとした感触が靴を通ってきた。
目を前に向けてみると、先程まで小さく見えていたコリスたちが完全に見えなくなっている。
『ではバトル開始までカウントダウンを始めます!
10
9
8
3
2
1
0バトルスタート!』
同時に動き出すアーミースワロー。
「先手を打つ! アエル!」
『オウ!』
「『ウォーリアネーム! 【小さな蛇は夢を見る】!』」
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